崩落

 突如として骨を揺るがすような音を感じた。違和感、というより恐怖だ。とてつもない不安が身体をこわばらせる。皆が一斉に駆けだす。彼女が強く腕を引いた。震えている暇などなかった。走った。ひたすらに走った。石の飾りは笛であるらしかった。方々から甲高い音色が切れ切れに聞こえる。ここ最近、ついぞ聞くことのなかった種類の音だ。決して振り向けない背後に、恐ろしくも懐かしい響きがあった。土砂崩れ。石が、土が激しく流れる。巻き込まれた竹がぶつかり合う。きしむ。


 いちばんに足を止めた若い男たちが来た方にじっと目を向け、耳をそばだてている。笛はまだ鳴っていた。中には遠いものもある。男たちは笛の音を追って走っていった。取り残された人がいるのかもしれない。

 地鳴りはもうおさまっていた。息を切らした人々が失われた集落を眺めていた。幼い子どもたちはぼんやりと宙を見たまま身近な大人の手を握ったままでいる。

 彼女の姿がなかった。あわてて周囲を見渡す。少し離れたところに馴染んだ背中を発見して安堵したが、その様子にはただならぬところがあった。かがみ込んで何かを拾い上げようとしている。大きく重たいものだろう。かなり苦戦している。

 足もとを確かめながら近寄って、悔やんだ。彼女が抱き起そうとしていたのはあの老婆だった。そばまで来てしまった手前、目を背けることもできない。おずおずと手を出す。拒否はされなかった。どこかを打ったのだろうか、瞼は固く閉じられている。息はまだあるようで、手足は彼女に応えようともがく。力ならわたしのほうがある。老婆の身体を抱き上げた。ひどく重かった。

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