2.ひばりちゃんは孤独だった

 今から約十二年前。孔雀くんとひばりちゃんの兄妹きょうだいは、鎌倉かまくらに古くからある神社じんじゃの子供として生まれた。

 神社の名前は「竜玉神社りゅうぎょくじんじゃ」。ウソかマコトか、まだおサムライさんがいた時代じだいからあるらしい。

 むかしはもっと海の近くにあったのが、何十年も前に今の場所ばしょうつってきたのだという。


 由緒正ゆいしょただしい神社ということで、いつもたくさんの人がおはらいしてもらうために、神社へとやってくる。

 ――けれども、神主かんぬしつとめるひばりちゃんたちのお父さんも、その手伝いをする巫女みこのお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、さらには当時とうじはまだ生きていたひいおばあちゃんも、誰も幽霊ゆうれいやお化けを見たことがなかった。

 ただ一人、ひばりちゃんをのぞいては。


「おかーさん、あのおじさんだよ?」

「ええっ!? ……って、誰もいないじゃないの! 雲雀ひばり? あまりお母さんをこまらせないでちょうだい!」


 ひばりちゃんには、小さな頃からお化けや妖怪がえていた。

 だから、度々そのことをお母さんやお父さん、おばあちゃんやおじいちゃんに伝えていたのだが――彼らはそろって、ひばりちゃんの言うことを信じようとはしなかった。

 視えないのだから、信じようがなかったのだ。


 ちなみに、「雲雀ひばり」というのは、ひばりちゃんの本当の名前だ。

 読み方は同じだが、漢字で書くと何となく可愛くないこの名前を、ひばりちゃんは好きではなかった。なので、普段はひらがなで通しているらしい――。


「ほんとうにいるのに……」


 とにもかくにも、ひばりちゃんは周囲の大人たちに「お化けが視える」ことを信じてもらえず、孤独こどく幼少期ようしょうきごした。

 反対はんたいに、双子の兄である孔雀くんは両親の言うことをよく聞き、いつも真面目まじめ愛想あいそが良かったので、両親にも祖父母にも好かれていた。

 ひばりちゃんは、そんな孔雀くんをうらやましく思い、いつしか自分から距離きょりを取るようになっていた。自分から話しかけることもしないし、孔雀くんから話しかけられても、ほとんど無視むししていたのだ。


 ――けれども、そんなひばりちゃんにも唯一心ゆいいつこころゆるせる人がいた。曾祖母そうそぼ、つまりひいおばあちゃんだ。

 ひいおばあちゃんも、お化けや妖怪が視えない人だった。しかし、ひいおばあちゃんの更におばあちゃんが「視える人」だったらしい。

 だから、ひいおばあちゃんだけはひばりちゃんの言うことを、本当のことだと信じてくれたのだ。


「いいかい、雲雀。アンタのその力は、神様からさずかった、とってもとっても大事な力なんだ。大切にしないとバチが当たるよ」


 ひいおばあちゃんは、とても厳しい人だった。

 礼儀作法れいぎさほうをきちんとしていないとすぐに怒られたし、神様や仏様ほとけさまを大事にしないとやはり怒られた。

 八十歳はちじゅっさいえているはずなのに、背筋せすじはピンとびて、実際じっさいとしよりもわかく見えた。娘であるおばあちゃんよりも若く見える時もあったくらいだ。

 ご近所でも「おっかないおばあちゃん」として有名だったらしい。


 けれども、ひばりちゃんは、ひいおばあちゃんが本当はやさしい人だということを、よく知っていた。

 ある時、神社の境内にケガをして死にそうになっている猫が迷い込んできたことがあった。他の家族が助けようかどうか迷っている中、ひいおばあちゃんはすぐさま猫にって、そのまま抱えて近所の獣医じゅういまで連れて行ったのだ。


 結果として猫は一命をとりとめ、ひいおばあちゃんによくなついていた。

 全身が黒く、鼻と口、そしてむねとおなかと足の先の一部だけが白い黒白猫で、ひいおばあちゃん以外には近付こうとしなかった。

 すぐに助けてくれなかったことを根に持ったらしい。


 それに、ひいおばあちゃんは、ひばりちゃんが「ウソつき」扱いされるたびに、「なんでこの子の言うことを信じてやらないんだい!」と家族全員にお説教せっきょうもしてくれた。


「そりゃあね、大人の気を引きたくて、ウソをつく子供もいるよ? でもね、雲雀は違うだろう? この子が何かいたずらをしたことがあるかい? 物をこわしたことがあるかい? 何かをぬすんでしまったことがあるかい? ないだろう? 自分たちには視えないからって、家族であるアタシらがこの子の言うことを信じてやらないで、一体誰が信じてやるって言うんだい!?」


 すごい迫力で家族全員をしかりつけた、そんなひいおばあちゃんの姿を、ひばりちゃんは今でもよくおぼえている。

 そして、ひいおばあちゃんがひばりちゃんにしてくれたことは、それだけではない。「お化けとの付き合い方」も教えてくれた。


「アタシにもお化けは全く視えないけどね。でも、アタシの祖母が言っていたことは、よく覚えているのさ。いいかい雲雀、今から教えることを、絶対に忘れちゃいけないよ?」


 ひいおばあちゃんが教えてくれたのは、次のようなことだった。

 

