エピローグ リアルはゲームよりも異なり

「見たか? 一昨日の動画! ブレイブチャンピオンが野良試合が映った貴重なやつ!」

「話題になってたなー。まさか【ゲリライベント】をやるとは思わなかった」

「【鬼我流抜刀術】な。VRではそこそこ見るようになってきたけど、やっぱりARで使えるやつはレベルが違うわ」


 月曜の朝。

 ホームルームが始まるまで何をするでもなく椅子に座りぼーっと窓の外を眺めていると、そんな会話が聞こえてきた。どうやらアナザーワールドにはまっているクラスメイト3人が<寡黙な刃>について語り合っているらしい。


「【鬼狂い】に叫ぶ暇すらも与えない神速の抜刀術。【技】が発動すれば防具貫通防御力無視の必殺の一撃。最初の一太刀で半分ぐらいやられてたのは笑うしかないわ」

「呪い装備の効果や【技】の補正で刀身がバカみたいに伸びてるらしいからな。装備構成の考察がネットに上がってたけど、だいたい100mくらい伸びてるんじゃないかって」

「えげつねー」

「それ以上に生き残ったプレイヤーを一人残らず全員倒してるほうがヤベーよ。俺はてっきりチャンピオンがゼルをばらまいてくれるのかと思ったわ」


 俺は彼らのAW談義に耳を傾け、あの夜のことを思い出していた。

 ――といってもその内容はゲームのことではない。国に帰ってしまった友人のことだ。

 今日の朝に帰ると聞いていたが、今頃は異世界へつながる門の近くにいるのだろうか? 学園を休んで遠目でもいいから見送りぐらいはした方がよかったのだろうか……いや、でもまたゲームをやろうって約束はしたし大げさ――


「ふふ、浮かない顔ね。ハルマ君」

「……ユカナ」


 視界を遮るようにユカナが俺の前に現れた。

 そして「失礼しますね」と一言断ると、俺の顔を両手で包み込みぐにぐにと揉み解してきた。


「……なんのまねだ」

「ハルマ君は変顔をするか笑っているときの顔の方が素敵よ。ほら、ぎゅ~……っふふ、可愛い」

「選択肢がおかしい。あと俺の顔で遊ぶな」

「だったら笑ってハルマ君。彼女を最初に歓迎するのは貴方の笑顔なんですから」

「なんの話だ?」


 俺の質問にユカナは笑うだけだった。

 だが、その答えはすぐに明らかとなった。

 担任の男性教師が登場し、みんなが席に着く。いつもならやる気のない担任の「ホームルームを始めるぞー……」という掛け声から始まるのだが、今日に限っては神妙な面持ちでコホンと咳ばらいをしていた。


「あーみんな席に着いたな……よーし、周藤遥真」

「え、あ、はい」


 なんでフルネーム?


「特待生のお前ならすぐに答えられるだろうが、うちのアリア第一学園が創立された理由を「世界」「種族や身分」「交流」の三つの言葉を使って簡潔に説明しなさい」

「唐突すぎる……それに特待生なら他にも――」

「スタンダップ――!」

「えぇー……」


 いや、立つけどさ。あなた体育教師ですよね?


「……我が学園は『種族や身分』に関係なく、『世界』の垣根を超えた異文化『交流』を深めるために創設されました」

「ブラボー! はい、みんなも拍手!」


 いや、ブラボーってあなた、指定された言葉を繋げただけなんだけど……なんで拍手してんの? みんなも「担任が壊れた」と思っているのか引き気味だよ? 拍手もまばらで逆に俺が恥ずかしいんだけど……。

 もう、座っていいかな……。


「では、みんなに新しい友達――編入生を紹介しよう。入ってきなさい」

「はい……!」


 え、なにその強引な話題の転換。というか、今の返事……聞き覚えが――


「……っ!?」


 教室のドアが開いた瞬間、俺たちのクラスは驚きのあまり静まり返った。

 ――大和撫子。

 彼女を一言で形容するならばそれ以外の言葉は見つからない。

 腰にまで煙る美しい黒髪が歩くたびに静かに揺れている。だが、今回はそれだけではない。制服のスカートの尾骨近くからはふっくらとした漆黒の尻尾。頭の上からはキツネを連想させるような三角形の獣耳が生えていた。

 真っ黒な妖狐の獣人。

 彼女の正体は――


「レイシア・ラスティムです。みなさんとは2歳ほど年上になってしまうのですが異文化交流ということで王族を代表しわたしが高等部に編入することになりました」


 クラスがざわつく。

 同郷のニィナが「姫様にゃ……」と白目を剥きそうなほど驚いている。他のクラスメイト達も同様だ。突然、自分のクラスに異世界の王族が編入してきたのだ。言葉を失い、委縮してしまうのも無理はない。

 担任はこうなることを予期していたのだろう。だから最初に俺に茶番を演じさせたんだ。おそらく、俺たちの“関係”を知っている。そうでなければわざわざ俺と同じクラスになるわけがない。


「彼女の編入は先生も聞かされたばかりでお前たちが驚くのも無理はないと思うが……ま、気楽にな」

「よろしくお願いします」


 静かに頭を下げる彼女にクラスメイト達は沈黙を守っただけだった。

 それと相反するように、俺には言いたいことや聞きたいことが山ほどあった。だが、その前に俺がやるべきことは1つだ。今、この場に必要なのは“友達に身分なんて関係ない”と誰かが態度で示すこと。


「――姫様」

「っ!」


 お姫様が驚いたように目を丸くした。たぶん呼び方が今までで一番他人行儀だったからどう反応していいかわからなかったのだろう。だけどしょうがないだろ? こんちゃん、なんてゲーム内でのあだ名、気恥ずかしくて現実世界で呼べるわけがない。だから――


「これからよろしくな。――レイシア」


 俺は改めて彼女の名を呼んだ。

 それは一昨日聞くことができなかった彼女の本名。これで俺たちはやっと“どの世界でも友達だと”胸を張って言える。


「――はい! よろしくお願いします、ハルマくん……!」


 どうやら俺たちの異世界交流ゲームはまだ始まったばかりのようだ。

 嬉しそうなレイシアを見ているとやっぱりあの言葉を思い出してしまう。妹の言う通りだ。オフ会用語だよ、これは。


 ――リアルはゲームよりも異なり、なんてさ。


 ま、今回は「異なり」というよりは「稲荷?」だったかもしれないけどな。

 そんな馬鹿なことを考えながら、俺はレイシアと笑い合った。

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