第二幕:危急存亡

第6話:緊張ニ震フ反坂萌花

 既に南中は過ぎ、春の陽気と言うにも少し気温は高い。僕たちが普段暮らしている首都に隣接する都市、塞護さいご。今年の新入隊式は、その市民グラウンドで行われる。


「なんつーか。色々あるんだが、まあ頑張れ。ああそれと一応、おめでとうとは言っておく」


 控えめに言って、最悪だと思う。しかしそんな感想を本人に直接は――


「荒増さん、さすがにぐだぐだが過ぎます」


言った。

 冷ややかな荒増さんの睨みは頂戴したけれど、他の誰にも聞こえない声量を意識したのだから良しとしよう。

 ふと気付いて新入隊員の反坂さんに視線を向けると、分かりやすく顔を伏せた。最初からどうも視線を感じると思っていたのだけれど、勘違いではないらしい。

 いやまあ受ける側でなく運営する側で、仮に設置した壇上のすぐ横に立っているのだから、視線が向いても不思議はないとも言える。けれどそういうのでもない気がした。

 その場にある人や物を観察しているうちに、自然と僕にも目が向いた。という感じでもなく、ありありとした興味というか関心というか、何か強い気持ちが乗せられた視線だと思う。

 なんてことを考えていると、荒増さんが早々に降壇した。原稿を用意したりする人ではないので、どの程度話すのか知らなかったのだけど、あまりに早すぎる。

 僕のセリフは聞こえていたと思うけど、それが原因ではないだろう。良くも悪くも僕の言葉に左右される人ではない。


「さ、昨年の任務完遂度一位、荒増隊員からの祝辞でした。なおこれより、実技による適性審査に移ります」


 進行役をやる羽目になった僕が言うと、先ほどの反坂さんはあからさまに体をびくっとさせるのと、両手を自身の口に当てて言葉を飲み込むのと、二つの動作を見せた。


「どうかしましたか?」

「な、なな、なんでもないのであります」


 いかにもなにかありそうであります。

 明らかに大きすぎる、ふわふわの帽子。反坂さんはその端を引っ張って、顔を完全に隠してしまった。まあ当人がなんでもないと言っているのを、これ以上どうこう言う必要もない。「そうですか?」と、受け流しておく。

 纏占隊の服装基準は、これといってない。任務の内容や自身の技を使う上で必要な格好をするのは当然だけれど、それはもちろん自己責任で行うことだ。

 なので新入隊員だからとリクルートスーツで臨めということもないし、変わった格好にはそれなりに慣れている。でも今年の新入隊員は、なかなか個性的な部類に入る。

 僕は男性の平均身長よりも背が低いのだけど、彼女はさらに頭一つほど低い。だからわざわざ端を引っ張らなくとも、最初から顔のほとんどはこちらから見えない。

 首から下は、幅の広い布をぐるぐると巻き付けただけ――なのだろう。恐らくそういうデザインの服、ということではない。

 そんな服装で直立していて、なおかつ身体の布が白っぽいのに対して帽子は茶色という色遣いは、ある物を想起させられて仕方ない。しかしそれはきっと、言わぬが花だ。


「茸か?」

「ひぎゅ!」


 言ってしまった。これは荒増さん。押し潰されたような短い悲鳴は、本人もそれと自覚しているということだろうか。


「あの――」

「なんでもないのであります」

「そうですか、では」


 頭を抱えて悶絶する様子に首を捻りながらも、新入隊員に移動を促した。するとさっきよりも強く、帽子ごとぎゅっと頭を抱え込んで走る辺り、どう考えてもなにかあるはずであります。

 しかし今は雑談の時間ではない。もし機会があれば、話すネタとして使えば良いと、気になる気持ちには無視を決め込む。


「荒増さんはあっちですよ」

「分かってる」


 いかにも力の抜けた表情で突っ立っている荒増さんを、しっしと手で追いやって、ようやく本日の本題に入った。この場に姿を見せているの中で荒増さんと僕以外は、実は事務方の人しか居ない。だから荒増さんは祝辞を述べる来賓代表から、適性を測る審査官へと立場を変えることとなる。

 ふう――大した段取りなんてない式なのに、どうして僕は疲れてるんだろう。

 のろのろと移動する荒増さんを見ていると、しみじみそう思った。反坂さんが戸惑いを隠せない様子なのも、僕がもう少し上手く出来なかったかと心苦しい。たった一人しか居ない今年の新入隊員にまで、使えない先輩だと思われるのも嫌だ。

 二人は熟練者のキャッチボールくらいに距離を空けて、向かい合う。

 球技の試合で使っても二試合同時にプレイできるこのグラウンドを思うと、あまりに寂しい人口密度ではあった。けれどもこれから行うことを考えれば、この広さで足りるのか、進行役として気が気でないのが正直な心境だった。


「荒増さん、この中だけにしてくださいね」

「相手に言えよ」


 荒増さんがそう言うのも分からないではない。全てではないにせよ、荒増さんがやることはある程度知っている。荒増さん自身も、当然知っている。この場で未知数なのは、反坂さんのほうだ。

 仮に荒増さんが物理的に手の届く範囲だけで収めようと考えていたとしても、相手の出方次第ではどうしようもないことだってある。

 でも。そこまで分かっていても、あえて言ったのだ。

 なんだか分からない未知数の不安要素よりも、なにをするかある程度予想のつく当面の課題に対して先に対処しておきたいと考えるのは当然だと思う。

 税率が変わるかどうかが気にならない筈がないけれど、既に数多くの契約が成立している取引先が今にも倒産しそうというほうが対処の優先順位は先という話だ。

 さてその相手はと言うと、また僕を見ていた。どうも荒増さんと僕とを、交互に見ているらしい。その視線に僕の視線を合わせても、今度は背けなかった。さっきとは意図が異なるということか?


「ええと、何か質問でも?」

「いえっ! いえ――」


 乗りに乗っているということではないだろう。もしそうならば、いつの生まれなのかすぐにでも聞き出す必要がある。緊張のせいなのか元々そういう性格なのか、これ以上ないくらいに恐れ入っている反坂さんに、少し罪悪感さえ感じてきた。


「遠慮なくどうぞ」


 荒増さんとは違った意味で柄にもないのだけれど、僕は笑みを浮かべる。

 見知らぬ相手に感情を見せるのは苦手だ。違った意味でとは言うものの、荒増さんのように「必要があればやる。今までに必要を感じたことはねえ」と言いきってしまえるほうが楽だとも思う。


「適性審査は採用試験の時に受け――たであります」

「ああ……」


 式次第は貼りだしてあるので、なにか言いたげにしていたのはこれだろうか。やっと絞り出された言葉は、どこかで聞いた覚えのある質問。

 質問ではなく、抗議とも言えるけれど。

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