3.救出作戦は女装と共に?
「ねぇねぇ心ちゃん。六年生の坂城って人が、『お化け体育倉庫』に食べられちゃったって、本当? もう帰ってこないの?」
放課後。帰りの会が終わった途端、クラスメイトの女子数人が心ちゃんの所へやってきて、そんなことを尋ねてきた。興味半分・恐怖半分といった様子だ。
既に坂城くん失踪の噂は、殆どの児童が知っている。にもかかわらず、帰りの会で担任の先生は「寄り道せず、できるだけ近所のお友達と一緒に帰りましょう」と伝えただけで、坂城くんのことについては全く触れなかった。
そのせいでかえって何が起こっているのか分からず、みんな不安になっているのだ。
「え~と……」
さて、どう返したものか? と、心ちゃんは言葉に詰まってしまった。
ありのままを伝える訳にはいかないし、正直者な心ちゃんには「その場をごまかす適当な嘘」なんてものも上手く思いつかない。
けれども――。
『霊力のある人間の言葉は、時に事実に影響を与えるわ。「言霊」と言ってね、言葉にはそれを現実にしてしまう力があるの』
『断言するわ、坂城は生きている』
その時、ひばりちゃんの力強い言葉が心ちゃんの脳裏によぎった。
言霊――言葉には時に、それを現実にする力があるという。
恐らく、ひばりちゃんが「坂城は生きている」と強く断言したのも、そういった意味があったのだろう。
ならば、心ちゃんが返すべき言葉も自ずと定まった。
「大丈夫~! 孔雀くんが色々と調べてるから、絶対無事に帰って来るよ~!」
願いと祈りを込めて、心ちゃんも坂城くんの無事を強く断言した。
***
「じゃあ、改めて――『坂城くん救出作戦』の打ち合わせを始めよう」
再び部室に集まると、孔雀くん達はいよいよ坂城くんを救うべく動き出した。
昼休みはぐったりしていたクロウさんも、今はすっかり元気を取り戻し、キリっとした姿勢で椅子の上に座っている。
「まず、状況を整理しよう。坂城くんは、一瞬だけ現れた『黄泉の穴』を通って、黄泉の国へと迷い込んでしまった。けれども、『向こう側』で今も生きている。そうだね? ひばり」
「ええ。イザナギの
「イザナギノミコト……?」
何やら自分の知らない「常識」を前提としたまま話が進みそうな気配を感じ、心ちゃんが分かりやすく首を傾げて「なにそれ?」と尋ねる。
孔雀くんとひばりちゃんは、そんな彼女の様子に苦笑いしながらも、丁寧に解説してあげた。
――神代の日本に、イザナギとイザナミという夫婦神がいた。
二人は仲睦まじく、沢山の神々を産み落としたが、ある時「火の神」を産んだことが原因で妻のイザナミが死んでしまう。
愛する妻を諦めきれないイザナギは、黄泉比良坂を通って黄泉の国へと踏み入り、イザナミを連れ戻そうとする。既に黄泉の国の住人となっていたイザナミは当初それを断るが、夫への愛は断ち切れず、戻りたいと考えるようになる。
イザナミは姿を隠しつつも、夫に「黄泉の国の神々と相談するので、その間決して私の姿を見ないでください」と告げ待ってもらうことにした。最初はおとなしく待っていたイザナギだったが、イザナミがあまりにも遅いのでこっそりとその姿を覗いてしまう。
そこにあったのは、腐敗し、黄泉の国の住人としてすっかり変わり果ててしまったイザナミの姿だった。あまりのことに仰天し、その場から逃げ出すイザナギ。
一方のイザナミは、夫が約束を破り、醜くなった自分の姿を見てしまったことに激怒し、黄泉の神々と共にイザナギを追いかける。
結局イザナギは妻を連れ戻すこともできず、黄泉の国から命からがら逃げだした――。
「死んだ妻を『あの世』に迎えに行く物語は、他にもいくつかあるわね。有名なところだとギリシャ神話のオルフェウスかしら? これらの話から分かるように、その昔の『黄泉の国』というのは、『この世』と地続きで、時に生者が足を踏み入れることもあったらしいわ。だから――」
「坂城くんも無事、なんですね」
自分の言葉に続けるように「言霊」を発した心ちゃんに、ひばりちゃんは満面の笑みを返し、更に話を続けた。
「ええ。ただし、黄泉の国にもいくつかルールがあって、それを破ると帰ってこれなくなるの。けれど、その点は大丈夫だと思うわ。黄泉の国は霊力が全てを支配する世界……霊力のない人間は、自由に動き回ったり見聞きしたりすることすらできないらしいわ。霊能力の薄い坂城じゃ、入り口の付近で金縛りにあってるだろうって、クロウさんが言っていたの」
「へぇ~。クロウさんはなんでも知ってるんですね! さすが~!」
心ちゃんが褒めたたえながら頭をナデナデすると、クロウさんは自慢げにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。まんざらでもないらしい。
「さて、坂城くんの無事はまず大丈夫というところで……肝心の救出方法だけど。ひばり、本当に大丈夫なんだね?」
「ええ、クロウさんのお墨付きだから、安心していいわ」
「? ひばりちゃんが何かするんですか?」
