第57話:久南ノ翳ニ過去潜厶

 夜に光を提供する道具というのは、挙げだせばきりがない。まあ大抵は、電源と発光触媒による照明器具、と分類出来てしまうのだけど。

 そういう便利な物が、溢れかえっていても。だからこそかもしれないが、焚き火がとても特別な物に思える。緊急時と許可を得た伐採でしか、木を刈れないせいもあるだろうが。

 僕と萌花さんは、会議のテントから席を外していた。企業の人たちもだ。

 各企業の選出した代表者と言っても、結局は民間人に過ぎない。裏切りにしても目下の敵に対しても、こちらが「いま調べているし、対策もまだ決まってはいない」と言えば、急かす以上のことは出来なかった。

 後のことを考えられる人は、そういう口やかましいことを他人に任せて、静観していたけれども。

 偉い人たちは彼らを退出させて、そのまま作戦会議となった。僕と萌花さんも、そのあとすぐに。

 また、見てきたことを報告しただけで、纏式士として役立ったところなどなにもなかった。


「久遠、あの子はどうした?」

「えっ。ああ、萌花さんなら女性用のテントで休むって」


 隠れるつもりもなかったけど、僕は他の纏式士や兵部の人たちから離れていた。よく見つけたものだ。


「えっ、と。姉さん――?」

「なんで疑問形よ。あの子、他の人と一緒で休めるの?」


 樹脂製の無骨さを演出したカップを、両手に二つ。姉は僕の対面でも真横でもなく、目の前の焚き火を軸に九時の方向へ腰を下ろした。


「さあ――難しい気はするけど、それでいいって」

「痴話ゲンカでもしてんの?」

「痴話、って。昨日、出会ったばかりだよ」

「その気はあるってことだ」

「――ないよ」


 ないですよ、と。敬語で言おうとしてしまうのを、いちいち頭の中で言い直してから話している。片言というか、妙な間が空いてしまう。

 なあんだ。と言いながら、姉はカップの中身をずずっと飲んだ。もう一方は僕のかと思ったら、渡してくれる気配はない。


「あたしと話すの、まだ慣れない?」

「そりゃあ――あの時に会っただけです、だし」

「まあ、ね。そうやって慣れようとしてくれてることで、良しとしとくよ」


 父が亡くなった直後。その機会を一度と言えば、語弊があるかもしれない。数カ月の間、姉は僕のところへ毎日のように様子を見に来た。

 おや。そういえば、その時にも一緒だった二人が見えない。さっきちらりと見たから、居る筈だけど。


静歌しずか鈴歌すずかはどこへ?」

「ん、その辺に居ると思うけど。おーい、隠れてないで出ておいで」


 姉が連れを呼んだにしては、違和感のあるセリフ。その答えは、すぐに分かった。


「あれ、萌花さん」

「萌花ちゃんか。君もこっちへ来なよ」


 背の低い萌花さんを、それよりもう少しだけ低い女の子が二人、それぞれ右と左の手を引いてやってくる。

 どうやら茂みの向こうに居たのを、引っ張って来たらしい。

 萌花さんは寝返った衛士と対峙したあとから、身体に巻いていた布と帽子を着けなくなった。

 浴衣っぽい萌花さんと、真っ白な着物の静歌、真っ黒な着物の鈴歌。なんだかお祭りに来たような景色だ。


「おらが来でもいいべが」

「いいに決まってるよ。座りなよ」


 若干の抵抗を見せつつ、それでも引かれるままにやってきた萌花さんに、姉は僕の向かいへ座るよう地面を叩いた。

 着物の二人はそれに従って、萌花さんを誘導する。


「この人だづは?」


 彼女を座らせるのに、ちょっと肩を押さえたり。無表情で、強引な面が目立つ。静歌と鈴歌に、萌花さんは疑問を訴えた。


「人ではないよ。その子たちは、機械人形オートマタだ」

「機械人形……」

「そう。正真正銘あたしが創った、あたしの子だ」


 持っていたカップの一つを手渡しながら、姉は言った。

 姉はアマハラの機械製作部門で、トップの技術者だ。機械人形自体は、もう目新しい物ではない。でも現行素体の基礎を考えたのは、姉と聞いている。その試作機が、この二人だとも。


「はあぁ――こっただごどだら、見分けつかねな。改めで、よろすぐ」

「あははっ。いいね。温かいよ、萌花ちゃん。そうだね、この子たちは日々バージョンアップしてるから、余計にだね」


 目をキラキラさせる萌花さんは、二人それぞれに握手を求めた。静歌と鈴歌も応じて、なんだか機嫌良さげに見える。


「この子たちには妹も居てね。楓と、なつめと、あかねだ。会ったら仲良くしてやってね」

「はひぃ。お会いしだら、握手しでもらうっす」

「いい子だね、本当に――」


 なにを思ったのだか、しみじみと。姉は萌花さんを眺めて、次に僕を見た。まだ痴話ゲンカとか言うつもりだろうか。


「それで? 萌花ちゃん、どうした。あたしの可愛い弟に、なにか用があるんじゃないのか?」

「用事?」


 僕なんかになにが。とは思ったものの、次になにかあるまで休むと言った彼女が、ここへ来たのだ。なにもない筈はないだろう。

 なにか話し忘れたこととか、あっただろうか。眠れないから相手をしろ、とは性格的に言いそうにないが。


「聞きたいこと、とか?」


 質問? 僕に? 簡単なことなら答えられるけど、式のことでも纏占隊のことでも、今回の事態のことも。僕より詳しい人は、この場所へいくらでも居る。

 僕が教えられるのは、誰に聞けばいいかくらいだがと。萌花さんを見ると、姉の問いは的を射ていたらしい。


「……久遠さんてば、なんが大事な物ねえのかなって」

「大事な物?」


 聞き返したのは、姉だ。どうも僕のプライベートに関わる質問らしいが、姉が勝手に答えるつもりのようだ。


「久遠さん見でっと、人どが物どが、なぐしではなんねって物、ねえみでぇだ」

「なくしてはならない。うん、なるほど。どうしてそう思った?」

「最近だど、真白さんだば囮にて。その前は紗々さんの刀、盗られちまっだとぎ」

「まあいいか、って感じだったかい?」


 そんなつもりは、なかったのだけど。萌花さんは、コクリと頷いた。


「それはだね、まあまあ碌な話じゃないよ。でも聞きたいなら聞かせてあげよう。どうする?」


 止めたほうがいいのか、と一瞬は思ったけれど。神妙に頷く萌花さんを見ると、僕は思ってしまった。まあいいか、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る