性的に誘惑してくるイキリ小悪魔ヒロインと、まったく動じず胸に手を伸ばす俺のラブコメ

かごめごめ

性的に誘惑してくるイキリ小悪魔ヒロインと、まったく動じず胸に手を伸ばす俺のラブコメ

 下校を促す校内放送が流れた。

 ふと辺りを見渡せば、教室には俺ひとりきりだった。


「はぁ……帰るか」


 口に出してはみたものの、立ちあがる気力がこれっぽっちも湧いてこない。どうしたものか、と思案を始めたときだった。


「あ〜っ! こんなところにぼっちの先輩が〜っ!!」


 俺は机に片肘をついた姿勢のまま、声のしたほうへと視線を向けた。

 長い黒髪の女子生徒だった。目鼻立ちがはっきりとしていて、遠目に見ただけでもかなりの美少女だとわかる。口ぶりからして下級生なのだろうが、俺は彼女に見覚えなんてない。


 誰だ……いや、別に誰だっていいか。俺には関係のないことだ。


 女子生徒は口元にかすかな笑みを浮かべながら、教室に足を踏み入れる。だが顔をあげるのすら億劫だった俺は、早々に彼女から視線を外し、机に突っ伏した。

 彼女には悪いが、知らない下級生の相手をする余裕は、今の俺にはなかった。


「ちょっと〜、無視しないでくださいよぉ〜っ!」

「…………」

「ま、いいです。それで先輩は〜、こんな時間まで一人でなにやってるんですか?」


 それはこっちの台詞だ――と、俺は心の中だけで返す。


「あ、答えなくていいですよ? だいたいわかっちゃいますから♪ こんな暗い人に一緒に帰る友達なんているわけないですし、ましてや彼女なんて夢のまた夢、ですよねっ! それでも夢を諦めきれずに、あるわけない奇跡を信じて無駄に居残ってみたりしちゃってるわけですよねっ!」


 ……しかしまぁ、一人でベラベラとよくしゃべるな、この女。


「でも先輩、ある意味願いは叶ったんじゃないですか? だってほら〜、私みたいな美少女とこうして出会えたわけですから♪ ねぇ先輩っ、これもなにかの縁ですし、少しお話しましょうよ〜っ」

「…………」

「沈黙はOKって意味ですよねっ。それじゃ、ちょっと失礼しますね! よいしょ……っと」


 顔を伏せた机から、わずかに振動が伝わってくる。どうやら俺の机の縁に腰を下ろしたみたいだ。

 ちゃんと追い返さなかったのが裏目に出たか……まぁいい。このまま無視し続けていれば、そのうち諦めて帰ってくれるだろう。今の俺は誰かとおしゃべりなんて気分じゃないんだ。


「えっと、自己紹介がまだでしたよね。私、一年の加々美かがみ舞花まいかです。友達からはマイマイとか〜、かがみんって呼ばれることが多いかな? でもね、私好きな人には、舞花って名前で呼ばれたいタイプなんです♪ はい、次は先輩の番!」

「…………」

「あれあれ〜っ、声が聞こえませんよ?? どうしちゃったのかなぁ〜? うふふっ、もしかして先輩ってぇ、かなりの照れ屋さんだったりします? 実は今も〜、顔をあげたら真っ赤になってたりして♪ くすくすっ、相手は年下の女の子なんですよ?」

「…………」

「でも先輩って、見るからに女の子に免疫なさそうですもんね〜。もうこれでもかってくらい、陰キャのオーラがハンパないですし! やっぱり童貞ですか?」

「…………」

「あ、怒っちゃいましたか? ごめんなさい、少し言い過ぎちゃいました。たとえ事実だとしても、言っちゃいけないことってありますよね! ごめんなさい!!」

「…………」

「せんぱぁ〜い、なにか反応してくれないと、私困っちゃいますよぉ〜。ねぇねぇ、せんぱぁい! 先輩ってば〜っ!! 名前くらい教えてくださいよ〜っ、ねぇ、ねぇ、ねぇ!」


 つん! つん! つん! つん! つん!


