枯草の契

めんだこ。

枯草の契

真っ赤に染まった柳刃包丁。何度も何度も突き立てる。


「ごめんね。義母さん。」


 突き立てるたびに、新しい赤に塗り替えられる。


「本当に、ごめんね。ヒグッ…ウッ…。」


⠀鋸を当て、引いては押して。引いては押して。

 筋繊維が千切れ、肉が削ぎ落とされる感触が、手を這い、自身の腕を喰い破る。


「んー!んー!ん!フー!フー!」

「義父…さん。…なの?」


 血だまりを一歩一歩進む度に、温かい感触が足を包み込む。

 ああ。僕は今もなお愛されている。


「ンー!!!!!」


 さっきよりも固い。包丁を牛刀に持ち替えて再度刺しなおす。

 おかしいな。うまく刺さらない。じゃあ、叩いてみよう。


「ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。」


 お義父さん、肩たたき好きだったもんね。

 ほら、赤い疲れが一気に噴き出してきたよ。


「ああ。あああ。ああああああああああああああああああああああああああああああ。」


 おかしいな。良いことをしているはずなのに、涙から透明なものが出てきちゃうな。

 はやく、赤いので塗り替えなくちゃ。


「温かいね。温かいね。とっても。温かい。えへへ。包まれてる。愛されてる。ふふっ。愛されてるんだ。」


 お義母さんお義父さん、その胸にあるもの、貰うね。

 まだ、ぴくぴくしてる。とってもおいしそう。 


「ああ、怪我しちゃったね。早く治してあげなきゃ。」


 目も、口も。歯も。舌も。みーんな、赤色。

 そうだ、親孝行をしてあげばきゃ。


「これで、元通り。ふふっ。かわいい。お義父さん、お義母さん。一つになったね。」


 お裁縫、得意なんだ。

 どっちも、嬉しそう。


「じゃあ、僕は出かけに行ってくる。友達のところに行ってくるんだ。」


 今日は、なんだかいいことが起きそうだな。

 全身真っ赤っか。これじゃァまるでサンタさんだ。 


「楽しみだなぁ。」


 つなぎ合わされた肉塊を背に、涙を溢れ出す。頬を伝い、血に落ちる。透明と赤が混じり合い、混沌の渦を巻く。まるで死と生を描写するグスタフ・クリムトの絵画のように。




【1.バケモノの集う宿】


   ‐1-


「コーネスさん。精神鑑定の結果が出ました。」

「おお、本当か?どうだった。」

「それが、異常は無く、精神状態も至って正常で安定しているとのことです。」

「おいおい、冗談はよせ。あんなことは常人じゃ到底できないだろ。」

「はい、私も最初は目を疑いました。こちらをご覧ください。」

「どれどれ…。」

 コーネス・ブレータは鑑定結果の資料を眺めた。知能指数、注意力、観察力、言語力、性格、人格、性格特性、血液、脳波測定、CTスキャン、MRI検査。なるほど、数値的には全て年齢に相応している数値だった。

「こいつの身元は?」

「えー、今現在分かっていることに関しては、この少年"リィン"の育て親は殺害された二人で間違いないかと思います。しかし、出所は不明です。捨て子として5歳までは孤児院にいたようで、"リィン"という名前はその時に付けられた名前かと。」

「ふむ、実名と出所が不明か。そこ辺りがきなくせぇな。大体の犯罪者は過去の体験や育ち方によって価値観や精神状態が確立されて行ってしまうのが定石だ。そこの孤児院辺りの彼の行動をもう少し洗ってみてくれないか?」

「はい。承知いたしました。」

「まあ、とりあえずの収監場所はあそこ・・・で間違いないだろうから、俺は先に行って準備をしておく。あっちにも連絡しておくと助かるんだが。」

「あー、そちらの方には既に連絡が入っているらしいです。さっき連絡が入りました。」

「お、じゃあもう連れてっちゃうか。じゃ、行ってくる。」

「いくらコーネスさんだからって、最新の注意をお願いしますね。なんたって、相手はあのリィンなんだから。」

「うぃー。」


「さて…。と。入るぞ。」

 コーネスは少年院の特別隔離室の前に立った。この先に、奴がいる。

 リィン。彼は両親を滅多刺しにした後、死体を細かく切断した。その後両者の心臓を食し、バラバラになった死体を再度糸で1つに縫い合わせている。それだけ聞いただけでもおぞましい猟奇的事件だが、さらにその後近くの住宅に侵入し次々に寝ている無抵抗な人間たちを刺し殺していった。犯行に知事が夜中の3時であったことで発見が遅れ、被害の件数は54件。全員傷が心臓に達しており死亡した。10才でありながらこの悲惨な事件を起こした少年は、史上初とも言える。

「あ、コーネスさん。こんにちは。」

 リィンは、笑顔を見せこちらを凝視していた。 磔台に全身拘束されている状況にも拘わらず、すがすがしいとも言える少年の無邪気な笑顔そのものだった。コーネスには、それが逆に不気味に思えた。

