第62話:九門陣ノ真髄ハ富貴

 敵の混成部隊、とは通信があった。たぶんそれは、まだ指揮端末や支援システムが生きていた時の情報だ。

 心那さんは僕たちと同様に、指揮端末を持っていないから、それを自分の目で確認はしていないだろう。

 だが僕たちは霊を感じ、見ることが出来る。白鸞と同じように、塞護の中心に居る妖のせいで、細かな動きは分からないけど。数百人とかそれ以上も人が集まっていれば、さすがにだ。


「先鋒は、一個大隊というところですね。驕りましたか?」

「あの。控えていろと、僕たちはどうすれば?」

「万が一、わたくしが後れを取ることもありましょう。そのときには、頼みます」

「そんな、まさか」


 けれどもまだ遠かったのだろう。僕の目には、見えていなかった。なのにそれを、九門陣に捕らえている。だからこそ敵の規模を、正確に測れるのだ。


「それではそろそろ、お出でなさい」


 結界を外から見ると、ぼんやりと透き通った緑色のドームに見える。その中は結界が置かれる前と違ったようには見えず、入ったことのない人には、半透明の板で囲われているようにしか見えない。

 そのドームから、心那さんの声に応じて出口のような通路が伸びた。横並びで、五人ほども通れるだろうか。

 その先は、心那さんの正面に。


「外が見える。出口だ!」

「なんだあの十字――女だ!」

「構うな、進め!」


 基本的に纏占隊は、顔の造作を含めて、素性を公にしない。だから統括控と言えど、顔を知っている人はそれほど居ない。

 出口から漏れ聞こえる声で、無謀な進軍の開始されたことが分かった。僕の肉眼は菊花によって、霊を感じる部分は心那さんの霊に依って、塞がれている。

 熱線銃と、AM11LSの発砲音。一斉射くらいでは、菊花はぴくりとも動かない。


「さあさあ、そんなことでは道が空きませんよ有象無象ども。それともその右手は、引き金を引く程度にしか鍛えてこなかったのでしょうか?」


 菊花を脇に避けて、心那さんは右手を振る。どう見てもそれは引き金を引く動作でなく、男性のする卑猥な行為。

 あからさまな挑発だが、得体の知れない空間に怖れを隠した彼らには有効らしい。

 実体弾の跳ね返る金属音が、一つ鳴った。それは腹を立てた敵の誰かが撃ったもので、心那さんが扇子で弾いたものだ。

 あの重い扇子。鉄扇もまた、心那さんの防具であり武器となる。まあ実際には鉄でなく、他の金属らしいけども。


「巨大な盾と扇子――まさかこの妙な空間は、鉄壁か⁉」

「……だとしてどうにもならん、押し包め!」


 その場のリーダーの判断は、当然だろう。だが間違っている。

 相手はたった一人だし、自分たちは叛徒の加担者。焦る気持ちは分かるが。あなたたちが見ているのは、盾じゃない。

 式刀だ。


「ようこそ。心富み、命貴ぶ世界へ」


 十字に広げられた菊花。その先も胴も、全てが刃だ。ぐるりと回し、向きを変え、薙ぎ払う。どう動かしても、逃れることなど出来はしない。一度の動きで三、四人が切り裂かれ、あるいはその重量に潰された。

 唯一の道は、結界の中に戻ること。しかしそれでは、心那さんが術を解かない限り、どこにも行くことが出来ない。

 心那さんはそうやって、過去に数万の軍を一人で倒しきったこともある。


「くうっ――退け! 甲式を前面に!」


 個々人でダメとなると、次はそうなる。菊花が単に金属の塊ならば、共振砲など喰らえばひとたまりもない。

 でも。繰り返しになるが、あれは式刀だ。であればそこに式徨が封じられていて、その霊を一度に滅ぼすほどのなにかでなければ、砕けることはない。


「用意――撃てぇっ!」


 予想通り、共振砲に多く使われている赤い触媒の光が漏れる。微振動で対象を破壊する武器などこの場合、電子レンジで岩塊を壊そうとしているようなものだ。要するに、威力が足らない。


「温まりもしませんねぇ。お弁当でも、置いておけばよろしかったでしょうか?」

「踏み潰せ!」


 わざとらしく、菊花の表面を撫でて見せる。あれは素なのか、挑発するために考えてやっているのか。どちらであれば、凶悪でないだろうか。

 甲式の前面装甲が、見た目には華奢な心那さんを撥ね飛ばそうと迫る。

 しかし長く垂れ下がった着物の袖を、ひと振り。「不動」と涼やかな式言が発せられた。


「な、なんなんだ……噂など問題にならん。化け物じゃないか!」


 悲痛な叫びが、菊花の向こうに崩れ落ちる。無理もない、甲式は菊花に触れて、そこから僅かも進めないでいる。

 菊花を把持しているのは、心那さんの左腕一本。三千馬力近いその出力を、うら若い女性がたった一人で受け止めてしまった。

 纏式士は万能と言われる。

 それは強力な式士なら、どんな矢玉もミサイルさえも通じない。攻撃に転じれば、如何なる防御手段も突き通す。単独で、まさに盾と矛の逸話を体現してしまう。

 纏式士を倒せるのは、纏式士のみ。その言葉の意味を、敵に回った過去の味方たちは身に沁みているだろう。

 打つ手のなくなった彼らは、戸惑うだけだ。きっとやがて、無謀な突撃でもしてくることだろう。

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