第12話:常人ノ如ク雨ノ如ク

「なんだべ――」

「セキュリティは?」


 僕も萌花さんと同じく、どうしたいのだか「なんだべ?」と聞きたかった。或いはなにを察知しているのか、だ。


「早く答えろ」

「そ、そっちの」


 委縮した態度を見せつつ、それでも萌花さんは、画面の端にあるシンボルを指差した。そこへ素早く、指示棒によってカーソルが合わされる。

 余談になってしまうけれど。テレビ番組を見ることから、空調や厨房管理といった危機管理の一切は集中管理されているのが普通だ。

 その操作に使うのが統合情報盤で、SIPとも呼ばれる。本体は壁面や柱などに埋め込まれていて、家じゅうどこでも好きな場所に操作画面を表示出来るのが一般的だ。

 テレビという名の家電製品は過去の遺産になっていて、一般家庭に普通にある物ではない。

 それでもたくさんある情報盤の機能の中で、提供される映像プログラムの多くはテレビ番組と呼ばれる。慣習なのか愛着のようなものがあるのか、テレビの実物を博物館でしか見たことのない僕たちの世代には想像もつかない。

 情報盤の操作は当然ながら、各家庭でさほど変わるものでない。しかしセキュリティなどの勝手に触られて困る機能は、どう扱うのか分からないようにしている人も多い。


「生体配置を出せ」

「はいぃ」


 荒増さんの質問は、セキュリティ機能の操作を理解しているか確認する為だったようだ。たしかに情報盤に付属する機能ではややこしいほうで、機械が苦手な人は使いこなせないこともあるらしい。

 ――例えば僕のように。

 カスタマイズされていたとしても、荒増さんならもう理解しているはずだ。それでも指示棒を萌花さんに返したのは、自身はほかにやることがあるからみたいだ。


「これで――」


 恐らく「いいですか?」いや、「いいべか?」と言いかけて、いやさ言ったのだろう。けれど荒増さんは答えない。

 画面にはこの建物の見取り図が表示されている。機械的に認知された生き物の位置を示した赤い丸は、僕たちを除いて屋内に三つ、屋外に二つ。

 荒増さんの左腕は、医療用のサポーターに操作パネルが付いたような装身具に覆われている。実はそれが、この人のマシナリだ。

 統合情報盤の画面にそれを向けて、なにやら操作を加える。きっと位置情報をリンクさせているのだろう。

 五秒もかかったかという操作のあと、マシナリから五枚の紙片が排出された。式符しきふだ。

 式を構築する文字や図形を紙などに記したもの全般をそう呼ぶのだけど、今回はどうやら式人形しきひとがたを使うらしい。

 その名のとおりに人の形をした紙片で、式符であると同時に使役体としても使えるものだ。

 右手の指が望遠鏡の真似事をするように曲げられ、帯印と呼ばれる手印が結ばれる。と同時に「追え」と短く、相変わらず乱暴な式言も発せられた。

 式人形たちは、弾丸のようにと言って過不足ないほどの勢いで飛び去っていく。紙なのだから、ほんの少しの隙間があればどこへだって移動できる。

 

「ご近所さんが不意に遊びに来ました、って雰囲気じゃねえな」


 もう応対して良いと言われて、萌花さんは一階の映像を画面に呼び出した。

 濃いグレーのスーツを着た、どんな公式の場にでもそのまま通してもらえるだろうという隙のない出で立ちの男性が二人立っている。年齢は三十前後だろうか。

 十代の女性の居宅を訪れたというシチュエーションを考えると、逆にきっちりとしすぎている感があって、厳しい顔つきも含めた印象としてはさしずめ「悪の組織べか?」という感じだ。


「イメージ的には賛成ですけど、さすがにそれは」

「似たようなもんだろ。構わねえから、応対しな」


 荒増さんは、これが何者か分かっているのか?

 聞きたかったけれど聞いたところで教えてくれないだろうし、聞くようなタイミングでもない。


「はい。お待たせしたました」


 指示に従って、萌花さんは音声のみで来訪者に答えた。喋りは先ほどまでの、無理をしているものだ。


祭部さいぶの者ですが、少々お尋ねしたいことがありまして。入れていただけますか?」


 押しの強い、よく言えば自信たっぷりな、悪く言えば強硬な感じが前面に出ている声。それに対して、やはり知らない声だというジェスチャーを萌花さんはする。


「はあ。ちょっとお待ちなさいます」

「――祭部が何の用でしょう」


 通話が切られるのを見計らって聞いてみた。今日初めて来た場所の事情を聞いても仕方がないとは思うのだけど、一応聞いた相手は荒増さんだ。しかしもしかしたら万が一、縁のなさそうな萌花さんにも心当たりがあるかもしれない。


「さいぶ、って。なんだベ……」

「ああ、ご存知ないですか。王の関連する式典を取り仕切ったり、王が執務をする王殿おうでんの管理をしたりとか。まあ王のサポート役をする公職の人たちですよ」


 どうやら知らないらしい。

 そういう性質を持つ所だから、そういう式典によく出席するとか特に関わりのある人でもなければ一般には馴染みがない。だから萌花さんが知らなくても不思議はないけれど、来訪に心当たりがある可能性も完全になくなった。


「さて。なんの用だろう、な」


 明らかに、知った顔で嘯く荒増さん。フッと軽く笑った頭上で、轟音が響く。それは間違いなく、連射式の銃声だった。それも大型の。


「なんだ、なんだべ! 雷さまさ、落っごったが⁉」

「伏せて、銃声です!」

「鉄砲がか! たいしたたまげた。おっけな音だあ!」


 ひどく驚いたと言っているみたいだけれど、そうは見えない。言われたとおり伏せてはいるものの、自分の手荷物から笛を取り出している。

 どうも銃撃は、屋上からだ。生体センサーにも映らなかった何者かが、縦穴を拵えるつもりらしい。

 上階の床が次々と撃ち抜かれて、すぐに僕たちの目の前を銃弾が降り注ぐ。


「久遠さん、荒増さん、あんだがたも伏せねば!」


 僕たちを案じて、萌花さんは声を張り上げた。

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