「場所を移動することになった。下手な動きを見せたら、わかるな?」

「やれやれ、コーネスさん。まるで悪役みたいなセリフじゃいですか。この状況では何もできないでしょう。」

 その目も、その口も、口から発するその言葉も。彼の全てが自身のみを突き刺そうとしているような錯覚を見た。この小さな少年があの凶悪な事件を起こしてしまうと考えると、全ての行動に疑念や恐怖を覚えてしまう。

「まぁ、安心してください。コーネスさんには何もしませんよ。」

「戯言に付き合う気はねぇ。さっさと行くぞ。」

 バチン、バチン、バチン、バチン。

 磔台に固定されていたリィンは地面に降ろされた。勿論、歩く行為以外は許されていない。そう言わんばかりに、上半身は拘束具に包まれている。

「どこへ連れて行く気ですか?」

「ああ、"更生の宿"だ。」


 リィンが一歩一歩進む度、少年院に収監されている者共の視線が一気に集中する。それほどにリィンという少年は危ない存在であることが再認識させられるのだ。

 ここに居る少年たちは、皆暴力事件や放火、強盗等の成人では実刑判決が確定する重罪を犯した少年たちだ。しかし、横目にしてみてみると、皆リィンを化け物を見るかのような目で見ていることが判る。それもそうだ。この中にも殺しで捕まっている者はいるが、せいぜい1人か2人位だろう。彼は次元が違う。

 リィンは立ち止まり、檻の方を向いた。

「よそ見をすんな。歩け。」

 リィンの顔を見て、ギョッとした。移転先の場所を伝えたのにもかかわらず、まるでここから出られることを喜び、織の中の少年たちを蔑むかのようにニタァと笑ったのだ。首に着けられた紐を引っ張ると、リィンは口を開く。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。行きます。」

 その発言とは真反対の表情をし、再び歩き出した。この異様な光景を見せられると、精神鑑定がしっかりと実施されていたのかが疑わしくなる。

 護送車のドアを開ける。少し端付近がさび付いていることに気付いた。近いうちにメンテナンスをしておこう。

 リィンは自ら進んで護送車につながれた階段を上った。そう。すべてを悟っているかのように。中には鉄格子の窓があるが、底には有刺鉄線が巻かれ、更にはワイヤーで組まれた網が張り巡らされている。中の者を決して逃がさないようにしているのだろう。

 普通の子供ならばもう少し感情の起伏がり、泣き叫んだりわめいたりしてもいいはずだ。しかし、少年たちに見られているときでさえ、リィンの芯の感情に何も影響はないような感じがした。一体なぜなのか。コーネスには分からないままでいた。

「じゃあ、コーネスさん。また後で。」

「可愛げのねぇバケモンだこと。」

 リィンの頭に麻布をかぶせ、鉄の檻のドアを閉める。

 ギィィィィィィィィィ…。バタン。ガチャガチャガチャガチャ。ガチャン。

 閉ざされた扉には何重にも鎖が巻かれ、錠がかけられる。

「コーネスさん。お待たせしました。」

「おうロクス、そっちもご苦労。さっさと行こうぜ。」

「あ、はい。分かりました。」

「はぁ、行きたくねぇなぁ。」

「そんなやばいとこなんすか?更生の宿って。」

「ま、行きゃわかる。」

 キーの差込口に鍵を差し込み、エンジンを稼働させる。そして護送対象を転倒させないように静かに車を動かし、公道に走っていった。




   ‐2-


「コーネスさん。彼の孤児院の生活について、洗ってきました。」

「サンキュー。で、どうだった?」

「うーん。これと言って目立った行動はしていませんね。比較的おとなしい性格をしていたようで、孤児院の子供たちの中でも一番礼儀が正しかった、という話を聞きました。ただ、引っかかる点というのはあったそうです。」

「引っかかっる点?」

「はい。話によると、毎日夕方付近になると外に出て、ある方角を5分間くらい見つめていたとのことです。気になる点は以上でしょうか。」

「方角か…。ちなみに、その孤児院からどっちを向いていたんだ?」

「北東です。」

「北東?…まさか…。な。」

「ええ。そうでないことを祈っています。」


 辺り一面は、暗い闇。不定期に小刻みに揺れる車体。麻布はあざ笑うかのように頬を掠める。

「おどまいやいや 泣く子の守りにゃ 泣くといわれて憎まれる 泣くといわれて憎まれる。ねんねした子の

かわいさむぞさ 起きて泣く子の面憎さ 起きて泣く子の面憎さ。ねんねいっぺんゆうて 眠らぬ奴は 頭たたいて尻ねずむ 頭たたいて尻ねずむ。おどんがお父つぁんな あん山ゃおらす おらすともえば行こごたる おらすともえば行こごたる。」

