消えゆくセルフネグレクトの部屋
ちびまるフォイ
だから私は生きるのをやめたくなった
「あんまり……変わらないなぁ」
セルフネグレクトの部屋は私の部屋とほぼ同じだった。
ベッドの周りにはぬいぐるみが置かれ、冷蔵庫があり、水道がある。
風呂もトイレもちゃんと付いているし出入りも自由でWIFI完備。
もっと隔離病棟のような、無機質な部屋を想像していた。
「まあいいか……あの部屋にいても思い出すだけだし……」
セルフネグレクト生活がはじまった。
私はここで緩やかな死を待つ。
おそらく私の部屋をコピーしているせいか
部屋での生活はとくに不便を感じなかった。
毎日決まった時間に食事が届けられてそれを食べる。
後は部屋でごろごろしながら1日を過ごすだけ。
治験のバイトよりも楽かもしれない。
「うーーん……あんまり美味しくないな……」
贅沢をいえば毎日支給される食事は薄味で美味しいものではなかった。
部屋の外に出ることはできないので、静かに時間が過ぎるのを待つ。
ネグレクト生活が始まって数日後、私はやっと変化に気づいた。
「あれ……量が減ってる……?」
今まで気づかなかったが確実に毎食毎食、ごくわずかに配給される食事の量が減っていた。
普通に完食していたので量が減っていたのにも気づかなかった。
意識しだすと確かに次の食事も昨日よりほんのわずかだが減っていた。
だからといって、たいして美味しくもない食事の量をとやかくいうほど
エネルギーを持て余していなかったので放っておいた。正直どうでもよかった。
「……変だなぁ……繋がりにくい……」
部屋の通信機器は日を追うごとに劣化して繋がりにくくなった。
「……まあ、いいか。どうせ連絡する相手もいないし……」
セルフネグレクトの部屋に入りたてのころはアイツから連絡が来ていないかと
毎日欠かさずチェックしては通知のない画面にうなだれていたものだった。
でも繋がりにくくなるうちにわざわざ見るのも面倒くさくなってしまった。
「どうせ……私なんて……」
ベッドを取り囲んでいたぬいぐるみたちは気づかぬうちに数を減らしていた。
昔から大事にしていたはずだったのに消えていたのも気づかなかった。
けれど、今となってはどうしてあんなに執着していたのかも気づかなかった。
「……そういえば……今日はご飯食べたっけ……?」
終日ベッドの上で寝転がるだけの日々。
起きていても疲れるだけなので眠るばかりになっていた。
決まった時間に出てくる食事も食べたかどうかもう思い出せない。
「まあ……いいか……」
最近はそればかりが口癖になっていた。
大事にしていたぬいぐるみも。
すがるように待っていた連絡も。
生きるのに不可欠な食事も。
今はもうなにもかもどうでもいい。
考えることすら面倒で疲れてしまう。
水くらいは飲んでおこうかと体をゆっくりと起こして水道をひねった。
水道からはごくわずかな水がチョロチョロと出ていた。
コップに水をためて喉に流すと鉄さびくさい味にむせ返った。
「うわっ……なにこれ……」
部屋に来たときとはまるで違う味。
水道も劣化して飲めたものではなかった。
もう水を飲むことすらやりたくない。
「もういいや……なにもかもどうでもいい……」
布団に戻るともう起き上がれる気がしなかった。
起きた所で何もしたくないけれど。
日を追うごとに自分の体が衰弱して死に向かうことがわかってきた。
「あ……ああ……」
自分の静かなうめき声は無音の部屋に反響した。
死の足音が耳元までやってきたとき。
『おい! ここにいるんだろ!! 開けろ!!』
外から聞こえる声に意識を取り戻した。
まもなく部屋の扉が破られて別れたはずの恋人がやってきた。
「お前……こんなところでなにやってるんだ!?」
「まーくん……!」
「家に行ってもいないし職場に連絡してもいない。
まさかと思って必死に調べたらここだってわかったんだ」
「嬉しい……私ずっと待ってたの……。
あなたから連絡が来なくなってから、すべてどうでもよくなって……」
「そんなことで命を投げ出すんじゃない。君は未来の可能性すらも捨てようとしていたんだぞ」
「そうよね……私バカだった……。でも嬉しい。
こうしてまーくんとまた会えたんだから……」
「君が死んでいなくて本当に良かった」
「まーくん、私から連絡来ないことを心配して家に来てくれたのね。
離れていても私のことをずっと考えてくれたのが本当に嬉しい……!
これからはずっと一緒よ。こんなにも私のことを忘れなかったんだもの!」
男はにこりと笑うと1枚の紙を取り出した。
「俺の結婚式の招待状にまだ君だけ返事してなかっただろう?」
消えゆくセルフネグレクトの部屋 ちびまるフォイ @firestorage
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