思索
集落は新たな土地で手早く再建された。石斧を作り、竹を断つ仕事はかつてないほどの騒音を生んだ。雑音は故郷を思い出させる。しかしわたしの耳には、追悼の音として悲しく聞こえた。土砂崩れから数日を待たずして、老婆は息を引き取った。目を覚ますことは一度もないまま。彼女はずっと涙を流していた。息は乱れるけれど嗚咽が漏れることもない。かれらの身体は生来、声を備えていないのだと思う。
女たちはどこからか大量の綿を持ってきて、毎日糸を紡いだ。竹を組むのにも使われたが、それにしても大量だった。彼女は糸をもらってきて何やら一心に編んでいた。細い糸で、大きく複雑な一枚布を作る。それは言葉であるはずだった。泣きながら編む文字は老婆にあてた別れの言葉で間違いあるまい。たったひとつの単語も読み取れはしなかったが。
わたしはひたすらに家を建てる手伝いをした。動き続けていない限り、脱力した老婆の身体の重さが腕によみがえってしまう。
思考はわたしがここに流れ着いた経緯に戻っていた。あのときも地面が崩れたのではなかったか。そしてかれらの慣れた様子の避難。一帯の地盤は軟らかく、崩れやすいのだろう。竹が根を張るより深くから、一気に流れ落ちてしまうほど。ではなぜ、かれらはここに住み続けるのか。
わたしが歩いていた尾根を越えて向こうは、礫や岩の多い、耕作には適さない土地だった。来た方へ戻れば大きな街に至り、進めばわたしたちが目的地としていた別の集落があるはずだった。そこの住民は度々街を訪れ、交易をしていたという。つまり言語による意思の疎通が可能だということだ。かれらは先天的に声を持たない。血筋によって引き継がれる特徴に違いなかった。この先は憶測に過ぎないが、たとえばかれらが疎外されて危険な土地に追いやられたとするならば腑に落ちる。声を持たぬゆえに周囲の音を拾いやすいかれらの特性は、豊かでありながら軟弱な地盤の上で生き延びるのに有利だったのではないか。
畑が離れた場所にあるのもおそらくはこの日のためだった。辿る道こそ変わっても、同じように収穫をしながら思う。わたしの喉はいつか不用意に声を発してしまうだろう。かれらに溶け込むにはあまりにも不十分だ。わたしがここに生き続けられるわけはなかった。暮らし続けるとして、永遠によそ者だろう。言語の習得とは次元が違う。存在そのものが異質なのだった。
帰らなければならない。どうしても。けれどどうやって。悩むうちにも集落は落ち着きを取り戻し、彼女は美しい文字の集積たる布を編み上げた。それはいつのまにか黒々と染められていた。まごうことなき喪の色だった。
無音の葬儀が営まれた。老婆の遺体は哀惜の言葉に包まれて柔らかな土の下にうずめられた。嗚咽も音楽も説教もない。ただ別れは一枚の黒布に刻まれていた。涙はただ皆の頬を滑って、地面に落ちた。誰もが両の手を胸の前にして言葉を綴り、祈っていた。集まっていた人々がひとり、またひとりと輪を抜ける。胸のうちの言葉が尽きた者から去っていくようだった。わたしは祈りの言葉を知らない。ただ、老婆の名を呼ぶことしかできなかった。
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