「うふふっ。」

「早く故郷に帰りたい気持ち。僕にもわかるなぁ。」

「でも、たぶん覚えてないだろうなぁ。」

「もう、僕には違うにおいがついちゃってる。暖かいにおいがついちゃってる。」

「あれ、気持ちよかったなぁ。愛。そう。愛。愛。愛。愛。愛。愛。愛。愛。愛。愛。愛。愛。」

「もう、壊れちゃったなぁ。」

「あの時は、雨が降ってた。」

「雨が、僕がせっかく付けたにおいを、体に張り付いて、這って全部食っちゃったんだ。」

「いくら新しい温かさを身に振りかけても。雨が全部持って行っちゃう。」

「もう何回繰り返したんだろうなぁ。」

「50回は繰り返したなぁ。」

「やっぱり、代用できないんだよ。」

「本物のぬくもりじゃないと、ダメなんだよ。」

 後ろ向きに進む中、温もりを求めた少年は目を閉ざす。


「大分少なくなってきたな。」

「そうですね。」

 気づいたら、両隣が草木で生い茂るほどに自然が支配していた。すでに観光目的の車も少なくなり、目視で確認できる車も稀になってきた。普段ならどこかの休憩所にて一服をとっておきたいところだが、重要人物を載せている今はそんな悠長なことをやっている暇などない。

「運転、変わりましょうか?」

 すでに運転時間は2時間を超えていた。注意力が散漫になりやすくなる基準を達していたのだ。だが、コーネスは運転を続けている。

「いや、あともう少しでつくからいい。」

 片手にコーヒーを携えながら、コーネスはひたすら運転を続ける。ここ辺りは、人が飛び出す心配がないのであまり注意はいらないが、それでも万一のことが起こらないように注意は怠らないようにする。

「しかし、あいつこの運転中ピクリとも動いてないな。」

「そうですね。体はともかく、指も、足も、体勢も一回も変えていないです。」

 まさに、不気味という言葉が似あうだろう。体勢的にもその場で動かずにいるのはきついと思われる。長時間の磔台に居た時もそうだ、あいつは微動だにもしなかった。静止。この一言に尽きる。

「さて…。そろそろ来るか?」

「え?来るって何がですか?」

「ああ、お前、ここあたり自体初めてだったな。」

 そういった瞬間だった。


 ビタタタタタタタタタタタタッ。


「うわあああああ!!!なんだこれ!!!!」

「見てわかるだろ。手形だ。手形。」

 護送車のフロントガラスには、手形が無数に張り付いていた。コーネスは、手慣れた手つきで洗剤を噴射し、ワイパーをかける。

「えっこれってとれるもんなんすか!?」

「まぁ、血みたいなもんだからな。よくわからんけど。」

「コーネスさんも冷静すぎますって。やばいじゃないですか。ここ!」

「おいおい。警察があいつに撒けてどうする。あいつも微動だにしてねぇぞ。」

「あいつはやばいから動じてないだけでしょ!!僕は一般人です!!」

「はいはい。そろそろつきまっせと。」

 コーネスは、ブレーキが利いていないことをすでに知っているかの如く、サイドブレーキを駆使して減速し見事速度をゼロにした。

「なんでブレーキが利かなくなるんですか…。」

「一種の心霊現象だ。金縛りにあわなかっただけで運がいい。ここ辺りの常識はどっかに旅に出てると思え。」

「命がいくつあっても足りやしない…。」

 コーネスは手際よく鎖を外し、錠を開けた。ギギギと音を立てて護送車の扉が開く。するとそこには、


 椅子だけが残り、リィンが居なくなっていた。


 護送車の有刺鉄線がほどかれ、鉄格子は拉ひしゃげ、窓が開いているのだ。

「おい。これはかなりヤバいぞ!!」

 汗が一気に噴き出て体を逆流する。凶悪的殺人犯が逃げ出したという事実が一気に雪崩れ込んできた。

「まずいですね。支給、捜索隊を手配しましょう!!」

「ああ。どうやって逃げ出しやがった!!ちゃんと施錠したはずだ!!逃げ場もねぇはずだ!!」

 ロクスがスマホを手に取った瞬間だった。

「やっぱり、この護送車、メンテナンスが必要ですよ。案外もろかったし。」

 ロクスのスマホをさらりと奪い、少年院で見せたあの不気味な笑みを浮かべたリィンが立っていた。なぜか拘束具が外れている。

 コーネスは咄嗟に拳銃を構える。間違いない。こいつは化け物だ。所々錆びていたとはいえ、たかが10歳ができるような所業ではない。

「動くな。下手な動きを見せたら承知しねぇぞ。と、間接的に言ったはずだ。」

「いや、今の脱走劇はかなり上手い動きだったと僕は思いますけどね。」

 そのまま、ケタケタと笑いながらスマホをロクスに放り投げ、両手を挙げた。

「まぁ、これでわかったでしょう?僕が逃走する気がないって。だから銃を下ろしてくださいよ。」

 言われるがままに、コーネスは銃を下ろす。このまま銃を撃ったとしても、逆に返り討ちに遭ってしまうと思わざるを得なかったからだ。

「さ、案内してください。更生の宿に。」

「生意気なことをほざくな。小僧。拘束具を元に戻す。」

 そして、再度リィンはコーネスに拘束され、つれられた。

 もう既に、コーネスとロクスはリィンの手のひらで転がされていることをこの身に感じ、焦りが表面に浮き出てしまっているのかもしれない。だが、その焦りをリィンは気づきながらも掬いあげることはしなかった。




