6.はじめての勝利

 ――ひばりちゃんとクロウさんが「主従しゅじゅうちぎり」をむすんでいた、その頃。


『オラァッ! クソ猫! 小娘こむすめェ! かくれてないで出てこいやぁ!!』


 巨大なハクビシンのバケモノ「雷獣らいじゅう」は、いまだ鳥居の中へ入ろうと、ぶつかってははじかれ、ぶつかっては弾かれをり返していた。

 見れば、その体はあちこちがげたように黒くなって、けむりを上げている。どうやら、神社に入ろうとすること自体が、雷獣にとってはダメージとなっているようだった。


『クソッ! こうなったら我慢比がまんくらべだ。あいつらが出てくるまで、鳥居の前で待ちかまえてやるわ! ワーハッハッハッハッ!!』


 言いながら、鳥居の前で「せ」の姿勢しせいをとる雷獣。

 雷獣は、人間がずっと家の中に引きこもる生き物ではないことを知っていた。

 ほとんどの人間が、仕事や学校、買い物などで定期的ていきてきに外へ出かけることを知っているのだ。

 だから、っていれば、ひばりちゃんたちはいつか必ず出てくると――戦いになれば必ず自分が勝つと信じていた。

 実際じっさい、雷獣は一度クロウさんに勝っているし、ひばりちゃんの「圧」にも負けていなかった。

 けれども――。


『いいや、待つ必要ひつようはないぞ、雷獣!』


 その声は、雷獣の頭上――鳥居の上から聞こえて来た。

 何事かと雷獣が空をあおぐと……そこには、大型犬くらいの大きさなったクロウさんと、その背に乗ったひばりちゃんの姿があった。


『ほう……少しは回復かいふくしたようだな、クソ猫! だが、その程度ならわれてきではない。そこの小娘共々ともども、今度こそ喰ろうてやるわ!』


 すっかり傷がなおり、更には少し巨大化したクロウさんを見ても、雷獣の余裕よゆうは消えなかった。

 しかし、そんな雷獣の油断ゆだんを見て、クロウさんは不敵ふてきに笑った。


『それはどうかな? ――お嬢、ここからは全開ぜんかいで行くぞ! 沢山たくさんの「力」が必要になる。気をしっかり持つんだぞ!』

「わかったわ、クロウさん! わたしは、ぜったいにまけない!」


 ひばりちゃんの掛け声を合図あいずに、クロウさんが鳥居の上から雷獣へと飛びかかる。

 雷獣はそれを、余裕をもって迎えとうと低い姿勢のまま身構みがまえるが、次の瞬間しゅんかん、信じられないものを見た。

 突如とつじょとしてクロウさんの体が青白い光をはなったかと思えば、


『な、なななななな、なにぃ!?』


 おどろきのさけびを上げる雷獣の頭上で、クロウさんはついに、雷獣よりも一回りも大きい姿まで巨大化した。

 そして――。


『フゥゥゥー!!』


 するどい叫びを上げながら、クロウさんはそのままつめを立てて雷獣につかみかかった。

 雷獣はたまらず、押しつぶされるように倒れる。クロウさんの力はすさまじく、全く反撃はんげきできない。

 更にクロウさんは、雷獣を押さえつけたまま、その首筋くびすじきばき立てる!


『グ、グワァァァァァッ!?』


 雷獣がくるに叫び声を上げる。

 見れば、クロウさんがみついた首筋からは、何か黒いモヤのようなものが、穴の開いた風船ふうせんかられ出した空気のように、いきおいよくき出していた。

 雷獣がめ込んでいた力――霊力れいりょくが、漏れ出ているのだ。


『ガァァァ!? 我の、我の霊力がけていく……! やめろ、やめてくれ……! せっかく、せっかく何十年もかけて溜め込んでいた力がぁ!!』


 雷獣の体が、どんどんとしぼんでいく。

 クロウさんと同じく、雷獣の体も霊力で巨大化したものだったらしい。

 やがて――。


「……これが、ライジュウのほんとうのおおきさ?」


 ひばりちゃんが思わず、驚きの声をあげる。

 すっかりしぼんでしまった雷獣は、クロウさんの元の姿と同じくらいの大きさしかなかったのだ。

 おまけに、霊力がすっかり抜けてしまったからか、先ほどから「ガー! ガー!」と鳴き声を上げるだけで、人間の言葉を話さない。どうやら、霊力が無くなったので話せなくなってしまったらしい。


『ここまで霊力を溜めるには、相当そうとう努力どりょく……いや、悪さをしたことだろうさ。――さて、どうするお嬢? このままかみ砕いてしまえば、雷獣を完全かんぜんに倒すことができるが……?』

「それって、コロスってこと?」

『まあ、そうなるな。逃がした場合ばあいは……そうだな、数十年は無害むがい小物こもの妖怪でいてくれるだろうが、その先は俺にも分からん。また力を取り戻して悪さをするかもしれん』


 クロウさんの言葉に、ひばりちゃんはほんの少しだけなやんでから――しずかに答えを口にした。


「たおして……しまって、クロウさん」

『いいのか?』

「うん。ここでにがしても、きっとまたミライのだれかが、わたしとおなじめにあうとおもうから」

『……分かった』


 クロウさんが、あごに力を込める。

 ――音はしなかった。ただ、まるで初めからそこには何もなかったかのように、雷獣は消滅しょうめつした。


「……とりあえず、おわった、のね」

『ああ。そしてこれが始まりでもある』


 クロウさんが元の大きさにシュルシュルと戻っていき、ひばりちゃんは自分の二本の足で地面に立つ。

 霊力とやらを使い過ぎたせいか、ややフラフラするが、必死に踏みとどまる。

 何故ならば――。


「おお~い、ひばり~! そこにいたのか~! いきなりいなくなるから、びっくりしたよ~!」


 本殿の方から、孔雀くんがけてきていた。

 クロウさんと「主従の契り」を結んだ時の光は孔雀くんにも視えていて、少しだけ目がくらんでしまい、ひばりちゃんの姿を見失っていたのだ。


『お嬢……孔雀のぼんにくらい、弱い所を見せてもいいんじゃないか?』

「だめよ。そんなことしたら、きっと……くじゃくは、わたしをあまやかすもの。よわいところなんか、みせてあげないんだから」


 それだけ言うと、ひばりちゃんは幼稚園児らしからぬ不敵ふてきな笑みを浮かべながら、しっかりとした足取りで、境内へと一歩を踏み出した。


 クロウさんは、そんな彼女のことをずっと守っていこうと決意けついしながら、その後を追った。

 自分の命をすくってくれた、ひばりちゃんのひいおばあちゃんへのおんむくいるために――。

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