また孔雀くんとひばりちゃんが二人だけで話を進めようとしたので、心ちゃんがすかさず質問をぶつける。
――何故だか、とても嫌な予感もした。
「ええ。あのお社――『黄泉の穴』は今日の黄昏時にも現れるはずよ。だからね、それを狙って今度は私とクロウさんが飛び込んで、黄泉の国にお邪魔しようと思って」
「へぇ~! 黄泉の国にお邪魔……って、えええええっ!? そ、それ、危なくないんですか!?」
「今も言った通り、クロウさんと一緒だから大丈夫よ」
ニッコリと笑うひばりちゃん。けれども、孔雀くんはそんな妹の姿を複雑な表情で見つめている。
心ちゃんはすぐに、ひばりちゃんの「大丈夫」が例の「言霊」なのだと察した。孔雀くんは基本的に、ひばりちゃんのことを全面的に信頼している。その孔雀くんがひばりちゃんに対して複雑な表情を見せているということは、何か心配事があるということだ。
この一年ほどの付き合いで、心ちゃんはこの双子のそういった機微を察せられるようになっていた。
だから、心ちゃんもそれ以上は心配するようなことは言わず、こう口にした。
「……それなら、安心ですね~!」
***
――再び、校庭。
太陽は山の向こうへとどんどんと落ちていき、辺りが闇に包まれていく黄昏時。
校庭の北西の隅に、再度「黄泉の穴」が現れようとしていた。
「じゃあ、孔雀。後は手はず通りに――」
ひばりちゃんはそれだけ言い残すと、クロウさんと共に闇の中へと溶けていった。
後には何も残らない。かき消すように、一人と一匹の姿は見えなくなってしまった。
「……さて。これで後は、明日の同じ時間にひばり達が脱出してくるのを出迎えるだけだね。明日は土曜日だけど、校庭へ入れるように許可は取っておいたよ。悪いけど、心ちゃんも付き合ってくれるかい?」
「もちろんですよ~! ちゃんと三人をお出迎えしてみせます!」
不安を押し殺すように、心ちゃんがわざとらしいくらい元気に答える。
そんな彼女の姿は、闇に落ちた校庭の中にあっても真昼の太陽にように眩しく感じられ、孔雀くんは思わず口元をほころばせた。
「じゃあ、帰ろうか。今晩はよろしくね」
「は、はい!」
言霊のことが頭をよぎり、ついつい前向きな返事をしてしまった心ちゃんだったが、その実、心中では不安でいっぱいだった。
ひばりちゃん達の無事を案じる気持ち――だけではない。これから心ちゃんと孔雀は、困難なミッションに挑まなければならないのだ。
ひばりちゃんは黄泉の国へ行ってしまったので、当然今晩は「この世」から姿を消すことになる。
坂城くんに次いでひばりちゃんまで失踪してしまったら、それこそ大騒ぎになってしまう。どうにかして、ひばりちゃんの不在をごまかす必要があった。
そこで孔雀くんとひばりちゃんが考えたのが――。
「じゃあ、この後の段取りを確認するね? まず、お互いに一度家に帰る。それから、僕がひばりに変装して心ちゃんの家に行くから、心ちゃんは家の人に僕をひばりとして紹介してほしい。で、寝る頃になったら――」
「こっそりうちを抜けだして、孔雀くんは孔雀くんとしておうちに帰る、ですよね? で、また次の日の早朝に変装して戻ってくる、と」
――そう。ひばりちゃんの不在をごまかす為に考えた作戦、それは「孔雀くんがひばりちゃんに変装して心ちゃんの家に外泊し、その後こっそり抜け出して孔雀くんはきちんと家に帰る」というものだった。
孔雀くん曰く「
(でも、本当にうまくいくのかな?)
孔雀くんは自信満々だったが、心ちゃんはやはり不安だった。
まず、孔雀くんがひばりちゃんに変装する、というのは無理がある。二人の背丈は同じくらいだが、何せ男と女だ。いくら双子で少し顔立ちが似ているからと言って、ちょっと変装したくらいでごまかせるとは思えなかった。
――それに、不安は他にもある。
「ふり」とは言え、孔雀くんが心ちゃんの家に泊まるのだ。女同士のお泊りと言えば、一緒にお風呂に入ったり、同じ布団に寝たりというイベントが付きもので、他の友達が止まりに来た時も心ちゃんはそうしていた。
親にばれないようにするには、それらの「ふり」も上手くやらなければならない。
今更ながら孔雀くんが性格の良いハンサムであることを思い出し、心ちゃんの心は不安とは別の感情でもいっぱいになっていった――。
***
「あら、ひばりちゃん。よく来てくれたわね。さあ、上がって上がって!」
「……お世話になります」
――そして数時間後。心ちゃんは自分の家の玄関先で繰り広げられた光景に絶句していた。
今、彼女の家の玄関先に現れたのは、どこからどうみても「ひばりちゃん」であった。声までそっくりだ。心ちゃんのお母さんも、それがひばりちゃんであることを全く疑っていなかった。
(変装ってレベルじゃない! もしかして、孔雀くんって霊能力はないけど、超能力ならあるんじゃ……?)
そんな益体もない妄想を抱きつつ、心ちゃんと孔雀くんの「お泊りのふり」ミッションが始まった――。
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