   ‐3-


 カランカラン。カランカラン。


 カラスの頭が突き刺さった立て看板を揺らし、ベルを鳴らす。それがこの更生の宿のインターホンの代わりだった。

「ここが、本当に更生の宿ってところなんですか?」

「ああ。そうだが、何か疑問でもあるか?」

「そりゃあそうでしょ。妙に血生臭いにおいがするし、さっきより気温が低い気がするし、それに、常にどこからか視線を感じるんですよ。」

「まぁ、言いたいことは分からんでもない。実際、ここはそういう・・・・場所だ。」

「ほらー!!僕こういう場所嫌いなのコーネスさん知ってるでしょー!?」

「ああ。知ってる。だが仕事だと割り切れ。そうすると少し気が楽になると思うぞ。」

「またそんな無茶を言う…。」

 そんなたわいのない会話をしながらも、コーネスは周囲を見渡す。

 ここは相変わらず気味が悪い場所だ。今回連れている小僧リィンもそうだが、あながち同じくらいかもしれん。辺りの草木は枯れ果て、大地は干乾びて割れているか底の無い沼になっている。

 看板のスピーカーから女性の声がした。

『暗号は?』

「黄金のリンゴ。」

 ブツンと切れると、屋敷のドアのカギが開き、中から女性が顔を出した。

「あら、コーネス。どうも。」

「お世話になっております。」

 雪原のように透き通った白い肌、長るる清流のように煌びやかでしなやかな内外黒髪。全てを見通すような青い瞳。まるで精巧に作られた人形のような女性が現れた。

「それと…。どちら様?」

「コ、コーネスの付き添いで、あ、相棒のロクスです!」

「ロクスさんね。どうぞ宜しく。」

「連れてくるのに二人係なんて、珍しいわね。」

「まぁ、報道規制がかかったレベルの犯罪者ですから。念には念を。という感じですね。」

「ふぅん。じゃ、顔を見せてもらえる?」

「拘束具はどうします?」

「ああ、うん。とっちゃっていいわ。」

 コーネスは、リィンのかぶっていた麻布と拘束具を外す。すると、あの怪物の顔が露呈された。

「あら、とっても顔立ちが綺麗な子。お名前は?」

 誰もが最初はそう言ってしまうだろう。だがしかし、


 ドォン!


 彼は怪物なのだ。

 銃声が大地を木霊する。彼女の脳天を貫いたのだ。

「えっ…。」

 女性は盛大に血を吹き出し仰向けに倒れた。もう、意識は残ってないだろう。

「リィンっていうんだ。宜しくね。」

「う、うわああああ!!人殺し!!!」


 ドォン!ドォン!ドォン!ドォン!カチッ。カチッ。カチッ。


 リィンは、そのまま女性に向かって弾を撃ち続けた。弾が切れても、かまわず引き金を引き続けた。

「銃は何処から盗んだ。」

「やだなぁ。ロクスさんがくれたんじゃないですか。」

 スマホを奪ったあの時か。完全にやられた。しかし、予備の銃でロクスも銃を構えている。

「この子は危険です。僕は、正当防衛で射殺してもいいかと思っています。」

 コーネスも同意見だ。だが、このまま撃つわけにもいかない。そう。なぜなら。


「あらー、なかなかやんちゃな子を連れてきたじゃない。」

 まだ、リンネは殺人を犯していないからだ。


「…。え?」

 ロクスは腰を抜かす。まあ、それもそうだろう。初めて見たときはコーネスでさえ腰を抜かしそうになった。

 リィンは、ただただ死体がひとりでに起き上がってくるのを見つめていた。

「覚えたわ。リィンちゃん。」

 リィンの背後には、脳天の5発の銃痕から血を吹き出している女性が笑顔でリィンに挨拶していた。


「私の名前はイヴ。ようこそ更生の宿へ。」

 そう。イヴも、不老不死の化け物なのだ。


 そして、リィンも不敵に笑う。

「ようやく会えた。」




【2.殺人ハウス】


   ‐1-


「あははあははははは!生きながら燃えてる!!!!すっごーい!!!!あははっはははははは!!!!」

「なんでさぁ…。喋らないの?ねぇ…えええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」

「カワイソウダネェ…。カワイソウダネェ…。カワイソウダネェ…。カワイソウダネェ…。カワイソウダネェ」

「…。」

 この更生の宿の中は、別世界の様だった。一人は生きたままの蛇を燃やし、一人は犬の首を絞めながら泣いている。他に見かけた人物に関しても、何をしているかが全く分からない。

「イヴさん。まともな人間はここにはいないんですか?」

 リィンは屋敷の3階に連れてこられていた。

「出会い頭に脳天を撃つリィンちゃんがそれを言うかしら。」

 リィンはイヴの額を見る。しかし、もうすべての銃痕がきれいさっぱりなくなっていた。

「それに、今のあなたに更生した人間に会わすとでも思っているのでしょうか?」

 5発の銃痕を口から吐き出しながらイヴはリィンに言い放った。

「まぁ、仮に僕が管理人だとしたら絶対に会わせませんね。」

「あら、物分かりがいいじゃない。」

「それで、大体この屋敷の趣旨は把握しましたが、概要を今一度説明をお願いしたいです。」

「あなた、本当に10歳?」

「ええ。そうですよ。」

「まぁ、残念だけど説明している暇なんてないの。ごめんね。」

「なるほど。分かりました。」

 先ほどまで発狂していた少女が急に黙った。そして、端っこに体操座りでぶつぶつ言っている少年の背後に進む。

「ほら、言ってるそばから。」

 すると、少女は服の中に隠していたアイスピックを振り上げ、一気に突き刺そうとしたところをイヴが自身の手で止める。イヴの手首から盛大に血が噴き出るが、そんなことはお構いなしに突き刺しまくる。

