第10話:危機ニ或ハ我ガ首都

 僕たちの住む国、飛鳥。ほかの国と比較して、平和なほうに属するだろう。しかし自由度の高い国風ゆえに、領土の至るところへ王権の管理が行き届かない部分もある。

 それは場所であったり人であったりと様々だけれど、古くから独自文化を守っている少数部族、少数人種の権利を尊重しているからでもある。

 しかしそういった人々が時として、僅かな管理、干渉をも不満として武力的な争いを起こすことはある。その頻度は、よくあると言えば言い過ぎ。稀と言えば、楽観が過ぎる。

 だから暴動や反乱と聞いただけならば、驚きはするものの、慌てふためくほどではなかった。でも今回はその場所が問題で、驚愕に値する。


「え、と――どこが襲われていると?」

「首都だっつってんだろ。白鸞びゃくらんだ」


 飛鳥の国土も相当に広い。北方は極寒の冬を迎える土地だし、南方は常夏と言って良い。だからと言って、遠い土地なら良かったのにと思ったわけではない。

 よりにもよって、白鸞が。こうなると、完璧な守りがあると考えていたのは僕の勝手だったのだろうけど。いやそれにしたって、いきなり中枢を、と。

 信じられない気持ちが先に立ってしまう。

 ふと気付くと、反坂さんも大きな目を見張っていた。彼女も白鸞を知っているらしい。


「――王は、愚王はご無事なんですか?」

「さあな。まだ外郭だけだし、無事なんじゃねえの」


 纏占隊の究極の目的は、王と王国に仇なす者を討つこと。それが妖であろうと、人間であろうと、関係はない。

 だというのに、荒増さんの答えはあまりに他人ごとだ。いやもちろんこの人の性格を鑑みるに、「陛下はご無事であらせられる」とか言われても驚くが。


「そうだ、纏占隊はなにをしてたんですか? 他の兵部ひょうぶや衛士は!」

「俺に聞くなよ、知らねえっての」


 兵部とは他国で言うところの国有軍。纏占隊もその系列だけれど、独立している。衛士と合わせて、どれも国を守ることが任務だ。

 たしかさっき、第二防塔が破壊されたと言っていた。防塔は白鸞の周囲、八方向を囲むように築かれた砦だ。第二はそのうちの、北東方向に当たる。

 装備も駐留している人員も兵部で、装甲車両の数台くらいはものともしないはず。それがやすやすと落とされるとは、監視システムごと居眠りでもしていたとしか思えない。


「さしても。そん人たぢゃ、なんとしたすか?」

「え、なんです?」

「――あっ! いえ、あの。その人たちは、どうする気なのかと思ったであります」

「どうする、と言うと?」


 どこかの訛りだろうか。反坂さんの言ったことが、分からなかった。すぐに気付いて言い直したけれど、ずっとぎこちない話し方なのはそのせいかもしれない。


「どれだけの戦力か分からないでありますが、いきなりそんなところを攻めても、包囲されるだけだと思ったであります」

「たしかに。そうですね、たしかにそうです。そうなってもどうにか出来るだけの戦力が、あるってことでしょうか」


 第二防塔が破壊されたというだけの情報では、それ以上を推測しようがない。反坂さんに答えつつ、荒増さんに問うたつもりだったのだけど、当人はまだ情報を漁っているようだ。


「おっと、静止画があった」

「えっ、僕にも見せてください」

「……ふん。ほらよ」


 スネイクの操作盤に付属のモニターは、さほど大きくない。それを見てなにやら考えていた様子の荒増さんだったが、すぐに壁面へ画像を映してくれた。


「あれ? 壊れてませんね」


 写っているのは、第二防塔と思われる建築物だ。現物を見たことはあるけど、その建物だけの空撮で他と区別することは、僕には出来ない。

 破壊と言うからには、壁面の一部くらいは崩れ落ちているのを想像していた。しかしこの画像を見る限り、壊れたところは発見出来ない。


「そう思うであります。誤報でありますか?」

「……いや、おかしい。全景が写っているのに、人影がない」


 そのくらいすぐに気付けということか、荒増さんが鼻で笑う。反坂さんは僕の言ったことを確かめるように、視線を隅々まで走らせて息を飲んだ。


「うん?」


 ふと疑問を抱いて、声が漏れた。「なんだよ面倒くせえな」という顔で、荒増さんがこちらを見る。いやあくまでそういう表情というだけだ。実際には言われていない。


「荒増さん。これ、どこのデータです?」

「教えねえよ。蛇の道は蛇に聞けって奴だ」


 ちっ、と舌打ちをして「やっぱり面倒くせえことを聞いてきやがった」という顔をした荒増さんは、あくびをして誤魔化した。いやこれも言われてはいないけど。

 画像を囲んでいる画面構成が、纏式士のよく使う機能には見かけないものだった。それに僕たちにさえ支部に移動するまでは情報を秘していたものが、もうこんな画像を見られるなんておかしい。

