???.一方その頃

 心ちゃんが孔雀くんの化けっぷりに度肝を抜かれていた、その頃。ひばりちゃんとクロウさんの姿は、薄暗く長い坂道のただ中にあった――恐らく、ここが黄泉比良坂だろう。

 「黄泉の穴」に飛び込んだ時には開いていた入り口は、今は閉じてしまっていた。背後にはただ、どこまでも続くごつごつしたとした岩の坂道が延々と続いているだけだ。

 出入り口が再び開くのは、おおよそ二十四時間後。それまで、この仄暗く不気味な空間に留まらなければならない。


「この先が黄泉の国へ通じているのね……。なるほど、確かに下の方からとてつもない霊力を感じるわね」

「お嬢、あまり覗き込もうとするなよ? 霊力の強い人間は黄泉の国との親和性が高い。引っ張られるぞ?」


 興味津々といった様子のひばりちゃんを、クロウさんが制す。黄泉比良坂を下った先は、クロウさんにも未知の領域である本物の黄泉の国だ。何が起こるか分からなかった。


「分かっているわ……。さて、坂城の姿は……あっ」

「……いたな。これ以上なく分かりやすく」


 黄泉比良坂を少し下ったところに、駆け出すようなポーズのまま静止している人影があった。坂城くんだ。

 ピクリとも動かないが、死んでいる訳ではない。「黄泉の穴」の中で自由に動けるだけの霊力が無いので、固まってしまっているのだろう。

 恐らく、彼の意識は「黄泉の穴」へ飛び込んだ時のまま、止まっているはずだ。その表情も満面の笑みで固まっている。


「探し回らないで済んで良かったけれど、なにかムカつくわね、こいつ。顔に落書きでもしておこうかしら?」

「同感だが、今は我慢しろ――そら、おでましだぞ」


 クロウさんが鼻先で坂の下の方を指し示す。

 すると、先程まで暗闇しかなかったそこに、いつの間にやら幾つもの青白い光がポツポツと現れ始めていた。それらはユラユラと揺らめきながら、坂の上――ひばりちゃん達の方へと近付いてきている。


「やはりここにもいたか――彷徨さまよえる屍者ししゃ共が!」


 クロウさんが吐き捨てるように叫び、威嚇の姿勢をとる。

 ひばりちゃんも油断なく、いつでも動けるように身構えた。


 ――クロウさんはかつて普通の猫だったが、長い時を生き、更には死を乗り越えたことで妖怪・猫又となった。その際に一度、こことは異なる「黄泉の穴」に落ちたことがあるのだ。

 その「黄泉の穴」の中では、まだ半分生者であったクロウさんを黄泉の国へ引きずり込もうと――あるいは、生者に縋り付いて黄泉の国から連れ出してもらおうと、有象無象の「彷徨える屍者」達がまとわりついてきたという。


 「彷徨える屍者」、それは自分が死んだことを認められず、黄泉の国の住民になることを良しとせず、黄泉比良坂を永遠に上り続ける流浪の死者の群れだ。

 「黄泉の穴」はいつも開いている訳では無いし、自由に出入りできるのはある程度の霊力を持つ生者だけだ。「彷徨える屍者」達はありもしない出口を求めて、永遠に続く坂道を無為に上り続けているのだ。


 そして生者の気配を感じると、こうして近付き、縋り付き、あるいは

 長い永い死の行進の果てに彼らの理性は腐り落ち、ただただ生者を求めるだけの存在と成り果てている。それ故に縋り付くだけではなく、求めるあまりに喰らおうとする屍者さえいるのだ――。


 坂城くんを背に庇い、二人は「彷徨える屍者」と対峙した。

 その姿はミイラの如く干からび、髪はすっかり抜け落ち、骨と皮ばかりだ。眼球は半ば腐り、不気味な青い炎を宿している。


 その灰褐色の体表には、いくつもの有象無象が蠢いていた。

 ――蟲だ。大量のムカデ等の毒虫や、おぞましい色をした毒蛇が衣服の代わりに彼らの体を覆っている。

 醜悪そのものの姿であった。


「今から二十四時間……下からしか来ないのが、せめてもの救いね」

「一体一体は雑魚だが、何分数が多い。ぬかるなよ、お嬢!」


 こうして、二人ぼっちの戦いが始まった――。

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