カフェイン中毒の自世界転生

@mocharn3rd

ゴミを拾う日々

 転生なんて信じていなかったから、こうして転生できたのは嬉しい。

 嬉しいと思わないと嘘だ。

 カフェインがぶ飲みで自害を選んだ僕は、人を喜ばせないとちゃんと死ねないのだという。



 転生についてくわしく聞かせてくれたヤツがいた。

 僕はせっかく死ねたのに余計な事をするな、と殴りかかろうとすると体が動かない。

 この神よ、呪うぞと怨念を放つと、そいつは「転生にいちいち神様がかかわるわけないでしょ、そんなことがあったらよほど念入りな神様か暇な神様のどっちかだよ」といって頭にチョップを喰らった。



 そうして転生した。

 しかし、別にファンタジーあふれるものではない。

 ちょっと違う体で、令和のこの時代の転生だ。

 いや嘘、ファンタジーは少しある。カフェイン自害によって手に入れた「寝なくてもいい体」だ。

 転生のときに出会ったヤツは「転生管理官」と名乗っていて、僕にその内容を明かした。

「別に賽の河原で石を積ませてもいいんですけど、アンタはもう暴れないと気が済まないヤツでしょ」と言った。

 違いなかった。



 ある程度善行をすれば、もっとちゃんと転生させてくれるとのことだった。

 転生管理官にもっとあれこれ言うことを聞かせようとしなかったのかというのは残念だが、たくさん殴ってもロクに血のひとつも流れないしこちらの手が傷んだありさまだった。

 ヤツはいった。

「そんなんで気が済むアンタじゃないでしょ」

 それでもう負けた。



 自分の葬式でも見に行こうとしたのだが、もうそれは済んでいたようだった。

 微妙に転生する時間をずらしていて、この体や顔もずらされている。

 なんだその面倒な話はと思って管理官に質問すると「そうやって前世に頼るのは罰にならないでしょ」と回答された。

 僕は、ため息をついた。



 では僕はいったいどんな善行をすればいいのか。

 行き先のない目的もない在り方では、また暴れてすぐに死ぬ方がいいだろうと思う。

 いまなら、政治犯にもなれそうだ。

 そう思ったとたん、首を絞められた感じと腹を殴られたような感じが発生した。

 これは罰だそうだ。

 頭の中に管理官の声が流れる。テレパシー的なもので交流できるようだ。

 管理官は「悪意に対して自動的に発生する」と解説した。

 どういう基準なのか、悪意なんてほっといても発生するのに、あとあと他人の悪意からも発生するだろと思うと、その辺はある程度向こうの基準があるそうだった。確かにいま管理官に対して悪意は発生しているものの、だからといって罰を与えられてはいない。なんだかファジーな基準があるようだ。ゆるゆるなのはそれで怖いけれど。



 改めて自分の立場を把握する。

 寝なくてもいい体をもって、善行を重ねればこの世からおさらばできる立場になった僕だ。

 なんか、既に、めんどくさい。

 力はあふれてくる。生前というか前世では思わないくらいだ。こんな力で前世を過ごせられればどれだけよかったろうと思うが、もうその立場にいない。家に帰っても、誰も僕が僕だとわかってくれないのだ。



 コーヒーが欲しい。コンビニに寄る。

 ついでに……新聞はさすがに開けないので週刊誌を読む。きょうも日本は面倒だ。すぐさまもとに戻してコーヒーを買う。財布の中身は寂しい。

 コンビニから出てコーヒーを飲む。昔の友人からは「あんた早く飲みすぎだろ」と言われたが、ちびちび飲んでも味がよくわからない舌なのだ。ばかというならいえ。

 缶を備え付けのゴミ箱に捨ててから、思う。

「ゴミ拾いでもするか」



 特に善行についての指定はなかった。

 これでいいだろう。

 どうせ人間なんてほっといてもゴミを出すのだ。いや人間だけじゃないけどさ。なんかあちこち食い荒らす動物とかいるじゃん。ああいうのは罰はないのかと管理官に脳内で問うと「ああいうのに罰を出してどうにかなると思うのか」と逆に返された。なんか思ったよりもしみったれている。



 自分よりも超常の者たちも、彼らならではの論理というか、ならわしが働いているのだなと思った。少し同情というか、憐れみを持った。

 ……この憐れみは失礼ではないようだ。別に報復的なあの殴られる感覚はない。

 ホームセンターでゴミ袋と、ほうきとチリトリ、焼き肉のときに使うトングっぽいアレのデカいバージョンを買う。

 


