1.逢魔が時

 「学校の怪談」に関する悩みを、あっという間に解決してくれる「鎌倉西小学校ミステリー倶楽部」。

 学校中がパニックに陥るような「お化け」が出ても、孔雀くんの名推理ですぐに事態は収束に向かうのが常だった。

 もちろん、その裏では人知れず、ひばりちゃんとクロウさん、心ちゃんによる「お化け退治」も行われていた。

 言ってみれば、「表」と「裏」から問題を解決し、被害者が出る前に事態を収拾するという万全の体勢だ。


 けれども、彼らも決して万能ではない。時には事件を未然には防げず、「犠牲者」が出てしまったこともあった。


 そう、例えば「幻の体育倉庫」事件の時のように――。


   ***


 事の始まりは、やはり児童――お騒がせキャラで有名な坂城さかきくんからの相談だった。

 「ひばりと心ちゃんは会いたくないだろうな」と考えた孔雀くんは、一人で坂城くんから話を聞くことにした。


「だからぁ! あったんだってよ! 真っ暗になる直前の、校庭の隅っこに!」


 放課後のことだ。

 坂城くんから「ミステリー倶楽部に相談したいことがある」と持ち掛けられた孔雀くんは、教室でいつものようにヒアリングに挑んでいた。

 既に他のクラスメイトの姿はない。孔雀くんと坂城くんが何やら話している姿を見たクラスメイト達が、そそくさと教室を去っていた為だ。

 この二人が何か話している時は、十中八九「学校の怪談」についての話題だ。何かと他人を巻き込みたがる坂城くんの性格を熟知しているクラスメイト達は、我先にと逃げ出した訳だった。


「……『あった』って、何があったんだい?」

「だからぁ! 体育倉庫だよ! 木でできた体育倉庫が、こう、暗い中にデーン! って!」


 坂城くんの話はいつも要領を得ない。すぐに順番が前後するし、「デーン」とか「バーン」とか擬音で何かを表そうとすることが多いので、話の趣旨を聞き取るのは根気のいる作業だ。

 それでも孔雀くんは嫌な顔一つせず、一つずつ丁寧に坂城くんの言わんとするところを汲み取っていった。


 それらを総合すると、概ね次のような「怪談話」が浮かび上がってきた。


『日没直前のほんの一瞬だけ、校庭の隅っこに、大昔に取り壊されたはずの木造の体育倉庫が現れる』


「木造の体育倉庫、ねぇ? そんなものがこの学校にあったなんて話は、知らないけど」

「ホントだってばよ! もう何人も見てるんだから! こう、校庭がさ、真っ暗になる直前くらいに、バーン! って木でできた体育倉庫が出てくるんだって!」


 今は五月の上旬だ。日当たりの良い鎌倉西小学校の校庭が真っ暗になるのは、まさに日没の少し前くらい、おおよそ六時半頃だろう。完全下校時刻をとっくに過ぎている時間だ。

 その時間に校庭にいて「木造の体育倉庫」とやらを目撃したのならば、坂城くんと同じ問題児グループの誰かだろう。坂城くんと同じく、話に信ぴょう性がない面々だ。


 けれども孔雀くんは、よく調べもしない内から彼らの言う事が「ウソ」だとは決めつけない。真実は意外なところに眠っていることがあると、よく知っているから。

 ――「本当の事」を言っているのに、誰にも信じてもらえなかった少女のことを、よく知っているから。


「坂城くん自身は、その体育倉庫を見たのかい?」

「いんや? 一緒に校庭で遊んでたんだけど、見たの連中が『あっ!』とか叫んで、俺たちがそっちに振り返った時には、もう消えてたらしいんだよなぁ……。ここんところ毎日チャレンジしてるんだけど、まだ見れてないだ」

「体育倉庫を見た人達の名前を教えてもらっても?」

「もち! ええとな、斎藤だろ? 吉川だろ? あとは……」


 坂城くんの話によれば、「木造の体育倉庫」を目撃したのは三人。斎藤くんと吉川くん、三浦くんだという。

  体育倉庫は坂城くん達には見えなくて、その三人にだけ見えた。もし「木造の体育倉庫」が本物の怪異の類ならば、三人は他の人間よりも強い霊力を持つ可能性があった。


(その三人にも話を聞いておいた方がいいな……)


