2.消えた少年はどこへ
――坂城くんが姿を消した。
その噂は、翌日には他の児童たちも知ることとなっていた。
既に坂城くんの両親から警察に捜索願いも出されていて、鎌倉西地区では朝からパトカーやバイクの警察官の姿があちらこちらで見受けられた。
郊外の静かな住宅地である鎌倉西地区は、今や騒然とした雰囲気に包まれていた。
「大事になっちゃいましたね~……。やっぱり、先生や警察に知らせた方がいいんじゃないですか~?」
「心ちゃん、それこそ大事になるわ。『坂城くんは、お化けみたいに出たり消えたりする体育倉庫に食べられちゃいました』なんて言っても大人は信じてくれないでしょうけど、子供は違うわ。学校の仲間が実際に消えているという特級の『実害』を伴った怪談よ? 今までにないくらい凶悪な『本当はいないもの』が生まれてしまうわよ」
「……デスヨネ~」
昼休み。給食を食べ終えたミステリー倶楽部の三人は、部室に集合していた。言うまでもなく、坂城くん消失と「木造の体育倉庫」への対策を話し合う為だ。
放課後まで待っても良かったのだが、目の前で坂城くんが消えてしまったショックは大きく、いてもたってもいられなかったのだ。
あの後、三人とクロウさんは懸命に坂城くんの姿を探したが、見付けられなかった。彼は文字通り、煙のように消えてしまっていた。
「坂城くん、どこに消えちゃったんでしょうね? そう言えばクロウさんは、あの体育倉庫に近付くと消えるの、知ってたみたいですけど」
クロウさんは、あの時こう言っていた。「おい、お嬢! 坊! あの小僧を止めろ! このままだと……戻ってこれなくなるぞ!」と。いち早く、坂城くんが消えてしまうのを予見していたことになる。
しかし、クロウさんは心ちゃんの質問には答えず、部室の隅っこの置かれた机の上で、のんびりと日向ぼっこをしていた。
人が一人消えたというのに、なんとものんきな光景に見えた。だが――。
「ごめんなさいね、心ちゃん。クロウさんは今とても疲れているだろうから、休ませてあげて。昨晩、孔雀も交えて三人で話し合ってたから、霊力を大量に消耗しているの」
「え、それ、大丈夫なんですか……?」
クロウさんが孔雀くんのように霊能力を持たない人間にも自分の姿を見えるようにしたり、会話したりする為には大量の霊力を消耗する。そのことは心ちゃんもいつだったか聞き及んでいた。
少しならば問題はないが、沢山話したり、はたまた長い時間にわたって姿を見せたりすると、クロウさんの命に関わるらしいということも。
だから、普段は決して無駄なおしゃべりはしないのだが、今回は別だったらしい。
「ああやって陽の光をたっぷり浴びていれば、とりあえずは問題ないそうよ。――それでね、心ちゃん。クロウさんもはっきりした事は言えないらしいのだけれど、どうもあの体育倉庫は体育倉庫じゃないらしいの」
「ええっ? 体育倉庫じゃ、ない? じゃあ、なんなんですか?」
「――
「ヨミノアナ? なんですか、それ」
聞きなれぬ言葉に、心ちゃんが可愛らしく小首を傾げる。その疑問に、孔雀くんがすかさず答えた。
「心ちゃんは『
「ヨモツヒラサカ~? 全然知りませんね~」
「黄泉比良坂はね、日本の古い神話に出てくる『あの世』の入り口、もしくはあの世とこの世の境界にある坂道を指す言葉なんだ。そしてあの世の事を、昔の人は『
「へぇ~。じゃあ、『黄泉の穴』は、あの世に続く穴、みたいな感じですかね? ふ~ん……えっ?」
そこでようやく、自分が言っていることに意味に気付いたのか、心ちゃんの林檎色の頬が一気に真っ青になった。
「えええっ!? じゃあ、坂城くんは『あの世』に行っちゃったってことですか!? というか、『穴』って言いますけど、アレ、明らかに建物だったじゃないですか!?」
――そう。坂城くんが消えたあの「木造の体育倉庫」があの世に続く穴、つまり「あの世の入り口」だというのなら、坂城くんはその向こうに消えたことになる。
即ち「あの世」だ。普通に考えれば、あの世に行くのは死んだ人間だ。
「じゃあ、坂城くんは、もう――」
「ストップよ、心ちゃん。その先は口にしないで。霊力のある人間の言葉は、時に事実に影響を与えるわ。『
ひばりちゃんにさえぎられて、心ちゃんは咄嗟に「坂城くんはもう死んでしまったんじゃ」という言葉を呑み込んだ。
霊能力の持ち主には、存在が曖昧なお化けや妖怪を「視る」ことによって、その存在を明確なものにしてしまうという力がある。