「レナちゃん。ここでは人殺しは許されないって言ったでしょ…?」

 その一言で我に返ったのか、レナと呼ばれた少女は振りかざすことを止めた。

「あ、ああああああ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。気づいたら、止まらなくって、ごめんなさい。ごめんなさい。殺さないで。殺さないで。殺さないで。殺さないで。」

「いいの。レナちゃんはその衝動を必死に直そうとしているから、大丈夫よ。徐々に良くなってきているんだから、このまま頑張っていこうね。」

「うあ。。。。」

 リィンはその光景を見て、一瞬で理解した。ここでは、人殺しは許されない。そして、その掟を破った者は殺されると。それが、無法地帯にも思えたこの屋敷の唯一の法であることを。それに、あのレナの怯え様を見ると、かなり惨たらしい手段で殺されるのだろうと。

 周囲を見回して、その予測が当たっていることを確信している。あのレナと言う不死の生き物を見た瞬間、好きというよりも恐怖を抱いてるような感情の方が多いように見受けた。それもそうだろう。初めて殺しても痛がらずに平然としており、おまけに死なない。そんなデタラメなやつだ。


 そして、1週間過ごしてみて大体3階の住人たちは把握できた。

 1人目がレナ。初日に子犬の首を絞めていた、衝動制御障害で14歳の少女だ。定期的に殺害衝動に駆られ、無差別に生き物を殺してしまうそうだ。現在ではその頻度も少なくなり、1週間に一回程度らしい。

 2人目は蛇を生きたまま焼いていた少年、ナルク。重度の非社会性パーソナリティ障害で、生物を焼くことに快楽を得ているように見える。イヴを一回だけ焼いたことがあるらしいが、返り討ちに遭い丸焼けのまま首を絞められたそうだ。それから、人間を焼くことに関しては恐怖を覚えたらしい。徐々に回復の傾向に向かっている。

 3人目はドルン。彼も衝動制御障害らしいが、基本的に部屋の隅でぶつぶつ言っているだけなのでよくわからない。

 4人目が反社会性パーソナリティ障害のレイチェル。かなり常識人だと思っていたが、リィン以上の人間を殺していた。彼女は性欲のメーターが振り切っており、普通の性行為では快楽を感じられないそうで、殺してから男女関係なく性行為をしていたそうだ。

 リィンは、初日にイヴに喧嘩を吹っ掛けたことによって注目を浴びた。初日だったからこそ平然を装っていたらしく、許可なくまた同じことをやった場合は地獄を見るという。


 更生の宿で行うことと言えば、日常生活とそこまで変わりはなかった。しかし、1点だけ異なることがある、それは。

「さあ、いくらでも私を殺しなさい。」

 週に一度、好き放題にイヴを傷つけていいというものだった。

 その時になると、3階の連中は抑えていた衝動を開放し、まるで生肉を与えられた獣のようにイヴに飛びつく。服を引き裂き、肌を抉り、内臓を引きずり出す。一室が血で満たされんばかりに血しぶきを上げる。

 しかし、レイチェルとリィンは手を出していなかった。

「行かなくていいんですか?せっかく、殺したい放題殺せるのに。」

「ううん。もう、あまり血肉を見ても、死体を見ても興奮しなくなってきたの。」

「そうですか…。」

 辺り一面がイヴの血肉や内臓が散乱し、残る3人の衝動が落ち着いた。途中、リィンやレイチェルにも襲ってきたが、リィンはそれを返り討ちにし、レイチェルは慣れているのか攻撃をいなした。