 心の中でそう呟いてから、孔雀くんは坂城くんからのヒアリングを打ち切った。もう、彼から引き出せる情報はないと判断したのだ。

 けれども孔雀くんは、その判断を後になって後悔することになる――。


   ***


 「ミステリー倶楽部」の部室に戻ると、ひばりちゃんと心ちゃんが何やら楽しくおしゃべりをしているところだった。


「やあ、お待たせ二人とも! 少し下調べに手間取ってしまってね!」

「……新しい依頼? 私たち、何も聞いていないのだけれど」

「もう、孔雀くん! ホウレンソウをサボっちゃ駄目ですよ~! 報告、連絡、ソウ……ソウ……ソウ……。ええと、何でしたっけ~?」


 難しい言葉を使って恰好つけようと思った心ちゃんだったが、途中で分からなくなり、たまらずひばりちゃんに助けを求めていた。

 その様子はどこか姉妹のようであり、孔雀くんは二人に気付かれぬよう僅かに口元を緩ませた。


「相談、よ」

「そう、それです~!」

「ごめんごめん。今回の依頼人が坂城くんだったから、二人には近寄らせない方がいいかな? と思って、教室で話を聞いてきたんだ」

「あ、それは大正解ですね」

「……むしろ、坂城の依頼なんて受けない方がいいのではないかしら?」


 揃って眉をひそめる二人に苦笑いしながら、孔雀くんは話を続けた。


「あはは、そういうわけにはいかないよ。坂城くんの持ってくる情報は、中々あれでバカにできないんだ」


 そこまで言ってから、孔雀くんの表情が真剣なものに切り替わる。

 それを受けて、ひばりちゃんと心ちゃんも心なし姿勢を正した。


「今回の依頼はすごいよ? なんと、日が暮れるほんの一瞬だけ、校庭の隅っこに、大昔に取り壊されたはずの木造の体育倉庫が現れるんだって」

「へぇ~、木造の体育倉庫! そんなものがウチの学校にあったんですね~」


 素直に驚きの表情を見せる心ちゃんに対し、ひばりちゃんは膝に乗ったクロウさんを撫でながら首を傾げていた。


「木造の……体育倉庫? そんなもの、本当にウチの学校にあったのかしら?」

「ええ? どういうことですか?」

「この鎌倉西小学校ができたのは、確か一九七〇年代よ。できた当初から、校舎は鉄筋コンクリートで、今校庭にある体育倉庫も同じ頃に建てられたんじゃなかったかしら? あの倉庫も鉄筋コンクリート製よね?」


 確認するように視線を孔雀くんに向けるひばりちゃん。

 孔雀くんは妹のその様子に「我が意を得たり」と言いたげに頷いてから、口を開いた。


「うん、ひばりの言う通りなんだ。今、部室に来る前に図書室で軽く調べたんだけど、この学校の体育倉庫は、創立当初から今も校庭にある鉄筋コンクリート製の建物しかないらしいんだ。もちろん、何度も補修工事はされてるけど、建て直したりはしてないらしい。写真もあったよ」


 言いながら、孔雀くんはひばりちゃんと心ちゃんに自分のスマホを差し出した。

 そこには古い写真が表示されていた。どうやら昔の鎌倉西小学校の校庭を写したものらしい。今と似たような姿の、鉄筋コンクリート製の体育倉庫がしっかりと写っていた。


「図書館の先生に一番古い卒業アルバムを出してもらって、撮らせてもらったんだ。正確に何年前の写真かは分からないとは言ってたけど、この学校ができて間もない頃であるのは間違いないってさ」

