第11話:故郷ノ言葉ハ温カヒ

「あの、なにか気にしてるならすみません。ちょこちょこそういう言葉が出てたので。でも僕が相手の時は、無理しなくてもいいですよ?」

「んだがや――? したら、こういう感じだども分がるべか?」

「ええと、たぶん大丈夫です。分からなかったら聞き返すかもしれませんけど、すぐ慣れますから」


 戸惑いながら。それでもはっきりと、独特のイントネーションで反坂さんは言った。なるほど、相当なレベルの北方訛りだ。でも彼女の小動物みたいな雰囲気には、不思議としっくりするような気がする。

 無理に普通の話し方をする理由はないと思うのだけど、首都に本拠地を置く纏占隊に入る為にはそうしたほうが良いとでも思ったんだろうか。


「えがったぁ。ずっとこったな口聞いてだら、舌噛んじまう。わりな、んとしゃ……」

「んとしゃ?」

「あっ。あんだどご、なんて呼ぶかと思って」


 さっきよりもまた、元気が戻った気がする。かなり無理をしていたのだろう。そんな人がどうしてこんな所にビルを持っているのか、さっぱりだけど。


「名前ですか? 遠江久遠と言います」

「んだすな。そいだば、遠江さんだべな」

「僕のほうが年下ですから。久遠くんでいいですよ」

「んだおご⁉」


 なんだろう。文脈からすると、本当かみたいなことだろうか。


「見えませんか?」

「見えなぐはねげど、しかっとしてっがら先輩はみんな年上と思っでだよ。他にも居るべ?」

「いえ、僕だけですよ。ちょっと特例でして」


 んだべしなあ、と。感心と言ってもいいくらいに納得された。そんなに変わって見えるのか。たしかに纏占隊そのものが、世間的に広く認知された存在ではない。その中でも特例となると、かなりの変わり者という見かたも出来なくはないが。


「まんず、誰も色々あるべ」


 深くは聞かない。その言葉と、微笑が嬉しい。聞かれて答えられないわけでもないけど、その気持ちがなんだかありがたい。


「したらな、久遠さんて呼ぶべ。それがいがべ」

「ええ。いいですよ、反坂さん」

「いやいや。へば、おらのごども萌花って呼ぶのが公平だべ?」

「わ、分かりました」


 相手がかなりの年下ならともかく、同年代以上の女性を名前で呼ぶ。それは僕に、かなりの緊張感をもたらす行為だ。

 他にそんなことをしている相手は、たった一人しか居ない。それもその人が、どうしてもと押し切ったので仕方なくだけれど。

 でもそれと同じように、ここまではっきりそうしようと言われて断れるほど、僕の意思は強くないのだ。自分の性格は分かっているので、萌花さんと呼ぶことを観念した。

 それから萌花さんは、荒増さんのことを聞いてきた。

 自分にとても自信を持っているようで、少ししか見てはいないが実際に腕も相当らしい。というのが、彼女の抱いた印象だそうだ。

 僕はそれを、実力を傘に着た傲慢な人と翻訳して聞き取る。なに、どちらであっても言っていることは同じだ。


「そうですね。荒増さんは別に、高い役職を持っているとかではないですよ。そもそも纏占隊の纏式士には、ほとんど上下関係がありません。実働部隊の隊長格が三人と、その上に統括が居るだけなんです」

「入隊式にも偉え人、誰も居らさってながったべか」


 そんなことはない。僕もはっきりとした位置までは掴めていなかったが、総代の誰かと統括が来ていたと荒増さんも言っていた。


「いいえ、来ていましたよ。例年そうなんですが、姿や気配を隠して見てるんです。でもわざと隙を作っていて、それに気付くほどの新人ならかなり有望だと」

「はあぁ、たまげた審査だべな。だば、おら全然ダメてことだべ。やっぱしクビだべな――」

「いやっ、それはないです! そうと知ってる僕だって、どこに居るのか分からなかったくらいなんです。それほどの人材を、もしも見つけられたら儲けものだっていう話みたいですよ」


 萌花さんの顔が、また落ち込む。

 隊長級の人たちが気配を殺す隠形おんぎょうは、普通の人なら目の前に居ても気付けないほどだ。

 それを察せる新人を探そうなんて、富くじを当てようとしているみたいなものだ。彼女が気に病む必要なんてない。

 なのに審査中止の件が響いて、僕のフォローも耳に入っているか怪しい。


「ええと――僕もまだ見習いで、偉そうに言えることなんてなにもありません。でもこれだけは保証します、萌花さんは既に僕たちの仲間で、クビにだけはなりません」


 うまい言葉なんてなにも思い浮かばなくて、知っている事実を繰り返して言うことしか出来なかった。

 でもなぜか萌花さんは口角を上げて、くすっと笑ってくれる。


「すったげ言い切るべな」

「え、ええ。すったげです」

「あはは。久遠さん、分がってねえべ」

「あ、ばれましたか。あはは」


 良かった。なんだか分からないけど、今日見た中では、いちばん朗らかな表情になった。

 そうして笑っているところに、聞き慣れない音が響く。ポーン、と。木琴で高音を鳴らしたような耳障りのいい音色。


「はいはい、どちらさんべが」


 萌花さんは機敏に動いて、統合情報盤を操作するための指示棒タクトを手に取った。どうやら来訪者が鳴らした呼び出し音だったようだ。


「お客さまですか?」

「うーん。こごのごど知ってる人、あんまし居ねえべ。誰だべかな、買い物もしてねし」


 纏占隊に入隊するにあたって、その辺りの準備はもう済んでいるということか。それなら誰が来たというのか。

 ずっと昔には、各家庭を一軒一軒尋ね歩く訪問販売というものがあったそうだけれど、今この時代には絶滅している。例え無一文で住む場所さえなかったとしてもネット環境だけはどうにかなる世の中なのだから、そんなコストのかかる商売は成立しない。

 それでも生き残るとしたらあくどい手を使うしかないのだけれど、そういうのは真っ当な商売と見せかけることが出来なければ話にならない。だから最早、そんなものに騙される人も居ない。

 知人の来訪でも荷物の配送でも商売人でもないとなると、残るはトラブルというのが相場だ。


「待て」


 その予想を裏付けるように、萌花さんの手を荒増さんが握って止めた。

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