「…………」


 舞花と名乗った女は未だ帰る素振りもなく、俺の腕や肩や頭を、加減もなにもなく思いっきりつついてくる。

 ……これ以上無視するのは、かえって面倒だ。仕方ない。


「……ひびき古森ふるもり響」


 顔は伏せたまま、俺は言った。


「あはっ。ようやくお話してくれましたねっ。そっかぁ〜、響先輩っていうんだ〜♪」


 だからなんだっていうんだ。


「ねぇねぇ響せんぱぁい、突然なんですけど〜、先輩ってお裁縫とか得意ですか? 実は、ブラウスのボタンが取れちゃって……」


 ……裁縫か。そういえばアイツは、信じがたいほど不器用だったな。裁縫も料理もまるでダメ、とことん女子力の低い女だった。

 だけどそのぶん、感性や物の考え方は限りなく男性的で。そのくせ外見や言葉遣い、ふいに見せる仕草なんかは誰よりも女の子らしくて……


 ――そりゃ、モテるのも当然……だよな。


「しかもですよ? 一個じゃなくて二個なんです! いちばん上と二番目のボタンが、まさかのふたつとも取れちゃったんです〜っ! もうホントありえなくないですか〜?」


 ……だめだな、俺。気づいたら、またアイツのこと考えてる。

 この一週間、アイツの笑顔がずっと頭から離れない。

 ――もう、終わったことなのにな。


「最近急激に胸が育ってきちゃったから、それが原因かも……って、ああ〜っ!! たった今、三番目のボタンまで取れちゃいましたぁっ!! もうやだぁ、これじゃあおっぱいが丸見えですよぉ〜っ! うう、恥ずかしいです……助けて響先輩ぃ〜〜!」


 今さら無意味だとわかっていても、それでもつい、思いを馳せてしまう。

 心の傷は、まだ癒えそうにない――けれど。


 いい加減、考えることにも疲れてきた。

 下校時刻も過ぎてるのに、いつまでも黄昏れてたって仕方ない。


 帰ろう。

 帰って、今日はもう寝てしまおう。

 それがいい。そうしよう。


「――よし」


 俺は席を立とうと、勢いよく顔をあげ――



「あ、こっち見た♪」



 視線がぶつかる。

 顔いっぱいに嗜虐的な笑みを浮かべた、無邪気な女王様みたいな女が、高みから俺を見下ろしていた。


「そんなに私のおっぱいが気になるんですかぁ〜? うふふ、やっぱり童貞ってチョロくて面白いです♪」

「……あぁ?」


 こいつは急になんの話をしてるんだ?

 いや、俺が話を聞いてなかっただけか?


 まぁどうでもいいか。


「舞花とか言ったか。悪いけど、俺はもう帰るぞ。じゃあな」


 俺は鞄を引っ掴んで立ちあがり、初対面の後輩――舞花に背を向けた。


「あぁん、待ってくださいよ〜っ」

「……はぁ、まだなんか用か?」


 制服の裾を掴まれ、仕方なく振り返る。


「とか言って、ホントは興味津々なくせに〜♪ 一年生とは思えない、私のこの大きなおっぱいに♪」

「……なんだと?」


 よくよく見てみれば、舞花の胸元は馬鹿みたいにはだけていた。

 ブラウスのボタンは三番目まで外れていて、パステルブルーの下着に覆われた、柔らかそうな二つの膨らみがあらわになっている。


 こいつ…………痴女か?


「そうだっ。せっかくですし〜、よかったら先輩、触ってみます?」


 舞花は胸の谷間を強調するように前かがみになると、どこか人を小馬鹿にするようなニヤニヤ笑いを俺に向けてくる。


 ……俺が知らないだけで、今の女子高生のあいだではこの手の冗談が流行ってたりするんだろうか?


「なんだったら〜、両手で思いっきり揉んじゃってもいいですよ? はい、どうぞ? うふふふっ」


 いいや違うな、こんなやつ痴女以外にありえない。

 だったら、俺が取る選択肢は一つしかない。


「ぶぶ〜っ! もう時間切――」

「それじゃ、遠慮なく」


 俺はまっすぐに手を伸ばし、その片方の膨らみに触れた。


「――――へっ?」


 なるほど。

 確かに手のひらに収まりきらないくらい大きいし、ブラごしとはいえその柔らかさは充分に伝わってくる。


「……え? えっ、え、えっ……? ……えっ?」


 鞄を床に置き、反対側の膨らみにも手を伸ばす。

 ほどほどに加減はしつつ、両手の指先から伝わるその感触を、めいっぱい堪能する。


 久しぶりに揉んだが、やっぱいいもんだな、おっぱいって。まぁサイズでいえば、アイツのほうがもうひと回りほど大きかったが……。


「ん?」


 そういえば急に静かになったな。

 不思議に思った俺は、手は動かしたまま、視線だけを胸元から顔へと移した。


 そこには、先ほどまでの余裕に満ちた笑みはなかった。まるで、自分の身になにが起こったのか理解できないとでも言うように、舞花は焦点の定まらない眼差しを俺に向けている。


