後日談

「ほ~これがこんちゃんのニューアバターか……なんというか――」

「クゥ?」

「初めて出会った日のことを思い出す。というかそのまんまだ、これ」


 レイシアに誘われVR版アナザーワールドに俺はログインしていた。

 いつものようにマイホームである表御殿を待ち合わせにしていると、そこに現れたのは黒髪ヒューマンのこんちゃんだった。


「銀色の髪を黒に染めて、種族も獣人から人族に変えてみました。どうですか?」

「いや、どうって言われても……可愛いとは思うけど身バレ不可避って感じ」


 現実世界で身分を隠していたレイシアがそのまま仮想世界に来てしまった――というレベルだ。本当に獣耳と尻尾が無いだけのアバター。身バレを防ぐためにキャラメイクを促したはずなのだが、正直これでは悪化している。しかもメイキングはこれっきりなのでもう直すことは不可能だ。

 俺の意図は理解していたはずなのに、どうしてこの姿を選んだのか。

 その疑問に答えるようにこんちゃんは初期装備の村娘のような恰好でひらりと舞う。


「実はわたし着物を着たいんです」

「着物? あれ? でも前のオフ会のときは着付けコーナーはあまり乗り気じゃなかったよな? ゲームの世界ならいいのか?」

「そうではなく、むしろ現実世界で着ていたいんですが……その……わたしはあまり変化へんげが得意ではなくて、着物を着ていると疲れて勝手にとけちゃうんです……」

「とけ――あぁ~なるほど、そういうことか。耳と尻尾が見えなかったのも妖狐特有の変化で隠してたって言ってたもんな。あれが解けるのか」


 こんちゃんは恥ずかしそうに頷いた。


「着物を着ている時にとけると……なんと言いますか、わたしの尻尾はとてもぼりゅーむがあるので――」

「うん」

「変態さんになってしまいます」

「あー……うん、なんとなく言いたいことはわかった。そこはあられもない姿になる、と言い換えた方がいいかも」


 下半身がはだけて大変なことになる――ってことだろう。

 

「御父様の前で失敗してしまって……とても恥ずかしい思いをしました……」

「それは……災難だったな」

「だから今は変化の練習中で、それまではゲームで着物を着て楽しもうかな、と。シスくんが言っていた『理想の自分』がこのアバターなんです」

「……そっか」


 あの時の言葉を覚えていたのか。

 俺のアドバイスを元に目標を作り上げたのなら身バレどうこうの話は無粋だろう。


「いいアバターだな。着物系統の防具なら俺が沢山持っているからあげるよ。後で好きな物を選んでくれ。

――氷菓」

「はい」


 振り返り、後方に控えていた氷菓に命令を送る。


「次に俺がログインするまでに倉庫から和服防具を引っ張り出して綺麗に並べておいてくれ」

「かしこまりました」

「それと……顔を隠すための仮面装備もよろしく。防御力やレアリティに関係なく全部」

「オシャレ装備も含まれますか?」


 オシャレ装備とは防御力ゼロの見た目を変更するためだけに存在する装備である。プレイヤーのレベルに関係なく装備できるため俺たちのようなプレイヤーには重宝している。


「そっちがメインになりそうだな。ゼルを渡しておくから俺が持ってない仮面があったら市場で買い揃えておいてくれ。予算内に収まる分だけでいいから」


 氷菓はもう一度「かしこまりました」と頭を下げると、そのまま表御殿から出て行ってしまった。

 すると、俺と一緒に氷菓を見送っていたこんちゃんが「ありがとうございます、シスくん」とお御礼を言ってきた。


「どういたしまして。ギルドの仲間なんて初めてだから俺も舞い上がってるかも」

「クー? 氷菓さんは違うのですか?」

「あの子はギルドというよりは旅の道連れ――みたいなもんかな。ずっと俺と冒険をしてくれた頼もしい配下。他の『アシストキャラ』もそんな感じ」

「雪菜さんも?」

「あいつはただのストーカー」

「すとーかー?」

「近いうちに教えてあげる」


 さて、時間もないことだしさっさとマイホームの城の中を案内しますか。明日は学校だし夜更かしもできないからな。

 ――と、俺が意気込んでいる横でなにやらこんちゃんが得意げな顔をしている。


「シスくん。わたしも<アーチ>の使い方やこちらの言葉にも慣れてきたのです。自分で調べられマース!」

「なぜカタコト……」


 しかもわざとらしい。片言キャラでも調べてしまったのだろうか?