 ゴミを拾う。

 可燃。不燃。缶。ビン。ペットボトル。そだ……粗大は僕一人ではどうにもならない。小物を狙う。

 拾う。拾う。拾う。

 財布を開くと、ゴミを拾ったりカフェインをキめるだけのお金だけ入っていた。

 新陳代謝はない。寝なくていいのと同時のチート能力なのだろうか。派手じゃない。文句をいっても仕方ないのだろうが。

 拾う。拾う。拾う。カフェインをキめる。

 同じ場所で拾っていると、毎日ゴミが出ているのを見て、人間がイヤになる。どんどん別の場所へ行く。

 季節が過ぎる。



 どっかの本によると、日本人は逃げるときは北、というそうだ。なんだかシャクなので、僕は南に逃げながらゴミを拾っていた。



 なんだろう。もう転生したのだから、もうしがらみはなくなったのだから、管理官にどうとでも言って仕事にでも就けばいいのに。 戸籍だってどうとでもできるだろう。

 しかし、僕はそういうのがなんだか嫌なのだった。



 本州の南をどんどん沿って行く。

 海はレジャー的要素があるためゴミが多かった。なんかいやらしいゴミもあったのがなんかモヤモヤしたが、そのうちに慣れた。

 土地によってそのオリジナリティあるコーヒー缶がある。



 山口県のあたりで切り返して北へ行くことにした。

 なんか……船は、嫌だった。

 というか海、砂浜だって嫌だった。善行だから仕方なく沿っていただけだった。

 別にそうしたことで、あの罰の首絞めとか殴られる感覚はなかった。

 管理官に問いかけると「特に問題はない」とのことだった。

 いくつかの県をこえているところで、もう管理官からの声はほとんどなかったために、ひさびさに声を聞いたのだった。



 ゴミを拾っていれば、とくに衣食住……いや衣はけっこうボロになるから買い替えることがよくある……それでよしとされる。これはこれでチートな転生なのではないかと思った。

 派手さはないが、たとえば何かが食べたいと思ったら、贅沢をしない限りは適当にごはんを食べられるくらいのお金が財布に入っていた。

 新陳代謝がないとはいえお風呂やシャワーを使いたいから、ところどころで銭湯なりシャワーが使える漫画喫茶も使うことができた。

 自分は恵まれているのかな、と思うことが、ちらほらとあった。

 漫画喫茶でたくさんコーヒーを飲む。



 日本海側から北へ上る。鳥取あたりに到達した。

鳥取と島根はどっちが左右かという話を聞いたことがあるが、島鳥と覚えればいい。

 昔、そういうと同級生は「余計わかんねーよ」と返してきた。「じゃあ根取は」といっていると、担任が「島鳥のほうがいい。なんならアルファベットでST、SHIMANE,TOTTORIの並びだからそういう覚え方のほうがいい」と早口で言ってきた。



 砂の上をさくさくと歩く。

 ごみというものは尽きない。

 たとえば、お釈迦様の弟子の中には、お釈迦様から「人の体を拭きなさい」といわれて、ただただ拭いていた人がいたらしい。

 そして悟りを開いたのだそうな。

 ごみをひろっていく私も、そのうちに悟りが開けたらいいのにと思った。



 暑さ寒さで死ぬおそれがないのはありがたい。

 暑さ寒さの不快感はあるけれど。

 ホームセンターで買ったコートは役に立つ。



 季節が過ぎるのを感じる。

 方向感覚を得た私は、ただ海岸線にそるだけじゃなくて、いろんなところを回った。

 面白がって声をかけて来る人や、どうやら私自身に興味があって声をかけてくる人がいた。

 とはいえ、これは、私の仕事だから。

 断って、また歩き出す。



 街頭で号外が配られていた。

 年号がさらに変わったのを知った。

 考えたくなかったけれども、私は不老だった。

 日々は過ぎて、コーヒー会社の製品もあれこれ味を変えていた。



 海辺で、空を眺める。

 ちょっとミルクの入ったコーヒーを飲んでいる。

 管理官の声が聞こえる。

「ひさしぶり」といわれ「ひさしぶり」と返す。

「十分に徳を積んだから、次の転生ができるよ」と言われた。

 いま喉に湿り気ができたのに、カラカラになった気分だった。

「あ、う」と、自分でもなんだかよくわからないことを言った。

「やめてほしい」と私は言った。

「転生なんていい。もう、今のままにしてほしい」と重ねた。

 管理官は「もっといい生がある。ファンタジーな世界や、とても裕福な家庭、愛あふれれた家に生まれることもできる」と言ってきた。

 拒む。

「これがいい」

 ただ毎日をすごすだけの保証があることが、私には嬉しかった。

 管理官は「十分に善行は積んだのに」といった。

「善行をするに足るだけの保証をくれたから、いい」と私は返した。



 東北の最先端で、北海道に向かいたいと思ったところ、パンツのポケットに「船賃」と書かれた封筒があった。



 私はそうして亡霊のように、あちこちでゴミを拾っている。

 ひたすら目が覚めたまま、さらに目が覚めて覚者にでもなればいいのにとか冗談を覚えながら。

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