5.主従の契り

『グ、グワァァァァ!? いてぇ! 痛ぇよぉぉ!!』


 バケモノはたまらず、前足で鼻の頭を押さえながらその場でのたうち回る。

 どうやら、破魔矢はまや効果こうか絶大ぜつだいだったようだ。

 その間に、ひばりちゃんは鳥居の内側へと逃げ込んでいた。


「ひばり、だいじょうぶかい?」

「……ちょっと、あぶなかったけど、だいじょうぶ」

「バケモノは?」

「なんだかくるしんでる。ハマヤがきいたみたい」

「ネコちゃんは?」

「……いま、だっこしてる。みえないだろうけど」


 実際、ひばりちゃんには黒白猫の姿が視えるのはもちろんのこと、抱きかかえている感触かんしょくも、そのぬくもりも感じられるのだが、孔雀くんには猫の姿は全く見えなかった。

 けれども、孔雀くんがひばりちゃんの言葉をうたがうことはない。


「よし、いまのうちに『ほんでん』へにげこもう。ハマヤがきいたんなら、きっとバケモノはカミサマのチカラにはよわいんだよ」

「そうね……。ネコちゃん、もうすこしがまんしてね?」


 二人の背後では、バケモノが『おのれ、どこへ行った!』と叫びながら、鳥居の中へ入ろうとしていたが、何か見えないかべのようなものにバチンとはじかれて、一歩もみ入れないようだった――。


   ***


 ――孔雀くんとひばりちゃん、そして黒白猫の二人と一匹は、神社の本殿ほんでんへと入り、身をひそめていた。

 鳥居の方からは、バケモノが中に入ろうとしては弾かれる「バチンッ!」という音が、定期的ていきてきひびいている。

 どうやら、バケモノはまだあきらめていないようだった。


「……どうしよう。バケモノのやつ、ぜんぜんあきらめてない。もし、だれかがとおりかかったら、たべられちゃうんじゃ……」

『……それは大丈夫だ、おじょう


 参拝客さんぱいきゃくや近所の人々がバケモノにおそわれるのではないか、と心配したひばりちゃんだったが、黒白猫がそれを否定ひていする。


「どういうこと? ネコさん」

『あいつは……雷獣らいじゅうは、本来は人を襲わないバケモノだ。だれか人間が来たら、おとなしく姿を消すはずだ……お嬢は、八重垣やえがきの人間だから襲われただけだ』


 黒白猫は、バケモノ――雷獣という名前らしい――が、かつてひばりちゃんのひいおばあちゃんの、更におばあちゃんに退治された妖怪だということを明かした。


『やつは、八重垣の人間にうらみを持っている。ここできちんと追い払っておかないと、お嬢や孔雀のぼんだけじゃなく、お嬢たちの両親やじい様やばあ様も危ないかもしれん』

「おかあさんたちも……?」


 黒白猫の言葉に、ひばりちゃんは思わず、お母さんたちがいるはずの社務所しゃむしょの方に目を向けた。

 ――お母さんには辛く当たられてばかりだが、それでもひばりちゃんはお母さんのことがきらいではないのだ。


『……それに、雷獣のえさは、同じ妖怪なんだ。この神社へやって来ている妖怪たちが餌食えじきになってしまうかもしれない』

「ええっ!? おなじようかいをたべるの?」

『ああ、雷獣はそれくらい悪い妖怪なんだ。それに、神社に来ている連中は、ただの妖怪じゃない。この辺りの、古い樹木じゅもく建物たてもの土地とちそのものが姿をしたもの――言ってみれば、小さな神様たちだ。あいつらが喰われてしまえば、土地そのものに悪いことが起こるかもしれない……』

「そ、そんな……」


 時たま神社に姿を見せていた妖怪たち。まさか彼らも神様みたいな存在だったとは、ひばりちゃんにはとても意外だった。

 けれども、「なるほど」と納得なっとくもしていた。「小さな神様」だからこそ、「大きな神様」がまつられている神社にお参りしていたのだろう。


「ねぇ、ネコさん! どうにかならないの? わたしにできることは、ある?」

『……あるにはある。だが、ひばりお嬢。もしその方法を取れば、お前はこれからも妖怪やお化けとふかかかわっていかなければならなくなる。俺のような「いるもの」だけではなく、「いないもの」とも』

「いるもの……? いないもの……? ネコさん、それはどういうこと?」


 黒白猫は答えない。

 その代わりに、とても苦しそうに独り言のような言葉をもらした。


『できれば、お嬢には普通の生活を送ってもらいたかった……お化けや妖怪と関わらなければ、その内にえなくなるかもと、楽観らっかんしていた俺がバカだったのだ……』


 黒白猫の言っていることの全部は分からない。けれども、ひばりちゃんにも分かることがあった。

 おそらくこの猫は、ひばりちゃんを妖怪やお化けと極力きょくりょく関わらせないように、今までも影から守ってくれていたのだ。

 ひいおばあちゃんのお葬式そうしきの時、妖怪たちをひばりちゃんから遠ざけたのも、おそらくは関わらせないためにしたことなのだろう。

 だから、ひばりちゃんはこう言った。


「ネコさん……わたし、おばけがみえなければよかったなんて、おもったことないよ? だって、みえたからネコさんのこともたすけられたんだもの」

『お嬢……』


 ひばりちゃんのむねかれながら、黒白猫が驚きに目を見開く。

 お化けや妖怪が視えるせいで、ひばりちゃんは孔雀とひいおばあちゃん以外の家族から嫌われ続けてきた。今回のように、怖い思いもした。

 それでも、ひばりちゃんは「お化けが視えなければ良かったとは思わなかった」と言ったのだ。

 ――その言葉に、え切らなかった黒白猫の心が決まった。


『ひばりお嬢の気持ちはよく分かった。ならば、俺も覚悟かくごを決めよう。――お嬢、俺と主従しゅじゅうちぎりをむすんでくれ』

「しゅじゅうのちぎり?」

『ああ。俺をしき……分かりやすく言うと、魔女まじょが連れてる黒猫みたいな「使い」にする契約けいやくだ。その契約を結べば、俺は雷獣と互角以上ごかくいじょうたたかえる!』

「ホント!? じゃあ、さっそくそれを――」

『ただし、その契約を結べば、お嬢は一生お化けや妖怪の世界と関わることになる。今以上に怖い思いもするかもしれない――本当に、それでもいいのか?』


 最後に、黒白猫はひばりちゃんにそんな問いかけをした。

 ひばりちゃんは、ほんの少しだけ考え込んで――そして、となりでじっとひばりちゃんの様子を見守っている孔雀くんの方を見て、それからまた黒白猫に向き直って、言った。


「いいわ。ネコさん、わたしと『しゅじゅうのちぎり』を!」

『……いい覚悟かくごだ、お嬢。ならば、俺の名前を呼んだ後に、こうさけぶんだ。「が式となれ!」と』

「わかった! ……あれ? ネコさん、おなまえなんだっけ?」


 そう言えば、ひいおばあちゃんも「お前」や「猫」としか呼んでいなかったことを、ひばりちゃんは今更思い出した。


『そう言えば、一度も名乗っていなかったな。いいか、俺の名前は――』


 黒白猫の口からげられたその名前を聞いて、「いいおなまえね」と微笑ほほえんでから、ひばりちゃんは高らかに契約の言葉を叫んだ。


「――、わがしきとなれ!」


 その瞬間しゅんかん、ひばりちゃんと黒白猫――クロウさんの体を、青白い光が包んだ。

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