 だが荒増さんが教えないと明言した以上、このまま聞き続けても答えは期待できない。だから他に何か建設的なことを言おうと考えたのだけれど、経験の浅い僕ではやはり碌なことを思い付かない。


「では具体的に、これからどうしますか?」


 考えても埒が明かなかったので、いっそ丸投げで聞いてみる。


「寝る」

「へ?」


 予想外の答えに、と言うかまさか実際には言わないだろうと予想していた答えに、空気の抜けたような声が出てしまった。


「寝るって、寝るんですか? 様子を探りに行くとか、誰か連絡のつく人を探すとか……」

「うるせえ、やりたきゃ勝手にやれ。だがスネイクは使うなよ」


 そう言われて、答えあぐねて、それでも十数秒くらいだろうか。


「凄い。本当に寝てるであります」

「こういう人なんです……」


 もう完全に熟睡しているらしい荒増さんの顔をまじまじと覗き込む反坂さんを見て、少し吹き出してしまった。

 リスとかネズミが木の枝から見下ろしてる感じ? ちょっと違うか。


「とても怖くて、変わってる人であります。でも、頼れそうであります」

「あ、そう、そうですね」


 想像を膨らませて、にやと少し笑っていたと思う。けれども反坂さんは、それを荒増さんが寝てしまったことに対してだと勘違いしてくれたらしく、自身もくすと笑った。

 しかしそこで、僕ははたと困り果てた。僕は、なにを話せば良いのか。

 僕のほうが年下ではあっても相手は後輩で、目の前でのんびり眠っている人が居ても今は緊急事態が起こっている。

 不安に思っているだろうと想定して、気分を楽にさせるようにするべきなのか。

 今お互い笑っているのを利用して、そもそも緊急事態など関係のない会話をするべきなのか。

 それとも他に、何か最善の一手があるものなのか。やはり先達としてそういう気の遣い方をするのが正しいと思うのだけれど、さて具体的には一体どうするのが良いのか――。

 とかなんとか色々言ったところで正直な実際を白状するなら、最大の問題点は目の前に居る反坂さんが、面識のない女性だというそのステータスなのだ。

 僕のこれまでをどう思い返してみても、仕事上のやりとり以外で女性と雑多な会話というものをしたことがない。例えば紗々は間違いなく女性なのだけれど、これは実は比較にならない例外だ。

 いやもちろんここで反坂さんを口説こうとか考えているわけではなく、悩むべきは先ほどの言いわけの内容であって、いわゆる場を盛り下げない為のフリートークを行おうという試みだ。

 しかしこれが、目の前に居るのが男性であったら僕はこんなに悩みはしないだろう。対すべきが女性であって、今日初めて会ったというその事実に、僕の頭は真っ白のまま全く更新されなくなってしまった。


「――ええっと。国分さんに連絡してみますね」


 控えめに言っても短い間ではなかった。取り繕うように言った僕に、反坂さんは怪訝な表情を向けてきた。


「お知り合いでありますか?」

「あ、ああ。仲良くしてくださってる先輩です」

「なるほどであります」


 日和見ではない。これは必要な行為だ。

 などと言いわけを続行しつつも、連絡は試みた。エアネットによる簡易通信だ。

 しかし応答はない。まあ現地に居る人は大忙しだろうから、仕方がないというところだろう。

 ……さて、困った。これでいよいよ、逃げ場がない。なにか、なにを、なんて言えば。


「荒増さんは、偉い人べ――ありますか?」

「え? いえそんなことは。と言うか……」


 反坂さんの方から話させてしまった。けれどもこれは助かった。彼女に無理をさせ続けるのも悪いし、その話をすれば良いのだ。


「反坂さん、もしかしたらですが。言葉、無理してますか?」

「はひぃ!」


 肯定の「はい」が上ずってしまったのかと思ったら、挙動からすると驚いた為に意図せず漏れた声らしい。

 顔を真っ赤に染めた彼女は、「なして――」と疑問を口にした。

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