第14話 渋谷

 四月二十九日、僕は初めて渋谷という街に来ていた。とはいっても人生の裏街道を進み続けて来た僕にとって、渋谷は憧れの街ではなかったし、そういった感慨めいた物は何もなかった。ただ、好きな特撮作品を思い出して少しだけ心が躍った事も確かだった。僕にとって渋谷は流行の最先端ではなく、メガギラスによって水没した街であり、ガメラとギャオスの戦闘によって二万人が犠牲になった街なのである。


 ハチ公口から有名な109の横を通って道玄坂を上がっていく。その頂上付近で右手へ曲がり、大通りから裏道に入ると、もうその先にはライブハウスとラブホテルしか見当たらなくなる。目当ての場所も、そんなライブハウスのうちの一軒だった。


 SHIBUYA O-EAST。その後何度も、お世話になる場所だった。その日はここで、腐男塾と中野腐女子シスターズの単独ライブがあった。当時は二ヶ月に一回、この場所で定期公演が行われていた。


 会場の前に着くと、そこそこの人だかりができており、それぞれ会話を楽しむなり、購入したグッズを確認するなりしている。会場のキャパシティは千三百人。完売公演では無かったし、二階席は全て関係者席にしていたからそこまでの数は居ないにしても、それだけの数の“同じ感性”の人たちが集まるのかと思うと、感動と爽快感で身が震えた。楽しそうに話しているあの四人グループも、グッズの写真を開けているあの女性も、横で携帯電話を見ているあの男性も、先月まで僕の周りには一人も居なかった同士なのである。




 開場時間になると、入場口のスタッフが早い方から番号を呼び始める。自分の番号が呼ばれたので、スタッフにチケットを確認してもらい、階段を上って奥へと進んだ。そこでまた別のスタッフにチケットを渡してもぎって貰い、同時に五百円を払ってドリンクチケットと交換する。今に至るまで何度も何度も繰り返しているこの入場手順も、思えばこの時が初めてだった。


 扉を抜け、いよいよフロアへと足を踏み入れる。今までライブ映像等で何度も見たことのあるあの場所そのものだったが、僕の最初の感想は「思ってたより狭いな」だった。


 ライブ映像では、ステージと客席の最前部しか映らないから、フロアの奥行はわからない。加えてこのO-EASTはステージが非常に広く天井も高い構造をしており、それに合わせてフロアも横長になっている為、ステージとフロアの後方が近く見える。だから何も知らない僕は勝手に狭いと思ってしまったのだが、千三百のキャパシティは決して小さくない。むしろバンド等であれば、O-EASTでの単独公演は一つの到達点として認識されてもおかしくない格式のある箱だし、千三百人を集めるというのは簡単な事ではない。


 よくある話である。ドームやアリーナ等でライブをやる人気アーティストのファンや、そもそもライブという物をよく知らない人々は、ドームやアリーナの会場のサイズ感を基準にしてしまう。彼らにとって一万キャパは物足りない会場であり、千キャパは未知の小さい会場なのだ。今ではそんな彼らを「おめでたい奴」と言って僕は笑うが、思い返せば僕自身も、最初はこうだったのだ。

 何気なく見ていたドームクラスのアーティストと、応援しているコンテンツとの間に存在する果てしない距離を、その時に痛烈に感じた事を覚えている。




 開園時間になり、いよいよライブが始まった。客煽りのSEもその後流れる楽曲も聞こえてくる歌声も、全て聴き慣れた物だ。だが、それらは今まで経験した事の無いような爆音で、僕は思わず圧倒された。


 小さい頃から生の音楽を聴く機会はそれなりにあった。父の参加していたジャズバンドのコンサートや、その繋がりで手に入ったチケットで見に行ったクラシックの演奏会。だが、そういったコンサートホールと、ライブハウスの音響は根本的に違う。両サイドの巨大なスピーカーから放たれる、これでもかという程の大音量は、僕の耳と身体を何度も貫いていくかのように鋭利で激しかった。音が自分を殺しに来ていると思った。