「な~んだ。じゃあ、事件はもう解決ですね! 『この学校に木造の体育倉庫が存在した事実はない!』って孔雀くんが噂を広めれば――」

「いや、事はそう簡単じゃないかもだよ」


 孔雀くんは、坂城くんの問題児グループの斎藤くんと・吉川くん・三浦くんの三人が、「木造の体育倉庫」を目撃していること、その三人が他の人間より強い霊力の持ち主かもしれないことを、心ちゃんとひばりちゃんに伝えた。


「僕には判断が付かないけど、その三人が強い霊力を持っていた場合、既に『木造の体育倉庫』が。その場合、ただ単に噂を否定するだけじゃ済まないかもしれない。そうだよね、ひばり?」

「ええ、そうね……。蛍の時は私や心ちゃんレベルの霊能力がなければ視えないレベルだったけど、坂城のグループだけでも三人も目撃者がいることを考えると……既に強固な『本当はいないもの』が生まれている可能性はあるわね――その場合は、クロウさんに頑張ってもらわないといけないわ」


 「人々の噂」から生まれる妖怪「本当はいないもの」。その存在は基本的には脆弱だ。

 「火の玉事件」の時に生まれた「妖怪の蛍」のように、ひばりちゃんや心ちゃんクラスの強い霊能力者にしか視えない程度のものならば、噂を鎮めればそのうち自然消滅してくれる。

 けれども、もし「トイレの花子さん」レベルになっていれば、噂を収めたくらいでは消えないかもしれなかった。弱い霊力しか持たない人間にも視えるようになった「本当はいないもの」は、遠からず実体を持ち始める。そしてやがて、人々に害を与えさえするのだ。


 それを打倒するには、「人々の噂」を鎮めた上で、霊力の強い人間が「倒す」必要がある。かつて、「トイレの花子さん」事件を収めた時のように。


「わぁ、じゃあまたクロウさんが大活躍ですね~」


 クロウさんの白い喉をナデナデしながら、心ちゃんがはしゃぐ。毎度のように怖い思いをしているにもかかわらず、心ちゃんは「クロウさんなら何とかしてくれる」と信じているらしい。

 それがくすぐったかったのか、クロウさんは喉をゴロゴロ鳴らすでもなく、プイっとそっぽを向いてしまった。


「そうだね。でも、クロウさんの出番は最後の最後だ。まずはできることをしよう。『木造の体育倉庫』を目撃した三人には、もう連絡をして『しばらくは日暮れ時の校庭に忍び込まないように』と釘を刺しておいた。あと、先生に頼んで完全下校時刻の後も僕らが校庭に入れるようにしてもらった。ひばりは例の体育倉庫が本当に現れるのか、確認してくれるかい?」

「分かったわ。……心ちゃんは、どうする? 帰りはかなり遅くなるはずだけれど」

「あたしも行きます~」


 そういうことになった。


   ***


 ――日没を目前に控えた校庭は既に薄暗く、全ての輪郭が曖昧になりつつあった。

 「黄昏時」という言葉は「かれ時」から転じたというが、「なるほど隣にいるのが誰なのかも分からなくなってくるな」と、孔雀くんは一人納得していた。


 右隣りにはひばりちゃんが、左隣りには心ちゃんがいるのは間違いないのだが、二人の顔も輪郭もおぼろげで、どこかこの世ではないどこかに迷い込んだ風情すら感じる。

 黄昏時――またの名を「逢魔おうまが時」。昼と夜が交わるこの時間帯を、昔の人間は「魔と出会う時間」であると表したそうだが、その理由が何となく察せられた。


「そろそろね……確かに、変な感じがするわ」


 スマホで時間を確認しながら、ひばりちゃんが呟く。

 坂城くんの話では、「木造の体育倉庫」が現れるのは校庭の北西の隅、校舎側から見て左手奥だという。昼間は何も感じなかったが、日暮れが近付くにつれひばりちゃんは何か違和感――気配のようなものを感じ始めていた。


