第2話:昂ブル男ハ仙石統尤
声に聞き覚えはあるけれど、馴染みということもない。顔を向けると予想通り、二年後輩に当たる
いかにも動きやすそうなトレーニングウェアを着ているところを見ると、これから外へランニングにでも行くのだろうか。
彼とはそれほどの親交がない。しかし横の繋がりが薄い纏占隊では、顔と名前がすぐさま一致して、声に予想がつくというのは親しいほうなのかもしれない。そんな相手だ。
さてその仙石さんは右手を腰に、視線は左腕に巻いたリストバンド状の端末に、いかにも不機嫌そうに口を曲げている。
世間話を振ってきたと解釈するのは、楽観が過ぎると考えて間違いはないと思う。
「いえ、昼食は外で済ませてきました。これは頼まれた買い物です」
右手を少し上げて、保冷容器を示した。そんなことをしなくとも十分に目立つのだけど、条件反射とでも言うのか、発したセリフに対してそうするのが自然だった――だけなのだが。
特徴的なパッケージに、へらへらと笑む僕の顔の組み合わせは、仙石さんにとって不愉快だったらしい。つい数秒前よりも、声に乗せられた苛つきが増している。
「買い物ですか。確認ですが、今日の任務は?」
「主に待機ですよ」
後輩に対して僕が敬語を使うのは、四年目でもまだなお僕が最年少であるという事実に引け目を感じているせいだ。同じく仙石さんも敬語だけど、彼は誰に対してもそういう言葉遣いだったように思う。
言葉遣いは変わらず、その表面温度がどんどん下がっていく。それがありありと分かっても、何が気に入らないのか全く予想がつかない。端末に良からぬ情報でも表示されているのだろうか。
「もう
「あ、ええと時間はですね――」
なるほど、時刻を見ていたのか。
三一は纏占隊、というか僕たち纏式士特有の時刻の数え方で、一般的な言い方だと午後二時のことだ。
待機任務中の昼食は、
実際のところ、昼食と買い物は二刻もかからずに終わっていた。それから更に二刻以上も帰らなかったのは、これも頼まれごととは言え隊の業務に関わる用事をしていたからだ。
まあ……それも厳密に言えば一旦帰隊してから再度出かけるのが規定なので、大きな顔をして主張はできない。
しかし言いわけをしても良いのなら、なにごとも決まりがないとけじめがつかないからそうなっているだけであって、その辺りの自主性は隊員のモラルが尊重されているのが纏占隊というところなのだ。
それでも。正しいことを指摘されたという意識が先に立って、説明どころかまともな受け答えもできなかった。持っている物が気恥ずかしくて、詳細を説明するのが憚られたのも多分にあるけれど。
「まったく家の者も先輩方も……先達がそんな調子では、纏式士の将来は暗いと言わざるを得ませんね。私がトップに立ってから後は改善しますが、それまでに食いつぶさないでほしいものです」
「トップに? 凄く高い理想を持っているんですね」
愚王直轄の組織である纏占隊のトップに立つというのは、相当にスケールの大きな目標だ。何しろ国王直轄の組織なのだから、その地位は
しかもその地位に就くためには、纏占隊という組織の性格上、圧倒的な人望と最高クラスの実力が不可欠になるだろう。政治家のように裏の根回しだけで地位を高める、なんてことも通用しない。
けれどもそこまで考えてから、昨日仙石さんが試合を行って、ある先輩を負かした件を思い出した。
隊員同士が戦うことを基本的に認めていない纏占隊で、試合といえどそれが行われたのは異例のことで、しかも仙石さんが勝つなど誰も予想していなかった。
「――ああ、そういえば昨日は勝ったと聞きましたよ。理想の件もそうですけど、なんというか凄い以外の言葉が見つからないです」
「
「お互いに手抜きのない、良い試合だったと聞いています」
「もちろんです。私もですが、荒増さんも本気を出していたように思います。だからこそ、先が不安ですがね」
荒増さんが手を抜いたとは思わない。しかし二年目の新人に、おいそれと負けるような人でもないはずだ。でもたまたま勝ったなんて嫌味っぽいことは言いたくないし、僕ではそのたまたまさえないのも間違いない。
だから、勝負は時の運という言葉もあるので、今回の試合をこれからの良い糧としてまた精進できますね。というような話に持っていこうとしたのだけれど。
どうも雲行きがおかしい。
「私が優れているのは当たり前として、仮にも最強などと呼ばれる方までこの体たらくでは、少し先だと思っていたのですが予定を早めねばならないようですね」
「予定と言うと?」
「無論、私がトップに立つ件です」
それが既定の事実のように、規定された約束事のように、仙石さんは言った。
「ええと――楽しみですね」
「ありがとうございます」
目標は高いほうがいいですよね、などと迎合するようなことは言えなかった。それは否定していないようで、そんなことを言っても実際は無理ですよと言っているのと同じだから。
仙石さんの語気は、表情は、目は。まだ楽器も弾けないミュージシャンが、いつか五万人を動員するコンサートを開くと言っているような、青い情熱とは全く違う方向を示している。そう感じた。
「ええと、そう言えばさっき、家の方がどうとか言っていたような」
「ああ、いえ、大したことでは。どんな家でも家族とは、困りごとを持ってくるものだという話です」
着地点に困ったので、話題を変えようと思いつきで話を振ってみたけれど、うまくいかなかった。既に親を亡くしている僕には実感として分かる話でなく、仙石さんもあまり話したくないという態度が見え見えだった。
何と答えたものかと数瞬迷った挙句「そういうものかもしれませんね」と結局迎合してしまう僕は、やはり未熟者なのだと思う。
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