 すると、イヴだった肉塊が、みるみると元の姿に戻っていく。これほどまでに損壊していてもなお、イヴは表情一つも変えずにいつもの姿に戻っていた。

「この様子だと、レイチェルはもう2階に移動で決まりね。」

「それを言う前に、ちゃんと服を着てほしいです。」

 これで更生の宿のシステムは把握できた。

 際限なくイヴと言うバケモノを殺し、生き返ることで快感すらも滅してしまおうということだ。

 2階での教育は分かってはいないが、とりあえずの流れを把握できたことでも収穫としよう。


「リィン。あなたはなぜイヴに手を出さなかったの?」

「それを言ってしまっては面白くないじゃないですか。」

「ふぅん。でも、ここを出たいのなら、たぶんそれは逆効果だと思うんだけど。人を殺して、さんざん。殺して、欲が消えるまで殺さないと、出れないよ?」

 そう声をかけてきたのはレナだった。

「私も、前よりずっと衝動を抑えられるようになってきたの。」

「僕は、出たくないからあえて殺さないんです。」

「それって…。死にたいってこと?」

「どういうことです?」

「ああ、18になるまでにここを出れないと、殺処分になるんだよ。」

「へぇ。」

「イヴは、何百年も生きているって噂。だから人の本質を見ることが出来ちゃうの。嘘なんてついたらずっと出れない。」

「まぁ、それだったら私の目的もすぐに達成できそうだ。」

「変な人。」

「ま、有益な情報をくれた君には特別に教えてあげよう。」

「え?」

「僕はもうこれ以上人は殺さないよ。」




   ‐2-


「どうしたんですか?」

 リィンは、イヴに呼び出されていた。

「あらあら、そんなに警戒しなくてもいいのよ。」

 イヴの部屋を見渡す。机と椅子。ただ、それだけ。それ以外には何もない、簡素な部屋だった。

「率直に聞くわ。」

「リィンちゃん。あなた、私に会いたくてわざと人を殺したでしょ?」

 イヴの質問にリィンは真顔になって少し沈黙していた。

「今のあなたに狂気を感じない。それに、とても悲しい目をしているわ。」

「…。」

「どうして?どうしてそんなに悲しい目をしているの?」

「6000千年も生きておいて、まだ疑問に思うことがあるんですね。」

 イヴの表情が変わる。

「貴女…。何者?」

「それはまだ教えるわけにはいきません。」

「不思議な子ね。私が6000年も生きているなんて、結構付き合いの長いコーネスでさえ知らないのに。」

「それに、貴女も私がここで殺しをしないということが判ったはずです。少し屋敷内を散歩してもいいですか?」

「それは、ダメ。それだと他の子に示しがつかないから。」

「そうですか。それなら仕方がありません。」

 そう言ってリィンがため息をついた瞬間だった。


「イヴせんせ!!!たいへん!!!!」

 部屋に入ってきたのは、2階の住人だった。

「ドルンが!!ドルンがやばいの!!!」

 ドルン、たしか隅っこでぶつぶつ言っていた少年だ。

「ドルン?何なら僕が止めてあげようか?」

「いくらあなたであってもそれは無理。私を毎回単なる肉塊にするのもあの子。発作が始まったら止める手段なんてない。あの子は片手の握力だけでで頭蓋を砕くわ。」

 なるほど。それじゃ、不意打ちして殺すという手段でしかリィンには止められない。

「すぐ行くわ。待ってて。」

 イヴは、部屋を飛び出した。



   ‐3-


 廊下には滴る鮮血。横たわる遺体。死肉から漂う異臭が辺りを覆いつくしていた

「何てこと…。」

 3階に向かったイヴは、その光景に目を疑った。正直、3階の連中が死のうが死なないがあんまり興味がなかったが、発作を抑えたばかりなので油断していた。

 すでに、そこにドルンの姿はなかった。3階の入り口のカギがあらぬ方向にひん曲がっていることから、恐らく下に向かったのだろう。

 イヴは階段を下りると、ドルンの行方を捜した。辺りから悲鳴が聞こえていることから、恐らく2階で暴れているのだろう。声を頼りに、ドルンを探した。

「きゃああ!!人殺し!!!」

「カワイソウダネェ…。カワイソウダネェ…。カワイソウダネェ…。」

「こいつ、なんて力だ!!イヴさーん!!どこにいるの!!」

 ガラスの破片を握りしめ、手当たり次第に切り刻んでいた。

「この興奮の仕方はまずいわね。早く鎮静させないと。」

 襲おうとしているドルンの目の前に割り込み、迫りくる鋭利なガラスを自身の肩で受け止める。

「やめなさい。ドルン。私以外殺さないって約束したよね?」

「カワイソウダネェ。カワイソウダネェ。」

「だったら延々と私を殺していなさい。みんな、彼が治まるまで避難していなさい。」

 首を絞め、殴る。ガラスで刺し、また殴る。自身の手が拉げても、なお殴る。

 その発作はなおも続く。 

 首を絞め、殴る。ガラスで刺し、また殴る。自身の手が拉げても、なお殴る。

 その発作はなおも続く。 


 リィンは1階に降りてきた。

「わっ!!!バケモノ!!殺される。」

「いや。僕は正常だ。2階でドルンが暴れている。こっちに被害はあった?僕は何もしないから、状況を教えてほしい。」

「本当に、襲わない?」

「大丈夫さ。だから、教えて?」

「わかった!」

 毒が抜けた子供ほど扱いやすい住人はいない。加えて緊急事態だ、早く事態を抑えたいであろう子供たちからなら情報を盗むことも容易く行えれるだろう。リィンは少年少女から状況を聞いた。1階の錠もこじ開けたそうだが、2階の住人に止められてそのまま標的が変更されたようだ。幸い被害が出たわけじゃない。

「ドルンを抑えれるような道具が欲しい。君たちの言う通り、バケモノに張り合えるようなのは化け物しかいない。イヴもそうだし、僕もそうだ。」

「せんせーの部屋ならあるはず。」

「イヴの?2階には何にもなかったはずだけど…。」

「2階?ちがうよ。1階の方にも部屋があるの。あと、3階にも。」

 なるほど。3階はバケモノに盗まれる可能性があるだろうから、勿論1階に武器のようなものはあるだろう。

「教えてくれてありがとう。その部屋は何処にあるのかな。」


「ここが、イヴの部屋…。か。」

 リィンは1階のイヴの部屋を散策する。子供たちの言う通り、3階、2階と比べてかなり物が置かれている。武器もあった。ライフル、ハンマー、刀、ボウガン。これは約束を破った住人に使うものだろう。リィンは拳銃を拝借し、懐の中に隠した。