 ふいに、舞花が口を開いた。

 けれど言葉は発さずに、代わりに大きく目を見開いて、息を吸いこんだ。

 そして――



「きゃっ」



 そんなか細い悲鳴をあげて、俺から距離をとろうとした……が、その拍子にバランスを崩し、そのまま床にへたりこんでしまう。


 それでもなお、舞花は狐につままれたような顔をして、まっすぐに俺を見あげている。


「……大丈夫か?」


 俺の声でようやく我に返ったのか、舞花は何度か瞬きをしたあと、自らの身体をかき抱いた。


「……ほ」


 そして、小さな声で、ぽつりと。



「……………………ほんとに、触ったぁ……っ」



 そう言った。


「ていうかっ、揉んだぁ……!!」


 若干涙目になりながら、非難がましく俺を睨みつけてくる。


「は? おまえが揉んでいいって言うから揉んだんだけど?」


 意味がわからない。なに言ってるんだこいつ。


「ちっ、ちが……! ちがくてっ、あれはっ、そういう意味で言ったんじゃなくてっ!」

「はぁ?」

「だ、だから、その……言ったけどっ、でもそれはなんていうか言葉の綾? みたいなっ」

「はぁ……」


 なんだかよくわからないが、想定外の事態に狼狽しているということはわかる。胸を揉む前のあの挑発的な態度はどこにいってしまったのだろう。


「今さらそんなこと言われてもな。だったらなんであんなこと言ったんだよ」


 俺はさっきまで舞花が座っていた自分の机の上に腰を下ろし、未だへたりこんだままの舞花を見下ろした。


「それはっ……もっと動揺すると思ったの!」

「なんだそりゃ」

「……いつもはもっと、面白い反応が返ってくるんです。本当に触ってきた人なんて、今まで一人もいなかったのに……」

「おまえ、普段からこんなことやってるのかよ」

「ええ、まぁ。だって面白いじゃないですか、童貞が慌てふためく様って。ちょっと胸元をはだけさせたりスカートをめくりあげたりしただけで、顔を赤くしてアタフタしだすんですよ? 特に、一度『本当に触れるかも?』と夢を見せてから、時間切れを宣告したときのあの絶望の表情、あれがもう本当にたまらないんです。お金もかかりませんし、我ながらいい趣味を見つけたと思います」

「なんてやつだ、とんでもないな」


 同じ美少女でも、俺が好きだったアイツとは似ても似つかない。


「ただ、響先輩みたいな童貞がいるとは、ホントに計算外でした……」


 ブラウスのボタンを閉めながら、舞花は言う。


「なにを勘違いしたのか知らないが、そもそも俺、童貞じゃないからな」

「…………えっ? う、嘘……?」

「嘘じゃない。それよりも、おまえのほうこそ処女なんじゃないのか? ちょっと胸揉まれたくらいで茫然自失になって」

「なっ……! ち、違いますから馬鹿にしないでくださいよ私こう見えてかなりのビッチですし!」

「だったらなおさら、ちょっとくらい揉ませろよ」


 言って俺は、舞花に向かって手を伸ばしてみせる。


「きゃぁぁぁぁあぁっ! 嘘です嘘です処女です〜〜っ!!」


 ずずずずぅーっ!

 舞花は座ったまま器用に壁際まで後ずさった。


「はぁ……いいからもう帰ろうぜ。最終下校時刻過ぎてるぞ」


 こいつと話してると、なにもかも馬鹿らしくなってくる。気づけば憂鬱な気分もどこかへ吹き飛んでしまった。


「はぁ、はぁっ……そ、そうですね、私も帰ります」


 舞花は立ちあがると、パンパンとスカートを払った。


「ところで――じゃあ響先輩は、どうしてあんなに暗いオーラを出して黄昏れてたんですか? 私が勘違いしちゃったのも、元はといえば先輩のせいなんですからね? ぼっちの陰キャは童貞って相場が決まってるんですから」