 後から考えればそのライブは、ライブハウス基準であればそれ程の大音量では無かった。ロックバンド等のライブになればもっと音は大きいし、特に爆音にこだわっているようなバンドであれば更に音は大きくなる。だがその程度の音量でも、ライブを知らない僕には相当な爆音に感じられたのだ。


 音楽を聴くためだけの空間、それがライブハウスだった。目を閉じると、音楽以外の情報が何も入ってこなくなる。そうして音楽に集中すると、自分が音の中に浮かんでいるような感覚に襲われた。音による床の微かな振動が、余計にそう錯覚させるのだろうか。アイドルのライブなのだからステージ上をちゃんと見た方が良かったし、むしろ情報量の比率ではそっちに分があるのだが、それよりも僕は音を聞いていたかった。


 その後今に至るまで何度か、ライブ中に音に溺れるような感覚に陥る事がある。もしかしたらあれが、“溺れる感覚”を初めて知った瞬間だったのかもしれない。




 そのライブは、初めて見るに相応しい物だった。好きな曲も沢山聴けたし、新メンバーと新曲のお披露目というイベントもあった。好きなグループをリアルタイムで、生で、こんなに近くで観れているのだという充実感に終始包まれながら、滞りなくライブは終演を迎えた。


 フロアが明転し、出入り口の扉が開く。この後は準備が整い次第、出口でメンバー全員のお見送りを兼ねた握手会が予定されている。参加を希望されないお客様は今のお時間のうちにご退場ください、だとか、ドリンクの交換はお早目にお願いします、だとかいうスタッフのアナウンスが流れる中、フロア内のファン達は再び仲の良い知人達とグループを作り、ライブの感想等を話し合っていた。


 見ると、そのうち何人かのファンは、首から紐付きのカードケースをぶら下げていた。そのグループのファンには当時、ライブ会場では自分の名前入りの名札を付けるという文化があった。インターネットテレビ発のグループだった為、ファン同士がネット上でお互いにハンドルネームだけは知っているといった事がよくあり、じゃあ交流しやすいように名札を付けておきましょうと、そういった話だった。

 今ではSNSの発達によって、ハンドルネームしか知らない人と会うなんていうのは至極よくある話になったし、アイドル現場で名札を付けていると「アイドルからの認知獲得に必死な奴」と蔑んだ目で見られてしまうので、時代は変わるもんだなと思う。


「あれ、もしかして○○さんですか?」


 急にそう話しかけられ、顔を上げた。目の前に立っている男が、僕の首にぶら下がっている名札を指さしている。当然のように、僕も名札を付けていた。「やあ、どうも」と挨拶を返と、男も自分の名札を指さしながら名を名乗った。ネット上で何度も見た事のある名前だった。


「嬉しいなあ、こうやってネットがきっかけでどんどん知り合いが出来ていくなんて」


 笑顔でそう言いながら男が去っていく。その男にTwitterでフォローを外されたのは、それから三年ほど経ってからの事だった。




 何はともあれその日は、自分にとって色々な物が大きく変わった一日だったと言える。それ以来僕は、腐男塾、中野腐女子シスターズのイベントに足繁く通うようになり、それが生活の中心になっていった。また、ライブとライブハウスが好きになり、後に様々なライブへ足を運ぶ事になる。ファンとしての交流から始まった今に続く友人関係も、この日を境に形成され始めていく。


 それは、とても楽しく有意義で素晴らしい日々の始まりであり、それと同時に終わりへ向けたカウントダウンの始まりでもあった。


 往々にして、重要な事の重要性は後になって気付くものだ。あの頃の自分は目の前の毎日を楽しいとは思っていたが、それがいかに尊く、恵まれた物なのかを理解していなかった。目の前の楽しさ、興奮、喜びが、いつか終わりを迎える有限の物なのかを理解していなかった。人生の底辺とも言える高校時代から抜け出せた後の幸せの日々を、ただただ僕は浪費し続けた。


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