『お化けが視えても、目を合わせてはいけない。声をかけてもいけない。お化けに気付かれると、付きまとわれることになる』

『お化けを視ないように気を付けていれば、段々とお化けが視えなくなっていく場合がある』

『もしお化けが視え続けたなら、力は一生消えないだろう』


「アタシの祖母には、本物のお祓いもできたらしいけどね。残念ながらアタシには、その方法は全く分からない。でも、確かこんなことを言ってたねぇ。『負けないという気持ちが大事だ』って。だからね、雲雀。アンタも、もしお化けにおそわれても、『絶対に負けない!』って気持ちを強く持ち続けるんだよ――」


 そう言って、頭をなでてくれたひいおばあちゃんの手は、とても温かかった。

 まだ幼すぎたひばりちゃんには、ひいおばあちゃんの言うことを全部理解ぜんぶりかいできたわけではなかった。忘れてしまった教えもある。

 けれども、その手のぬくもりだけは、今でもよく覚えているのだ。


 しかし、それから程なく。ひばりちゃんが幼稚園ようちえんの年中さんになった年、ひいおばあちゃんが亡くなった。

 病気びょうきらしい病気もしていなかったはずだが、ある朝、眠るように息を引き取ったのだ。おだやかな春の日のことだった。


 ひいおばあちゃんのお葬式そうしきは、神社で盛大に行われた。

 ご近所の人から遠くの人まで、沢山の人が神社へとやってきて、ひいおばあちゃんの死を悲しんでくれた。

 もちろん、ひばりちゃんもとってもとっても悲しかった。けれども、涙は出なかった。

 ――というよりも、泣いている余裕などなかった。


 ひいおばあちゃんのお葬式が行われている間中、のだ。

 理由は分からない。ひいおばあちゃんの死に引き寄せられたのか、他に原因があるのか。

 ともかく、ひばりちゃんはそのお化けたちと目を合わせないようにするのに必死で、泣くひまもなかったのだ。


(どうしよう……! ひいおばあちゃん、どうしよう! こわい、こわいよぅ!)


 それまでお化けを怖いと思ったことのなかったひばりちゃんは、そこで初めて「恐怖きょうふ」を感じた。

 人間の二倍くらいの大きさの、一つ目のハゲ頭のお化けがいた。

 全身から蛇のような触手しょくしゅをウネウネと生やした、形容けいようしがたい化け物もいた。

 二本足で歩く着物姿のキツネやタヌキもいた。

 その他にも、唐傘からかさお化けやろくろ首、二口女ふたくちおんなのような、アニメやマンガで見るような妖怪も沢山いた。


 どのお化けも、何かを探すようにお葬式の会場を歩き回っていた。

 そしてついに、ひばりちゃんと同じくらいの背丈せたけの一つ目小僧めこぞうが、ひばりちゃんの前で立ち止まった。


(……!?)


 必死に平静へいせいたもとうとするひばりちゃん。目を合わせないように、とっさにうつむいてみるが、一つ目小僧の気配けはいは消えない。

 それどころか、じぃっとひばりちゃんの様子をながめているような気配すらある。


(おねがい! このままきづかずにどこかへいって!)


 床を見つめながら、ひばりちゃんが心の中で強くいのった、その時。


『ニャオーン!』


 お葬式会場に、力強い猫の鳴き声がひびいた。

 その声に、思わずひばりちゃんが顔を上げる。すると、そこには

 ひいおばちゃんが世話をしていた、あの黒白猫だ。

 そして――。


『――っ!? ……っ!!』


 お化けたちが何やら声ならぬ声でさわぎ始めた。

 どうやら、黒白猫を恐れているようだった。


『フゥーッ!!』


 黒白猫が威嚇いかくするような声を上げる。

 するとたまらず、お化けたちは蜘蛛くもの子をらすように、我先われさきにと逃げ始めた。おどろくべき逃げ足の速さだった。

 ――そして、数十秒前のことがウソだったかのように、お葬式会場には人間だけが残った。お化けや妖怪は一匹も見当たらず、あの黒白猫もいつの間にか姿を消していた。


「どうしたの、雲雀? さっきから顔が真っ白だけど、大丈夫?」


 となりに座っていたお母さんが、珍しくひばりちゃんのことを心配して声をかけて来た。

 そのくらい、ひばりちゃんの顔色は悪かったらしい。


「……だいじょうぶよ、おかあさん。ひいおばあちゃんがしんでしまって、とってもかなしいだけだから。――ところでおかあさん、ひいおばあちゃんがかわいがっていた、あのネコちゃんをみなかった?」

「猫ちゃん? ……そう言えば、あの子を見なくなったわね。ひいおばあちゃんがいなくなったから、別のおうちを探しに旅に出ちゃったのかもね」

「そう……」


 ――どうやら、ひばりちゃんのお母さんには、先ほど姿を現した黒白猫のことは全く見えていなかったらしい。

 あれだけ大きな声で鳴いていたというのに、お母さんだけじゃなく他の人たちにも、全く気付いた様子がない。


(あのネコちゃんも、おばけになっちゃったのね……)


 一人そんなことを心の中でつぶやきながら、ひばりちゃんはそこで初めて涙をこぼした――。

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