第26話:防壁ヲ崩シタハ誰カ
公職。中でも兵部、衛士府、それから纏占隊。そこに縁故者が居るか、当人がその所属者である重要協力者。
それがこのリストの中身だ。人数は、百名を少し超えるくらいだった。
もちろんこの協力者とは、金銭や事業提供を請け負っている相手のことで。つまりは利害関係がある。
「どこか単独じゃなく、複数に跨ってる奴を抜き出せ」
「ええと、僕自身の知識も入れてってことですか?」
「そうだ」
兵部と衛士府。衛士府と纏占隊のように、複数の組織に対して協力関係にある人物。それをリストの中の情報だけでなく、僕が個人的に知っている事実も含めてピックアップしろと。
たぶん同じことを荒増さんもやって、突き合わせれば精度が増すということだ。でも事業としてやっているのであれば、そうでないほうが珍しいのではと思う。
纏占隊は独立して動いているとはいえ、兵部の一部だし、衛士と兵部の任務の境界はなかなか線引きが難しい。
僕が勝手に定義するなら、衛士は一般的な治安維持。兵部は衛士よりも攻撃的な面や、経費とか時間を多く費やす事案が対象。という感じだろうか。
纏占隊は、そういう一般の人が常識として予想出来る外の事案を専らとする。
「意外と居ないものですね――っていうか」
僕が見ているリストは、萌花さんにも見えているはずだ。黙っているのは、新入隊員の彼女では披露する情報がないからと思う。
それでも興味がないわけではないようで、僕の隣に身を寄せるように覗いてくるのは、なかなか僕には刺激が――いや、汗をかいているし、不快に思われていなければいいが。
「なんだか、ここに居る人の名前も残ったんですが」
「終わったならよこせ」
条件を加えて再抽出したリストのコピーを、荒増さんに送り返す。
そんなことをしなくても、残ったのは六人分なので口で言っても手間は変わらなかった。しかしやっていることは纏式士の非常権限がなければ、犯罪そのものだ。あまり言葉にはしたくなかった。
「まあ、変わらねえわな」
「そちらも五人だったんですか」
「いや、六人だ」
そう言って荒増さんが見せてくれたマシナリの画面には、たしかに僕が残したのより一つ名前が多かった。
「
その名のとおり、統括の秘書兼、副官兼、護衛兼、非常時には代行も務める。得意とするのは防御で、彼女の二つ名は自他共に認めるところの、『鉄壁』だ。
荒増さんが最強と呼ばれているのは、主に凄まじい攻撃力に依るけれど、果たして心那さんの防御を打ち崩せるのか。それは纏式士なら誰もが興味を持つけれど、いまだ解明されていない。
「まあな。しかしあいつは無関係だ」
「そうですね」
そう言えるのは、たぶんたった今も外に出れば、心那さんが仕事中だとひと目で分かるからだ。
彼女が統括の護衛任務を離れる場合が一つだけあって、愚王の身に危険が迫った時は直衛につく。心那さんが王殿のある中央区画全域を、全方位に囲った結界はきっと一般の人たちにも見えている。
「あれって、白鸞全部を覆うわけにはいかないんですかね」
「出来るとは言ってたが、慣れねえ一般人を入れちまうと、パニックになるだろうな」
「ああ、言われてみれば……」
納得したところで、するとやはり対象は五人だ。うち三人が兵部と衛士府の高階級の人。残る二人は纏占隊で、それはどちらも僕がよく知る名前だった。
一人は国分面道。国分さんで、もう一人は荒増也也。前者は國分流のことで当然だし知っていたけれど、後者の名には驚いた。
しかも備考を見ると、アマハラテクニクスとなっている。兵部や衛士の使う指揮兵站支援端末や、マシナリの開発を行う企業の最大手だ。
「荒増さんて、大金持ちなんですか?」
「カネなんざ、貰っちゃいねえよ」
「へえ……」
アマハラの名は、僕にも身近ではある。姉が開発者の一人だから。つまり僕も本来は、このリストに名が載るべき立場にある。でも遠江の家名は、愚王によって取り潰しとなった。
それはともかく、金銭的な繋がりでないのに縁故者と認められている。それはつまり、親類とかそういうことにならないだろうか。
そうだったからと、それそのものはどうということはない。大金持ちだったとして、お金を貰おうとかいう気持ちもさらさらない。ただそんな人が、纏占隊で、纏式士で、なにをやっているのかと思うだけだ。
いつ。例えばこの次の瞬間に、死んでいたっておかしくないのに。
「この洗い出しの意味が分かりませんが、すると残るは三人ですね」
「いや、四人だ。国分も候補として残る。お前が俺を信用するなら、だがな」
「それはまあ――でも、これは?」
「お前そこは『信用します』とか、はっきり言うとこじゃねえのか?」
荒増さんと僕との間に、信用なんて言葉はない。あるとしたら、腐れ縁だ。だからそれには答えず、名簿に話題を戻した。一つ、あるおかしな欄があるのだ。
その欄は他と同じに、個人のデータが入るようになっている。けれども定規で線を引いたように、横棒が入っているだけ。
飛鳥の武官として、このデータを落とした杜佐は、上から五番目の階級だ。それでも見られないデータというのは考えにくい。すると退職者かなにかで削除された欄だろうか。
「このまま信じるなら、国分が単独で裏切ったってことになるんじゃねえの」
「ええ――どうしてそうなるんですか? 他にも名前があるのに。いい加減に教えてください」
分からないことがあるからと、いつも聞いてばかりのつもりはない。自分で考えて、事情が許すなら答えが出るまで考え続ける。
でも今は、その猶予がない。これが次へ進む鍵となるなら、知っておかなければ大怪我の基だ。
「分からねえのか。内通者を炙り出そうとしてんだよ」
「それは分かります。でもどうして――」
「防壁の管理は?」
「えっ、ええと衛士府です」
「運用は」
「兵部ですね」
その双方に繋がりがあると、今回のことがやりやすいというのは分かる。でも必ずしもそうだろうか。
「内通の確率が高いというのは分かりますが……」
「あん? あの根っこが、どうして防壁を越えられねえか分かってんのか」
「あ――」
防壁のほうが格段に頑丈とはいっても、地中を自由に這い回り、どんな建築物も問題にしないあの妖が壊せないはずはない。防壁は防壁だから大丈夫なのだ、みたいな思い込みをしていた。
だがそれに気付いても、やはり理由は知らない。
「すみません。それは知りません」
「防壁には、守りの式が書いてある。それを書いたのは、蕗都美だ」
「えっ……それじゃあ」
それなら心那さんが最も怪しいじゃないかと思った。けれど荒増さんは、すぐにそれを察して否定する。
「あんな汎用の式くらい、お前でも壊せる。纏式士ならな」
「そうなんですか――すると内通者は、衛士府と兵部に繋がりのある、纏式士ということに?」
「そういうこった」
その条件に合致するのは誰か。もう分かりきった自問に、僕はその人の名を、ため息とともに小さく漏らしてしまった。
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