第25話:彼ト彼女ニ因縁有リ

「こんなビルを丸ごと持ってるなんて、さすが國分流の跡継ぎですね」

「はあ? これくらいのビル、あいつは数えるのも面倒なくらい持ってる」

「へ、へえ……さすが國分流です」


 王殿のある中心部を除けば、最も内側にあるこの区画の地価はべらぼうに高い。そんな場所へビル一棟を持っているだけでも相当なのだけど、飛鳥を代表する流派宗家の財力は予想の遥か上を行っていた。

 荒増さんはビルの中を、勝手知った風に歩く。どうやら各階ごと、フロア丸ごとが一つの住居になっているらしい。

 案内表示によると上層のほうは、バーとか遊戯施設にもなっているようだ。

 昇降用の設備であるリフトパイプのうち、上り専用のほうに入る。古い施設にある箱型のエレベーターと違って、床板だけが一方通行で巡る装置だ。

 先行者が居なければ目的の階まで素早く移動してくれるし、一方通行で床板は何枚もあるから、乗るのを待つという時間が存在しない。きっと荒増さんのような、せっかちな人が考え出したのだ。


「ここは?」


 階数の指定も、操作パネルをほとんど見ずにしていた。

 ここは国分さんのビルで、荒増さんは慣れているようで。国分さんは女性で、荒増さんは男だ。

 つまり、そういうことなのだろうか。

 返事がないままに、着いたのは四階。降りた場所はちょっとしたホールになっていて、すぐ先にパーソナルスペースの入り口がある。

 木の色の無骨な扉には、大きく『荒』の文字。筆で殴り描いたような感じだ。


「入れ」


 扉を開けるのに、錠を外す動作はない。ひとこと言ってさっさと入ってしまったので、閉まりかけた扉に慌てて手をかける。

 靴を脱いで短い廊下を通って、二人掛けのソファが二つ置かれた部屋になっていた。荒増さんはもう、そこが定位置らしい場所に座ってこちらを見ている。

 ソファの上も、その周りも、部屋の中のどこを見ても、塵一つ見つけられない。綺麗な部屋だ。


「早く座れ」

「は、はい。萌花さん、座りましょう」

「んだな」


 指さされた位置に座ると、据え置かれたなにかの機械に繋がったケーブルを差し出された。その意図はすぐに分かったので、左手を出す。

 端末の素子にケーブルが繋げられると、荒増さんは指示棒を手に取って、機械のほうを操作し始めた。すぐになにやら稼働し始めて、以前に見たことのあるツールが起動した。

 たぶん、受け取ったデータにかかっている保護機能を外しているのだ。これを行えば、他の端末に移動させたり、自己崩壊プログラムも動作しない。

 前と違ったのは、兵部の本部が扱っているものだけあって、処理に時間がかかっている。市販品に細工するのとは、わけが違うらしい。


「行方不明は七人とのことでしたが……」

「ああ」


 荒増さんの仏頂面を見ていても得はないので、思いきって聞いてみることにした。


天占てんせんでも行方が分からないなんて、あるんですね」

「食われた物が、今はミンチなのか、糞になってるのか。そんなことまでは分からねえわな」


 纏占隊の纏の文字は、纏式士。つまり僕たちも、ある程度の占いを行うことは出来る。しかしもう一方の占の文字は、それを専門にする天占師てんせんしを示す。

 過去も未来も地の果ても、見通せぬことはなし。謳い文句としてはそうなっているが、そこまでではないと自重する言葉を当人から聞いたことがある。

 実際に、問えばなんでも答えてもらえるものでもない。だが「答えられない」のがほとんどで、「分からない」というのはあまり聞いたことがなかった。


「集まった人数を抱えて、普通に防塔へ向かうところだったんじゃないんですかね――」

「そうかもな」

「実はずっと不満を抱えてて、伽藍堂に呼応したなんて。そんなこと、考えてたんでしょうか……」

「あんないつもへらへらしてる奴の考えなんざ、知らねえよ」


 荒増さんの答えは、我関せずという風に聞こえて、冷たく感じた。でも普段のこの人なら、「知るか」だけで終わりの気もする。

 そう思えば、この態度は強い懸念の裏返しということになる。誰に対しても態度を変えることのない、この人が。


「心配、ですよね」

「ああ?」

「他の人たちもですけど、国分さんです」

「ああ。お前、気に入られてたからな」

「過去形……」


 言葉尻を捉えた言いかたには、なってしまった。荒増さんは、画面に向けていた目を一瞬、ちらとこちらに向けて「ちっ」と大きく舌打ちをする。

 でもこれを、聞き流して良いものだったろうか。そうは思えない。


「心配じゃないんですか」

「ああん?」

「だって、その。こんな部屋とか――仲良くしてたじゃないですか」

「仲良く? まあ、見てて面白い奴ではあったがな」


 また過去形。

 苛々するのとは違う。胸の奥が苦しくて、息をするのに、少し喉が狭くなったように思う。なんだろう、この気持ちは。


「すぐにでも助けに行ったりとか。四神さんに応援を頼むとか」

「生きてるならな。その為に、こうやって調べてる」

「そうですか……」


 やはりおかしい。いつものこの人なら、周りからそういうことを勧められても、やりたがらない。

 敵が居るならそこへ行って、ぶん殴っちまえば終わり。みたいな考えを持って、そのとおりに動く人だ。

 それが今回は違う。相手が、伽藍堂弥勒だから? 妖が巨大だから? それともやはり、国分さんが関わっているから、慎重になっているのか。

 立場が反対なら、はっきりしやがれと蹴飛ばされているに違いない。しかし僕がそう言って、実はと答える人ではない。


「生きているなら、必ず助ける。そのために調べることがあるんですね?」

「なんなんださっきから。殺されてえのか」


 操作が止められて、右手が拳になった。これ以上言えば、殺されないまでも入院コースにはなる。


「分かりました、すみません。僕も全力で手伝いたいので、お願いですからなにを調べているのか教えてください」

「はあ? 熱でもあるのか」


 気味が悪い、という目で見られた。と、そのタイミングで、データの処理が終わった。

 終わったみたいですよと、これまでのやりとりがなかったように言うと、ますます怪しみの視線がきついものになる。

 けれどすぐに、諦めたようなため息が吐かれて、「ちょっと待て」と返事があった。

 荒増さんには、なんだかんだ言って恩義がある。それでは打ち消せない恨みもあるが、それはまだ先のことだ。

 まだ見通せないずっと先にどうするのかはともかく、今はこの人のことを知らねばならないのだ。


「まず、目を通せ」


 リストを自分のマシナリに移動させた荒増さんは、そこから僕にも転送した。これで通常端末のデータが消えても、何度でも見ることが出来る。

 では言われたとおり、協力者リストに目を通すことにしよう。

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