第9話:三畏トシテ事ニ当ル
「断る、と?」
「ああ、そう言った」
「理由をお伺いしても?」
「俺は
纏占隊のうち、纏式士の実働部隊は複数に分かれている。それは
初手はその名のとおり、なにか事が起きた際に、先んじて対応することが主任務となる。二枚目は護衛などの、対外的に顔を晒す可能性のある任務。これらに対して三畏に命ぜられた任務は趣が異なる。
即ち、この国の守護を司るあらゆる組織の持て余した、なにごとであっても引き受けること。その為には、法的な制限の全てを無効と認む。
三畏に籍を置く纏式士は、事実の前後を問わずに事態の収集に乗り出すことも自己判断だ。
つまり目の前で起こったなにかしらの出来事について、よそでは対応可能なのか問い合わせる必要もない。
今の場合は、三畏の名を出したことがその権利を行使すると宣言したことになる。
「左様ですか。ではご随意に」
「分かってると思うが――」
「心得ております」
纏占隊に籍を置いているからには、この書留さんも術者だ。荒増さんのさっきの言葉から先、隠密行動となるのは承知していると答えた。
この書留さんは自分の仕事場に戻っても、荒増さんと僕を連れてこれなかった理由を誰にも説明出来ない。
「さて、と。そいつはもう隊員なんだったか?」
「ええ、もちろん。詳細は分かりませんが、隊員番号が割り振られているのは見ました」
「そうか、じゃあ連れていくとするか」
「――へえ。そうですか」
書留さんは既に、ここへ来ている他の人たちのところへ行ってしまった。彼らも当面、塞護支部へ行くのだろう。
残るは反坂さんをどうするかで、それほどのなにかであるなら、やはり塞護支部に行くのが妥当かと僕は思っていた。それを荒増さんの方から、連れていくなんて。
今日は槍でも降るんだろうか。
「んだよ」
「いえ、なんでも。それより、連れていくってどこへです?」
「メシ。スネイク」
「えぇ? 結局、僕が行き先を決めるんですか」
この国、というか全世界的に、主に使用される通信網は二つある。一つはエアネット、もう一つがヘビーネット。
国の指定した機関だけが使用出来るのがヘビーネットで、両者では機密性が全く異なる――らしい。
携帯機器で海の真ん中でも使えるエアネットに対して、ヘビーネットは一部の例外を除いて、専用の通信機械が設置された場所でないと利用出来ないのが難点だ。
その機器や接続コネクタを示すマークが蛇に見えることから、スネイクと呼ばれているらしいけど、それは定かでない。
「どんなことが起きてるかとか、少しでも教えてもらえれば考えやすいんですけどね」
「ふん。言おうが言うまいが、お前はどうせ金魚の糞みたいに着いてくるだけじゃねえか」
「それはそうです。それが僕の任務ですから」
いついかなる時も、指定された先達の補助をし、纏式士のなんたるかを盗みとること。それが見習いである僕に指示された務めだ。
しかし今は、いつもの如く荒増さんのリクエストに叶う場所を僕が考えて道案内しろと言われている。着いてくるのは僕でないと思うのだが。
「うーん。それにしても、塞護にはあまり縁がなくて……」
お眼鏡に叶う場所を見つけられなかった時の予防線を張りつつ、僕は左手の親指と人さし指の先を合わせて離した。
正確には左手に嵌めた手袋の指先に付いている、携帯端末を起動する素子を重ねることでスイッチを入れたのだが。
それで鉤状に開いた指と指の間に、例の画面が表示される。これはエアネットに接続出来るので、付近の地図を見るためだ。
この国の司法機関である
ならば大きなホテルにでも行くか。そういう要人の会議が行われるところにも、設置してあったはずだ。メシという要望もあったので、ちょうどいい。
「……すぐというほどの場所には、なさそうですね」
「ちっ。どうするかな」
「えっ。あれ、荷物。持ってきてくれたんですか」
「ついでだ」
僕が画面に目を落としている間、荒増さんはどこへも行かなかった。なのにその手には、僕のバックパックがある。数少ない荒増さんの荷物も一緒に入ってるので、なんのついでかはよく分からないが。
いつの間に命令したのか、
「あ、それ。おら――私の」
書留さんと話したりしている間に、反坂さんも数歩先まで近寄ってきていた。どういう会話だか分からずに、遠巻きに見ていたのだ。
着物を着るときの持ち物である、巾着袋。と呼ぶには少し大きいその入れ物が、彼女の荷物入れだったようだ。
「あ、あの。ご飯とヘビーネットが要るべ、要るでありますか」
「そうなんです。心当たりがありますか?」
「なら、私のところへ来るであります」
「私のところって、反坂さんの家ってことですか?」
「そうであります」
個人の家に機器が備わっている場合もある。でも今日が入隊式の新人の家に? なにかほかのことと勘違いしているのかと考える僕を置いて、荒増さんは「近いのか?」とだけ聞き返した。
「すぐそこであります」
「よし、そこにしよう。メシもな」
「了解であります!」
まあ荒増さんがそれでいいなら構わない。それよりも反坂さんが、役に立てているみたいだと少し元気になったのが喜ばしい。
「……本当にスネイクですね」
案内された反坂さんの家は想像していたとおりであって、想像していたとおりでなかった。
想像したままだったのは、比較的新しいビルが並ぶマンション街に建つ中の一棟だったこと。
違ったのは、周囲のビルと比較して決して小さくないそのビル丸ごとが、反坂さんの持ち物だと言われたこと。
そして聞いたとおりに、スネイクも設置してあった。どこから突っ込めばいいのか見当がつかずに、とりあえず摘んでくれと出された菓子パンの山に手を出すだけの僕だ。
「ふん。やっぱりだ」
「なにか分かったんですか?」
相変わらず大きな帽子は被ったまま、反坂さんは料理をしてくれている。その間に我が物顔で立派なソファに陣取って、スネイクを操作していたのは荒増さん。
「首都が襲われてる。もう第二
ちょうど反坂さんが持ってきてくれた料理に手を伸ばしつつ、荒増さんは言った。僕は持っていたフォークを取り落として、まず言葉が出なかった。
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