 机の引き出しを開ける。書類等の文房具があったが、リィンは目もくれずに中を漁った。

 可能性はかなり薄いが、彼女が覚えているのならばここにしまっているはず。

 引き出しの中を掻き分け、奥へと手を伸ばす。すると…。

「…あった。」

 もう、捨てられているものかと思っていた。リィンの目から涙がこぼれる。

 そこにあったのは寄木細工でできた箱。

 それを確認したリィンは、そっと箱を戻して部屋を出た。


「リィン…お前、何故一階にいる。」

 目の前に居たのは、銃を構えたコーネスだった。

「コーネスさん。」

「もう一度言うぞ。お前、何故一階にいる。」

「落ち着いてください。僕ではなく、もっと鎮静すべき人物が上の階にいるんです。」

「何…?」

 コーネスは銃を下ろさずにリィンに問う、迂闊に降ろしてはこちらの命を失うかもしれないからだ。

「ドルンですよ。ドルン。僕がここまで降りてこられるようになったのも彼が原因です。」

「彼が?すまないが、少し詳しく状況を説明してくれないか?」

「発作を起こしてしまったんです。それで3階と2階の南京錠をこじ開けて屋敷内の人間たちを皆殺しにしようとしているんですよ。で、今イヴが彼の相手をして動けない状況になりました。」

「なるほど。だからこの時間帯にイヴが指定の場所に来なかったのか。上の階がやけにうるさいのも納得できる。」

「コーネスさん。お願いできますか?」

「ちっ。できるならば上の階にはいきたくないんだが、非常事態ならばしょうがない。リィン。先導してくれ。」

「ありがとう。任せてください。」

 コーネスは、今のリィンに狂気の匂いが全くなかったことに驚いた。演技かと一瞬考えたが、今まで拘置所内で同じように平然を装っていた時はわずかながらも狂気を感じたが、今の彼にはその気配が微塵もない。逆に、優しさをも感じてしまうほどだ。そう、それはまるで…

「お前、一体何者だ?」


 ああ。この子をもってしても私は死ぬことができないんだ。

 神は過ちを犯した私に重い罪を与えた。

 何度殴られたって、何度切り付けられたって、どんなに血を出したって、結局跡形もなく元通りになってしまう。何年経っても、何百年経っても、何千年経っても。

 人は不死を永遠の課題と言う。私はそれが不思議で仕方がない。大切なものを失った悲しみを忘れることすらもできない。人はこの生き地獄を理想と言う。

 たった一つの果実を食しただけで。ただそれだけなのにあまりにも罪が重すぎる。

 誰か。私を殺して。

 ドルンが20キロはあるであろうガスボンベを軽々と持ち上げる。振り下ろそうと力を込めた瞬間だった。

「ギッ!!」

 一つの銃弾がドルンの手を貫いた。

「発作が治まらないのならば、それは強硬手段を用いてもいいという合図だ。」

 発砲したのは、コーネスだった。

「何で止めたのよ。」

「そりゃぁ止めるだろう。こっちの都合だってある。」

「仕事の為なら躊躇なく撃つのね。」

「いいや、ここに住んでいる住人はみんなバケモノだ。それに、3階の住人だったら、なおさらな。」

「これだから役人は。法律で決められたことならなんだってする。」

 ドン!!ドン!!ドン!!

 更にコーネスはドルンの残りの手足に発砲する。これで、もう身動きは取れないだろう。

「ウガッ…。ウガアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「イヴ以外の命を奪った奴は、発作であっても容赦なく殺す。それが宿の決まりだ。」

