第56話:疑イハ何方ニ向フヤ
心那さんに同行している人たちの荷物は、無事にテントへ置くことが出来た。するとすぐに兵部卿は、打ち合わせをしたいと移動を頼んできた。
まずは纏占隊内でと心那さんは考えていたようだが、内密にしなければならない話があるわけでない。
他の人も集まっているというテントへ、改めて案内してもらうことになった。
「適材適所、というのは実に重要だ」
「同意致しますが、防塔の対応を丸投げするのがそうとは認められませぬ」
「丸投げ? それは心外だ。纏占隊が活路を開いた後は、我らが汗と血を流す。その為の糸口が、我らでは掴めんというだけだ」
道々で語られたことをまとめると、そういう会話だった。
面倒なところはやらせて、目立つところは総取り。そう聞こえたのは、僕だけだろうか。
この国で五本の指に入る権力者が相手だろうが、心那さんは遠慮をする人ではない。だがその人をやっつけてしまうと、その配下。つまり兵部の全兵力に、影響が出てしまう。
それ以上の反論はしないまま、目的のテントに辿り着いた。
「やあやあ、久遠。久しぶりだねえ」
「えっ。なんで……」
そこで出迎えたのは、一人の女性だ。
いや実際にはその女性の連れが居るし、用件を同じくした別の人たちも居たようだけれど。僕個人としては、その人だけでお腹いっぱいという気分になる。
「お久しぶりです、
「あらあらお久しぶり。潔癖さん」
「わたくしの仇名は、『鉄壁』ですよ」
「そいつは失礼。あたしの弟がどこかの女狐に誑かされていないか、大丈夫かねえ?」
「それはご心配を。ですがどこぞの大虎の近くに居るよりは、平和な筈ですよ」
「そりゃあ安心だ」
早速。目を合わせた二人の間に、この場ではたぶん僕だけに見える火花を散らした。ぎりぎりと音を立てて、火を吹きそうな握手はしばらく続く。
ざっくり胸の開いたシャツと短いスカートに、白衣を重ねたその女性。遠江久南は、僕の実姉だ。
「アマハラテクニクス総合技術顧問。兼、機械開発室長だけでなく、お歴々が一体どうなさいました?」
互いに疲労を蓄えた手を振りつつ、空いていた席にそれぞれ着いた。僕など顔を並べられる面子ではないのだけど、先のやりとりでなんだか自然に席が増えていた。
アマハラと一、二を争う規模のグラスロード。王殿からの開発依頼をこなす、半公営企業の飛鳥技研。土地開発や運用大手のレイニーシュート。
全員を知っているわけではないが、たぶん他も似たような業界の重役級ばかりだ。それらを前に、兵部卿は自分の席を心那さんに譲った。
なるほど……いかに貴族でも、多くの現金を握った半個小隊が相手では分が悪いのか。まあ彼らの上司の中には、資産の上に貴族位階まで持っている人も居るが。
適材適所とは、こちらの話らしい。
「どうもこうも。話はご存知でしょうに」
飛鳥技研の代表者は、心那さんにでなく、グラスロードの顔を見て答えた。それは僕も昨日知ったばかりだが、心那さんがその創業者の家系だからだろう。
どうも姉と仲が悪いと思ったら、そういう理由もあるのかもしれない。
「あなた方の企業代表が本日、話し合った件でしょうか?」
「なにをとぼけてらっしゃるのか分からないが――その通りです」
「あいにくと、わたくしは出席しておりませんし、経過も結果も聞き及びませぬ」
いま心那さんの手に、あの番傘風の物体はない。さすがに大きいので、テント内の荷物置きに横たえてある。代わりに、先ほどあの少志の人が運んだ扇子が戻っていた。
その表が一枚、開かれて閉じる。
誰かが頬を思いきり叩かれたような、パァンと乾いた音が響きわたって、列席者は話しにくそうに口を閉ざした。
「……お嬢さま。僭越ながら、私がご説明申し上げても?」
「お願い致します」
「ありがとうございます。さりとて、入り組んだ話ではございません。要するに、城を築くのは城主でなく、大工だということです」
語気は柔らかかったが、言い淀むことはない。心那さんをお嬢さまと呼んだのは、グラスロードの代表者。
後退の見えない銀髪に、同じ色の整えられたあごひげ。隣の白衣姿の女性がタバコに火を点け、煙を吐き出しても、そちらには目もくれなかった。
その人が言うには、衛士や兵部の内部調査をしても不審者が見つけられなかったと。だから防衛システムを作った民間側に、問題があるのではと言われたらしい。
しかしいくら調べても、事実がない企業はなにも証拠が出せない。だからせめて現地での協力、という名の人身御供を送ってきたわけだ。
「それは確定としてですか?」
「いえ、そこまでは。まだ調査は続けるが、同時進行でこちらにも対応をと。あくまで依頼の形で、中務卿は仰られました」
「――中務卿が? その集会に中務卿が参加されるとは聞き及びませんでしたが、他にもどなたか?」
議題の話を差し止めて、心那さんは出席者に注意を向けた。そこを聞かれるとは予想していなかったのか、銀髪の紳士は自身の
「お待たせしました。兵部からは大将の階級がお二人。纏占隊からは、事務室長が。衛士府からは出席なく、纏め役と兼ねて太政官が。それから責任者とのことで
民間の企業のトップばかりを集めた集会とは言え、錚々たる顔ぶれと言えるだろう。もちろん議題も、そうせざるを得ない重要案件ではある。
僕はこの話に感心するばかりだったのだけど、心那さんは「へえ……」と。興味深げに微笑んだ。
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