 ……ついさっきまでの俺なら、きっとこう答えただろう。

「別にどうでもいいだろ」、と。


 だけど今の俺は、不思議と正直に話したい気分だった。


「一週間前、中学から付き合ってた彼女と別れたんだよ。アイツのことが忘れられなくて、こんな時間まで黄昏れてたってわけだ。……本当に、好きだったんだ」


 話してすぐに後悔した。後輩の女子相手に、なにを俺は語ってるんだ……。


「……なにがあったのかは知りませんし、失恋のつらさは私には経験がないのでわかりませんが――そうやってウジウジしてる姿は、正直、傍から見てるとだいぶダサいですよ? 陰キャの童貞のほうがまだ可愛げがあると思います」

「…………」

「……なんちゃって、冗談です。ごめんなさい、今のは忘れてください」


 言い過ぎたと思ったのか、俺が怒ったと思ったのか。舞花は発言を撤回した。


「揉むぞこら」

「謝ったじゃないですかぁ! も〜っ!」

「…………」


 だけど、今の舞花の言葉は。

 別に俺を煽るつもりで言ったわけじゃなくて。

 きっと――本心から出た言葉、なんだろう。


「いや、おまえの言うとおりだ。終わったこといつまでも引きずって、みっともないよな。今はおまえのおかげで気がまぎれてるけど、明日になったらまた落ちこむかもしれない。ひと月過ぎても一年過ぎても、まだウジウジしたままかもしれない。だから、過去と完全に決別するために――おまえも協力してくれないか?」

「はい? 私がですか? 会って間もない私に協力できるようなことなんて、あるとは思えませんけど?」

「俺の新しい彼女になってくれ」

「……………………はい?」


 なにが起きたのか、なにを言われたのか理解できない――舞花のそんな顔を見るのは、これで二度目だった。


「……いたいけな下級生をからかって楽しいですか? 趣味悪すぎです!」

「おまえが言うな。それに――俺は本気で言ってる」

「っ……!!」


 息を呑む舞花に、俺は言葉を続ける。


「おまえと一緒にいれば、きっと毎日退屈しないと思う。そのうち昔のことも忘れられそうな気がする」

「……あの、さっきから気になってたんですけど。その“おまえ”っていうの、やめてくれませんか? 元カノさんがどうかは知りませんけど、私は“おまえ”って呼ばれるの、嫌いなんです」

「あー、それは悪かった。ついクセでな……」

「……舞花」

「え?」

「ちゃんと舞花って呼んでくれるならっ……彼女になってあげないこともない……です」


 視線を逸らしながらそう言った舞花の顔は、みるみるうちに赤く染まっていく。


「私も、響先輩みたいな人ははじめてで……その、退屈しなさそうですから!」


 舞花は真っ赤な顔のまま、羞恥心を振り切るように真正面から俺を見つめてくる。

 俺はそんな彼女の潤んだ瞳を見つめ返しながら、呼び慣れないその名前を口にした。


「舞花」

「は、はい」

「これで舞花は俺のものだ」

「は、はい……」

「ということは、舞花の胸も俺のものってことになる」

「ま、まぁそういうことに…………えっ?」

「さっそく揉ませろ!」


 俺は両手を伸ばしながら舞花に襲いかかった!


「きゃあぁぁぁっ! きゃぁぁぁぁぁっ! 待ってください先輩っ、まだ心の準備が〜〜っ!」

「問答無用!!」

「きゃああぁぁぁぁっ!!」


 ドタバタと逃げ惑う舞花を、俺は追いつかないように追い回す。

 そしてついには、


「私処女なんですからぁ〜っ!! もっと大切に扱ってくださいよ〜〜っ!!」


 大声でそんなことを叫びながら、舞花は教室の外へと飛び出していった。

 よかったな、もう誰も残ってないような時間帯で。


「はぁ……ほんと、騒がしいやつだな。アイツとは大違いだ」


 こんな日々がこれからも続いていく、そう思うと……思わず笑みがこぼれてしまう。

 そうだ――もう後ろを振り返るのは終わりにしよう。


 そして今、この場所から始めよう。

 俺と舞花にしか描けない、俺たちだけの恋物語ラブコメを。


 舞花と過ごす日常に身を委ねれば、きっと近い将来、アイツのことをきれいさっぱり忘れられる日がやってくる。

 根拠なんてないけど、俺はそう思った。


「さて、と…………お〜〜〜い!!! 待てよ舞花ぁぁぁ〜〜!!!」


 俺は鞄を肩に背負うと、馬鹿みたいに大声を出しながら、すでに見えなくなった彼女の背中を追いかけた――。

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