「あの夜の告白だって、ちゃんと理解しているんですよ?」

「……ん? 告白? 何の話だ?」


 思い当たらない。俺とギルドを作らないかって話をしたときのことか? でもあれはまだ夜ではなかった気がするし、最初はプロポーズだと勘違いされたが誤解は解けたはず。他に夜に話したことといえば……最初のブラコン・ファザコンカミングアウトぐらいしかないような……。

 首を傾げる俺をよそに、こんちゃんは頬を赤らめもじもじとしている。そして、火照った身体を冷やすように「ほふっ」と息を吐くと、一言――


「『月が綺麗ですね』」


 と、呟いた。

 なんだ、そっちのことか。


「オフ会の夜の話な。あれは……まぁ、うん。こんちゃんに元気になってもらいたかったから本音を――って、んん?」


 若気の至りというか中二病的過去をほじくり返され、気恥ずかしくなってしまったが……なんかニュアンスがおかしい。俺は確かに『月は綺麗だ』的な言葉を送ったが……彼女はなんて言った? 『月が綺麗ですね』? しかもその言葉を調べた……だって? まさか――!


「……夏目漱石?」


 俺が歴史に名高い作家の名前を口にすると、こんちゃんは「クゥゥゥゥゥ!」と顔を両手で覆い隠してしまった。


「シスくんのあの言葉に“あのような隠された”意味があったなんて気づきませんでした。とても奥ゆかしくて情熱的な告白――まさか本当にプロポーズをされるなんて! 思い出しただけで顔が、熱いです……!」

「え、あ、いや……いやいやいやいや! 待って、ちょっと待って! あれはそういう意味じゃなくて――」


 嘘だろ!? いつの間にか一国のお姫様にプロポーズしたことになってるぞ……!


「クゥ? でも、御父様に聞いたら『月が綺麗ですね』は『“あなたが好きです”』という意味だと」

「それはそうなんだけど、あれとはまた別で――って、え? 御父様に聞いたって、もしかして話したの? あの夜の会話を」

「もちろんです! すごく嬉しかったので御父様にも御母様たちにも語ってしまいました!」

「ぐはぁ……!」


 マジかよ……恥ずかしすぎる。

 こんちゃんの家と顔を合わせる機会があったら知ってるってことだろ、あのやり取りを……。マジ恥ずかしい。てか、御父様? なんでそんなこと教えちゃうんですか!? わざとですよね!?

 あ、マジヤバい……動悸が激しすぎて<アーチ>がログアウトを促してきた。落ち着けぇ俺。


「こ、こんちゃん? でも、そんな話したらご両親が不安になっちゃうんじゃないかな?」

「なぜですか?」

「それはほら、どこの馬の骨とも知らない男にお姫様が告白されたなんてさ、不安じゃん?」

「その心配はいりません! 御父様たちは『娘にいい人ができた』と喜んでいました。私も嬉しそうな御父様を見れて大満足です……!」

「……おう」


 強い。このファザコン強すぎる。俺では太刀打ちできない。

 その後、どうにか誤解を解こうとすったもんだする羽目になるのだが、途中でこんちゃんに「冗談です」と種明かしをされてしまった。ただ、どこからどこまでが冗談なのかは教えてくれず、にこやかに笑う彼女を見ていた俺がキツネに化かされた気分になったことは語るまでもない。

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