 彼も、私を殺せなかった。他を殺してしまった。

「分かった、仕方のないことだけど、ちゃんと殺すわ。」

「ああ、そうだ。イヴ。1階に客人だ。」

「今?なんで?」

「ドルンは俺が処理しておく。行ってこい。」

 イヴは訝しげにコーネスの目を見た。いつになく真剣な表情をしている。

「…。分かったわ。ドルンは、任せる。」

 そして、イヴは階段を下りて行った。


「オオオ!オオオ!オオオ!」

「…。」

 コーネスは、ドルンを見ながら静かに語りかけた。

「この階に上がるのは、何年ぶりだろうな。随分と懐かしい。」

 ドルンはコーネスを血走った目で睨みつける。

「実はよ、俺もここで更生したんだ。何人も何人も殺してな。」

「だから、お前を見ると、かつての頃を思い出す。」

 拳銃の弾は残り1発。楽に逝かせるには心臓か脳に直接銃弾をぶち込まなくてはならない。

「そりゃ、発作でせっかく友達になった奴らもお前みたいなやつに殺されたんだよ。」

「で、そいつも殺された。イヴにな。」

 ドルンの頭に拳銃を突きつけた。

「俺だって、さすがに進んで殺しはやらねぇが、抵抗は未だにないんだ。」

「だから、重犯罪者を管理する職に就いたわけだ。返り討ちで殺しても特に罰がないからな。」

 引き金に手をかける。

「で、そうやって社会に出れないでこの宿で死んでった奴らは、"脱落者"っていうんだよ。」

「オオオ!オオオ!オオオ!」

「じゃあな。脱落者。」

 乾いた発砲音が周りに響き渡った。




【3.枯草の契】


   ‐1-


「何かと思ったら、リィンじゃない。さっさと部屋に戻りなさい。」

 玄関にいたのは、リィンだった。しかし、さっきとは雰囲気が明らかに違う。

「何?あなたも、殺したの?」

「"エデン"で、話があります。」

「日記を見たの?」

「日記?そんなのどこにあったんですか?」

「しらばっくれないで!!日記を読む以外にエデンを知る手段なんてないはずよ!!」

「なぜエデンを知っているか。その答えも言ってみればわかります。」

「…。」

 イヴは黙る。違う。リィンはあの人なんかじゃない。あり得ない。だって彼は…。

「コーネス!!」

 声を張り上げ、2階にいるコーネスを呼んだ。

「何だ!?今死体の処理中だ!!」

「少しの間留守になるから、それまでここを任せてもいいかしら!!」

「行ってこい!!」

 コーネスは分かっていたかのように返答をした。

「…行きましょう。」

 二人は外にその足を運ぶ。


 更生の宿から少し歩くと、辺りから生命の息吹きが感じられるようになった。歩くたびに跳ね上がりまとわりついていた赤い泥水も、いつしかすべてを解き放ったかのように乾いた土になる。干乾びて灰になっていた草木も、緑に染められた。

 その緑の楽園に一点、円形状に命がない場所があった。

 イヴが踏み入れると、ザクッと言うと音と同時に崩れ落ちる。

 その地点の中心には、1つの椅子に座る骸骨がいた。

 右目に小さなリンゴ、左目に白い花が置かれている。 

「久しぶりね。アダム。」

 骸骨は何も喋らない。

「新しい花はどうかしら。また、枯れたら持ってくるね。」

「5900年間も、よく飽きないで飾ってますね。」

「ねぇ。リィン。」

「はい。」

「あなたが会いに来た理由ってこれ?」

「…。そうです。」

「何か、アダムに関係しているのかしら。」


「ほんと、お前はバカだなぁ」


「え?」

「神様に食うなって言われたリンゴをさ、食べてそれで呪いにかかって。死ねなくなって俺が先に死んじまってよ。」

「…。」

「だから呪いを解く方法を探したんだぜ。2950年も。ほんとわっかんなかったなぁ。」

「…。」

「で、呪いを解く方法が分かったんだが、今度はお前がどっかに引きこもっちまってよ。」

「…。」

「いつの日か、国家の機密事項になって、まずそれを暴くのに1950年かかったわ。」

「リィン、あなた、まさか…。」

「んで、そこにどうやって入るか試行錯誤したり、心の覚悟を決めるのに1000年。」


「アダム?」

「わり、何回か転生したんだわ。俺。」


 イヴは、泣いていた。

「ごめん。信じていいんだよね?」

「ま、今まで演技してたから、そりゃ困惑するわな。」

「それと、本当にごめんなさい。不死でいるのが怖かったから、閉じこもっちゃったの。」

「最初、君を撃ったのは、あらためて本当にイヴなのかを確認したんだ。何発も撃って、不死であることを確認したのは謝る。ごめん。」

「ほんとヒドイ。まぁ、痛覚なんてとっくのとうに麻痺しちゃったからいいんだけどさ。」

「それでも君に会うことができた、それでいいじゃないか。」

「あなたはいつも楽観的。私なんていつも落ち込んでばかり。」

「そりゃ100回くらい転生したら楽観的になるさ、わー、また死んだー。みたいにね。」


 二人は、笑った。それは、時を忘れるほどに笑った。

「ねぇ、アダム。」

「ああ。分かってる。」

 アダムはポケットから白いカーネーションの花を2つ取り出した。

「これは、ただの花じゃない。神壇のうえに置かれた神聖な花だ。花言葉は"純粋な愛"。」

「そして、"私の愛は生きています"。」

「俺たちは、呪われた果実を食べてから、何個もの罪を犯してしまった。」

「私たちは、転生の地獄と不死の地獄をこの身に受けた。」

「さぁ、この花で二人の罰は終わる。なにか、言い残すことはあるかい?」

「うん。一つだけ。」


「アダム。愛してる。」

「ああ。イヴ。それは俺もだ。」

 そして、二人はカーネーションの花を飲んだ。



   ‐2-


 コーネスは、更生の宿の子供たちを全員寝かせ、外に出ていた。

 目的地は、リィンからもう教わっている。

「まさか、呪いを受けていたのは2人だったなんてな。」

 草木を掻き分け、コーネスはエデンにたどり着く。


 そこには、リィンとイヴが血を流して倒れていた。

「だからって、結末はそんなに甘くねぇってわけか。」


 コーネスは宿に生けられていた花を二人に手向け、転がっていた拳銃を拾う。

「これは、形見として持っていくぜ。」

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枯草の契 めんだこ。 @Mendako_Medanko

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