ならば、言葉にも似たような力があるというのは、道理だった。
「心ちゃん、落ち着いたかな?」
「はい……すみませんでした」
「じゃあ、一つずつ説明していこうか。『穴』という言葉は物のたとえだね。『入口』くらいの意味さ。クロウさんが言うには、『黄泉の穴』というのは実際に穴が開いている訳じゃなくて、黄泉への入り口になるような場所、それを自体を指すらしいよ」
「なるほど……」
「まあ、昔の人は深い洞窟は黄泉の国へ繋がっているとも考えていたらしいから、そういう意味でクロウさんは『穴』という言葉を使ったのかもね」
――余談だが、出雲地方に存在する「
また同じく出雲地方には、黄泉比良坂のモデルもしくはそのものだと伝わる坂もある。
その真偽のほどは定かではないが、自分で確認しよう等と考えている方は、どうか気を付けて――。
「でも、なんで校庭にあの世の入り口なんて怖いモノが現れたんですか? 今までなんともなかったのに」
「そうだね、僕もそれが気になった。でも、ちょっと思い当たることがあって、うちの神社に伝わっているこの辺りの伝承を調べたら……あったんだ。手掛かりになりそうなモノが」
言いながら、孔雀くんはスマホを操作して一枚の画像を呼び出した。
古い、かなり古く白黒で画質も粗いが、何か小さな神社かお社のようなものを撮影した写真らしかった。
「これはなんですか~?」
「うん。これはね、その昔この辺りに建っていた、古いお社の写真だそうだよ。丁度この西小学校の敷地内の、北西の隅辺りに建っていたんだって」
「ふ~ん、北西の隅あたりに……えっ!? それって……」
「そう、あの『木造の体育倉庫』の出現ポイントだね。西小学校の敷地は自然林の広がる丘を切り拓いたものなんだけど、そこにあった唯一の人工物が、このお社だったらしいよ――心ちゃん達が視た『体育倉庫』の正体って、もしかしてこれじゃないかな?」
「そう、言われてみれば……?」
確かに、心ちゃんにもそのお社は例の「体育倉庫」に似ているように感じられた。
ひばりちゃんも言っていたことだが、あの建物からは「体育倉庫」という印象は受けなかった。そもそも、ひばりちゃんでさえ、モヤモヤしていてはっきりとした形が視えなかったのだ。
「体育倉庫」というのは、最初に目撃した人間が「校庭にある似たような大きさの建物」から連想した命名なのかもしれなかった。
「じゃあ、あたし達が視たのは『木造の体育倉庫』じゃなくて、このお社ってことですか~?」
「多分ね。このお社自体は古すぎて由来が不明でね、西小学校が建てられるだいぶ前に、台風や土砂崩れで跡形もなくなってしまったらしいの。でも、霊的な要衝……俗な言い方をすればパワースポットに建てられた建物というのは、それ自体がある種の神様もしくは妖怪みたいな存在になる場合があるわ。だから、建物が無くなっても建物の幽霊みたいなものが、時折、姿を現す場合があるのよ」
今度はひばりちゃんが、孔雀くんのあとを引き継ぐように語り始めた。
「クロウさんが言うには、そのお社は『黄泉の穴』の目印……昔の人がみだりに近付かないように建てられたものじゃないかって。古すぎて、真実は誰にも分からないけどね」
「古すぎるって、どのくらい古いんですか?」
「さあ? その辺りはうちの神社の記録でも分からなかったわ。何せ、鎌倉には平安時代より前に作られた神社もあるくらいだし、記録が残ってないものもあるはずよ。――それこそ、縄文時代から人が住んでいるような土地だし」
「縄文時代……」
心ちゃんの頭の中に、「縄文式土器」や「竪穴式住居」がグルグルと巡る。
地元民ではあるが鎌倉の歴史には詳しくない心ちゃんには、「縄文時代から人が住んでいた」という事実はかなりの衝撃だった。
「――話が少しずれたわね。つまり、『黄泉の穴』の目印だった今は無きお社が、何らかの理由で幽霊となって現れたのが、例の『木造の体育倉庫』なのだと思うわ。その理由自体は、全く見当がつかないけれど。
それでね、ここからが本題。もしあれが本当に『黄泉の穴』だったとしたら、繋がる先は間違いなく『黄泉の国』よ。でもね、そこに入ったからと言って、簡単に死ぬものでもないの。断言するわ、坂城は生きている」
ひばりちゃんは、力強くその言葉を口にした――。
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