第7話:人ノチカラトハ何也

「それは纏式士としての適性があるかどうかの審査ですね。ここで行うのは、纏占隊のどこに配属される適性があるのかを審査します」

「なるほど……であります」


 小さくうんうんと呟くのに合わせて、律儀に頷いている、そこまでのことを言ってはいないと思うのだけど、内容を反芻しているのだろうか。仕草を見ていると本来の意味の反芻に思えて、何やら可愛がっている家畜を眺めているような気分になった。


「ではまず纏式士としての適性がどの程度のものであるか、見せていただきたいと思います。どのような方法でも良いですから、霊殻ちからを起こしてください」

「ちから?」

「はい」


 もしかして分からないのかと思いつつも肯定してみる。すると反坂さんは、やはり腕に力こぶを作ってみたりして、違うんだろうなという風に首を捻っている。


「ええと、反坂さん。どなたに師事されてるんです?」

「師事――先生? 先生は居ないであります」

「独学ですか。なるほど」


 纏式士の師弟関係は難しい。でも誰にも教わらずに、基礎を身に着けることも難しい。今はそこまで聞かないけれど、本当に一から独学なら、それはとんでもない才能だ。


「では簡単に説明します。生物の内面にある、諸々のエネルギー。いくつかの例外もありますが、概ねこれをと呼びます。これに対して肉体そのもの、物質的なものをからと呼びます。ここまでは良いですか?」

「ほぉほぉ、初めて聞いた――であります」


 敬語にもなっていない、とってつけたように語尾だけを取り繕う。明らかに無理をしている話し方だけれど、悪い気はしない。少なくとも僕は。


「その二者を併せて使えなければ、纏式士たりえない。反坂さんもそういったすべを心得ていませんか?」

「あるあります!」


 そうでなければこの場に居る筈がないのだけれど、独学ならばそれがなんと呼ばれるのか知らないのも、無理からぬことだ。


「それを見せてください。ただし、霊殻を起こすだけです。それ以上はなにもしてはいけません」


 反坂さんは首を捻りかけながら、一応は頷いた。言われていることはなんとなくしか分からないが、とりあえずやってみようというところだろう。まあ、それで十分だ。


「いいなら早くしろよー」


 怠そうな、面倒くさそうな声で荒増さんが言った。顔を向けなくとも、表情や態度もそういった感じであることが分かる。


「お願いします」


 そう言った時には既に、反坂さんは霊殻を起こしていた。一般の人にも想像しやすい例で言うと、オーラとか光輪みたいなものだ。実際には少し違うが。

 彼女のそれは自然体でどこにも力みは見えず、暖かな雰囲気を感じる優しい霊殻だ――などと偉そうなことを言って、他人が霊殻を起こすところなんてそうそう見る機会はない。

 だから反坂さんを見ても、どの程度のレベルにあるのか僕には分からない。しかし初心者や初級者の域を脱していることだけは間違いないと思った。


「不浄」


 前触れもなく、力の抜けた腕組みのまま荒増さんがぼそりと言った。普通の言葉ではなく、纏式士がその技を使う為に必要なしきとして。

 纏式士は式を使う。口から言葉として発すればそれを式言しきごんと呼んで、自身が行おうとする技の為に、業の為に、必要な言葉や文字や動作を組み合わせていく。

 そうして組み上がったものもまた総じて式と呼び、森羅万象に語りかけ、一般には不可思議に思えることも平然と行う。その一例が、今目の前で起こる。

 いつということはなく、どこということもなく、僕たちの周りの空中から、地面から、強いて言えば球形に近いもやもやとしたなにかが色付いて目に触れ始めた。

 正直に言って、一言「凄い」としか感想を持つことが出来ない。

 もしこの一連の現象を心得のない人が視認出来たなら、式とは何と容易いものかと勘違いしてしまうだろう。

 それほどまでにすんなりと、これほどまでに淀みなく、現象を起こせるのは荒増さんだからこそだ。僕が荒増さんの年齢になった時に同じことが出来るかと問われれば、まず間違いなく無理だろう。

 荒増さんがこの現象を起こす為に、目に見える以外の、耳に届く以外の何をどれだけ行ったのか。全てを見抜くことができない今の僕にはそうとしか思えない。

 ただ一つだけ、あくまで自然の一部に過ぎないとも言えるそれらに対して、荒増さんの接触は荒々しすぎる。その姿勢にだけは共感出来ない。


「どうすれば――?」


 戸惑った声で反坂さんが問うた。しかし恐れ慄いているという感じではない。


「そのままで居てください。下手をすれば怪我をします」


 僕の説明が足りていないのは重々承知だ。反坂さんはそれでもコクンと頷いて、霊殻を起こすことだけに集中した。

 無理もないとは思うけど、さっきよりも少し安定感が損なわれたような気がする。しかし全体的な力強さは増した。この状態なら大丈夫だろう。

 もやもやとしていたそれらは、次第に反坂さんを囲み、自身ももっとはっきりとした形を持ち始めた。

 多くは人。多くは獣。そのような、あるいはなりかけの、なにか。

 数は多くないけど……。初見だと辛いかな?

 映像作品にありがちな、おどろおどろしい雰囲気などは全くない。今見えている存在にそんな影響力などないからだ。そこに風が吹いたとか、枝を離れた木の葉がそこに落ちたとか、そういったことと同じ。そこにあるからある、というだけの存在。

 これを僕たちは、莫乃ものと呼ぶ。


「お」


 興味深げに、荒増さんが声を一つ発した。

 それを合図にしたわけではなく、むしろその兆しを荒増さんが目敏く見つけたということなのだろうけれど、莫乃たちが反坂さんに踊りかかった。

 決して襲いかかったのではない。水が低きに流れるのと同じで、彼らにとってそこが、そちらが、興味が湧いたとか居心地がいいとかそういったことであるだけだ。


「ふっ」


 しっかりと目を開いた反坂さんが、一つ強く息を吐いた。

 それで全ては終わった。ひと口に莫乃と言っても実は千差万別あるのだけど、いま呼び起こされたような弱い莫乃たちでは、纏式師が起こした霊殻に触れてなお存在を維持することは出来ない。

 煙のように散り散りになったとか、光を発したとか、劇的な演出も何もない。

 ただ、消えた。


「反坂さん、もういいですよ」


 言うと反坂さんは大きく息を吸ってから、肺の中の大掃除でもするかのように、深く長く息を吐き出した。同時に、起こされていた霊殻も掻き消える。

 無名の新入隊員としては、十二分の実力だと僕の目には映った。これなら荒増さんに聞くまでもないだろうと、僕は用意された次の言葉を告げる。


「では次の審査に移ります」

「へっ?」


 まだ次なんてものがあるのかと、予想された範囲内の、反坂さんの驚きの声がそこに浮いた。

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