いろんな奴の置き土産

下顎

第1話 二人の仕事

 何十分も目の前のフードを被った影を追っている。

 周辺の住宅の殆どの明かりが消え、街灯だけが道を照らしている。

 影を追っているのは、鬼一きいち燈日とうか。

 半ズボンにパーカーと、至って普通の服装だが、右手にはナイフを持ち、左耳には通信機、右腰には銃を収めたホルスター、左腰には西洋風の剣、という日本人とは思えない姿をしている。

 尾行に気づいたのか、その影は急に走りだした。直ぐに後を追うが、その影は獣の様な速さで、夜の暗闇の中に消えてしまう。溜め息を吐きつつ、通信機に手を伸ばす。

「すまん、見失った」

 通信相手に謝罪しつつ報告する。

「大丈夫、近くの家に入って行くのを見つけたよ」

 通信機の向こう側からは女性の声がした。別行動をとっていたのが幸いしたらしい。

「わかった、すぐにそっちに行くからスマホに位置を送ってくれ」

「了解」

 通信を終了した。左手首の腕時計を確認する。時計の針は12時09分を指していた。

「明日の学校キツイなぁ…」

 憂鬱そうに呟きつつ、スマホに送られてきた位置情報を確認し、再び走りだす。

 目的地に到着すると二階建ての住宅が建っており、反対側の道沿いには住宅を監視している人影があった。

 相棒である智徳ちとく美月みづきだ。

 彼女も服装は普通だが、左手にはナイフを持ち、左耳に通信機、右腰に銃、左腰には西洋風の剣を身につけている。

 後ろ姿の美月に近づく。彼女は直ぐに此方こちらの気配に気づいたのか、振り返りながら言った。

「遅かったね」

 彼女の感知能力に感心しつつ、住宅の方を向く。

「中には何人だ?」

「男が入っていったのは見えたけど、何人かは分からないわね」

 お互いに数秒、無言になるが悩んでいる暇はない。

「危険だけど、入らないとな。」

 片開きの門扉を開け、玄関の前まで移動した所で、美月に肩を掴まれた。少し驚き、すぐに振り返る。

「一応、防音の呪まじない使っとこうよ」

 俺は頷いて、半ズボンの左ポケットから透明な液体の入った小瓶を取り出し、液体を地面に一滴垂らし、液体を垂らしたところを人差し指で触れ、人差し指に意識を集中させる。

 呪いを教えてくれたのは親父だったが、最終的には出来たからいいものの、呪いのやり方を感覚的にしか教えてくれなかったし、説明もざっくりしていた。

 親父に依ると、人の魂の中には魔力が入っていて、その魔力を指で伝えているらしい。

 魔力を込める量で効果範囲を調整し、範囲外に音が漏れないように出来る。

 目には見えないが、目の前の家を囲う様に感覚で魔力を調整する。

 呪いが完了し、玄関を開ける。目の前には奥まで続く廊下、右側には階段、左側には居間があった。逃げられる可能性を考え、二手に分かれる事を提案する。

「二階を頼めるか?」

「いいよ」

 美月には二階に行ってもらい、俺は居間から確認する。特に怪しい様子はなく、隣のキッチンに移動する。そこにある冷蔵庫に目が行ってしまった。

 この仕事には良くあることではあるが、情報が確定していない。それ故に確信できる情報が欲しい。

 この仕事の変わったところとして、冷蔵庫の中身で相手の事が分かったりする。

 冷蔵庫を開けると、中には容器に入れられた、大量の肉が入っていた。容器を開けると、異臭が漂ってくる。肉の中には人間のものとしか思えないサイズの心臓が入っている。恐らく全て人肉なのだろう。

 思わず目を背ける。これで確信できた。

「やっぱり、狼人間か…」

 狼人間は人肉を食べる。特に心臓は好物である場合が多い。

 美月に狼人間で確定したことを一応伝えるべく、通信機に手を伸ばそうとしたが、後方から荒い息づかいが聞こえ、振り向くと女性が立っていた。勿論、美月ではない。狼人間だ。

 狼人間は満月の夜に変身するとされているが、実際には夜であれば満月でなくとも変身でき、月の形が満月に近ければ近いほど強くなる。変身しても見た目はそこまで変わらず、指先に鋭く硬い鉤爪があり、口元に牙があること以外は、普通の人間と同じである。

 鉤爪が迫ってくる。ギリギリ、ナイフで受け止める。ナイフと爪が擦れ合い、耳障りな音が鳴る。

 彼女の力はかなり強く、壁際まで追い詰められ、ナイフを持っている手を壁に押さえつけられる。

 もう片方の手で反撃を試みるが、もう片方の手も壁に押さえつけられ、そのまま首に噛み付かれそうになる。

 必死に力を込め、なんとか押し返し、そのまま斬りかかる。彼女は咄嗟に手の平で防御した。すると、彼女は数歩後退った。切り口は火傷跡のようになっていた。

 狼人間には、かなり有名な弱点がある。銀だ。狼人間は治癒力が高く、普通の武器であれば傷をつけたとしても、すぐに治ってしまう。そのため、銀のナイフは狼人間の相手をする時の定番武器だ。

 彼女は再び鋭い爪を使い、襲い掛かってくる。右手の爪を回避し、ナイフで左手の爪を弾き返し、そのまま心臓に向けてナイフを突き刺す。ナイフを引き抜くと、彼女は膝から崩れ落ちた。

 彼女が死亡したのを確認し、一安心したところで美月の言っていたことを思い出した。

「入っていったのは男だったはず…」

 再び背後から気配がした。気付いたのが遅く、既に狼人間と思われる男に距離を詰められている。どう考えても回避は無理だ。

 当然、諦めるつもりはないが、首元に爪が迫っている。せめて相打ちにするべく、覚悟を決める。

 爪が首元を掻く直前、一発の銃声がした。目の前の男は床に倒れた。

 倒れた先には美月が銃を構えて立っていた。

「銀の弾丸は便利だね」

 美月は微笑を浮かべながら言う。

 これが二人の仕事。怪物退治。所謂いわゆる陰陽師である。

「遅いよ」

「そこは“ありがとう”でしょ?」

 お互いに失笑する。

「ありがとう」

 素直に感謝の言葉を口にすると、美月は満面の笑みを浮かべた。

「疲れたし、後は収集屋に任せようぜ」

「そうだね」

 スマホで知り合いの収集屋にメールを送る。

 仕事を終える度に考えてしまう。

 いつまでこんなことを続けるのだろう?

 いつまで続けられるのだろう?

 続けるのは正直辛い。だが、辞めるわけにはいかない。かと言って死と隣り合わせのこの仕事をいつまで続けられるのかもわからない。

 毎回そんなことを考え、その都度煩わしくなる。

 唐突に美月に背中を叩かれ、自分がぼんやりしていたことに気付く。

「早く帰りましょ」

「あぁ」

 狼人間の家を出て、再び夜の暗闇の中を二人の家に向かって歩き出す。

 美月は俺が素直に感謝したのが相当愉快だったのか、まだ笑みを浮かべながら歩いていた。

 美月が仕事を手伝ってくれるのは助かるが、この仕事はかなり危険だ。正直なところ、手伝って欲しくない。

 だが、美月は俺が一人で仕事をするのを絶対に許してくれない。

 仕事を辞めることを少しは考えた。

 お互いにまだ高校一年生だし、金に関しては両親がある程度残してくれたので困っているわけでもないし、美月を巻き込みたくない。

 だが、辞めるわけにはいかないのだ。

 両親の復讐を果たすまでは。

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