「……なんか、嫌な感じがしますね~」


 ひばりちゃん程ではないが、常人よりも強い霊力を持つ心ちゃんにも、その感覚はあったようだ。寒さに耐えるように自分の肩を抱きしめ、僅かに震えている。


「二人がそう感じてるってことは、やっぱり『木造の体育倉庫』はもう実体を持つ程度まで成長してるということみたいだね」


 一人だけ霊力のない孔雀くんは、一抹の寂しさを隠しながらつぶやいた。

 今、三人は校舎の壁にもたれかかるようにして校庭を観察していた。もっと近くで見たいところだったが、ひばりちゃんが「何か嫌な予感がする」と言い出したので、安全の為に距離を取ったのだ。

 相手は建物なのだから急に襲い掛かってくることもなさそうなものだが、こういう時のひばりちゃんの勘はよく当たる。念には念を入れる必要があった。


 ――と。


「来たわ。何かが、浮かび上がってくる……」


 声をひそめながらひばりちゃんが校庭の隅を指さす。

 孔雀くんには何も見えないが、隣では心ちゃんが息を呑んだ気配があった。どうやら彼女にも何かが視え始めているらしい。


「ん~? 木造の……小さな建物っぽいのが視えますね~。でも何だかモヤモヤしてて、形がはっきりしないというか……」

「まだ完全には実体化していないのかしら? 私もボンヤリと、おぼろげな姿しか見えないわ。それに、体育倉庫という感じじゃないわね、アレ。クロウさんにはどう――」


 「クロウさんにはどう視える?」とひばりちゃんが尋ねようとした、その時。異変が起こった。

 校庭の端にある雑木林からが飛び出し、猛スピードで「木造の体育倉庫」へと接近し始めたのだ。


「わっ!? な、なんだアレ!?」

「っ!? 孔雀にも……視える?」


 言葉通り、黒い何かは孔雀くんにも見えているようだった。

 ということは、アレは霊なる存在ではない。

 暗がりに目を凝らして、ひばりちゃんはようやく、それが何ものなのかに気付いた。――人だ。誰かが雑木林から飛び出して、姿を現し始めた「木造の体育倉庫」へと突進しているのだ。


『み~つ~け~た~ぞ~!』


 が威勢の良い叫び声をあげる。

 その声に、孔雀くんもひばりちゃんも心ちゃんも、覚えがあった。

 スポーツ刈りの丸っこい頭に、季節を問わない半袖半ズボンがトレードマークの少年。

 人影は、坂城くんだった。坂城くんが、「木造の体育倉庫」に果敢なる突進を仕掛けていたのだ。


「な、なにやってるのよ、あのバカ!」


 思わずひばりちゃんが悲鳴のような声を上げる。

 霊力の強いひばりちゃんでさえ嫌悪に近い何かを感じる「木造の体育館」。それに無防備に突っ込んでいくことは、自殺行為にしか見えなかった。

 更に――。


『おい、お嬢! ぼん! あの小僧を止めろ! このままだと……!』


 突然、ひばりちゃんの傍らから、やや甲高かんだかい少年のような声が響いた――クロウさんだ。

 普段はただの猫の振りをしているクロウさんだが、その正体は「猫又」と呼ばれる妖怪で、こうやって喋ることもできる。

 霊能力のない孔雀くんにも、クロウさんが少し無理をして自身の霊力を大量に消費すれば声を届けることができる。


 そして今、クロウさんの声は孔雀くんにも届いていた。

 つまり、それだけ緊急事態だということだった。


「っ!? 坂城くん! そっちに近付くんじゃない! 危険だ!」

「止まりなさい坂城!」

「坂城く~ん! あぶないですよ~!」


 三者三様の呼びかけで坂城くんを止めようとする三人。

 しかし、その声をまるで声援のように感じたのか、坂城くんは黄昏時でもはっきりと見えるくらいに眩しい笑顔を三人に返すと、遂に「木造の体育館」まで辿り着き――そのままかき消すようにいなくなってしまった。


『あっ』


 残された三人と一匹の声が奇麗にハモる。

 それくらい突然に、完全に坂城くんの姿は消えてしまった。呆然とするしかない程に。


 後には何も残らない。

 「木造の体育館」の姿も、坂城くんの姿も校庭には見えなかった。

 ただ、黄昏時を過ぎた暗闇だけが、辺りを支配していた――。

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