2.ひばりちゃんは孤独だった
今から約十二年前。孔雀くんとひばりちゃんの
神社の名前は「
――けれども、
ただ一人、ひばりちゃんを
「おかーさん、あのおじさんちまみれだよ?」
「ええっ!? ……って、誰もいないじゃないの!
ひばりちゃんには、小さな頃からお化けや妖怪が
だから、度々そのことをお母さんやお父さん、おばあちゃんやおじいちゃんに伝えていたのだが――彼らはそろって、ひばりちゃんの言うことを信じようとはしなかった。
視えないのだから、信じようがなかったのだ。
ちなみに、「
読み方は同じだが、漢字で書くと何となく可愛くないこの名前を、ひばりちゃんは好きではなかった。なので、普段はひらがなで通しているらしい――。
「ほんとうにいるのに……」
とにもかくにも、ひばりちゃんは周囲の大人たちに「お化けが視える」ことを信じてもらえず、
ひばりちゃんは、そんな孔雀くんをうらやましく思い、いつしか自分から
――けれども、そんなひばりちゃんにも
ひいおばあちゃんも、お化けや妖怪が視えない人だった。しかし、ひいおばあちゃんの更におばあちゃんが「視える人」だったらしい。
だから、ひいおばあちゃんだけはひばりちゃんの言うことを、本当のことだと信じてくれたのだ。
「いいかい、雲雀。アンタのその力は、神様から
ひいおばあちゃんは、とても厳しい人だった。
ご近所でも「おっかないおばあちゃん」として有名だったらしい。
けれども、ひばりちゃんは、ひいおばあちゃんが本当は
ある時、神社の境内にケガをして死にそうになっている猫が迷い込んできたことがあった。他の家族が助けようかどうか迷っている中、ひいおばあちゃんはすぐさま猫に
結果として猫は一命をとりとめ、ひいおばあちゃんによくなついていた。
全身が黒く、鼻と口、そして
すぐに助けてくれなかったことを根に持ったらしい。
それに、ひいおばあちゃんは、ひばりちゃんが「ウソつき」扱いされるたびに、「なんでこの子の言うことを信じてやらないんだい!」と家族全員にお
「そりゃあね、大人の気を引きたくて、ウソをつく子供もいるよ? でもね、雲雀は違うだろう? この子が何かいたずらをしたことがあるかい? 物を
そして、ひいおばあちゃんがひばりちゃんにしてくれたことは、それだけではない。「お化けとの付き合い方」も教えてくれた。
「アタシにもお化けは全く視えないけどね。でも、アタシの祖母が言っていたことは、よく覚えているのさ。いいかい雲雀、今から教えることを、絶対に忘れちゃいけないよ?」
ひいおばあちゃんが教えてくれたのは、次のようなことだった。
『お化けが視えても、目を合わせてはいけない。声をかけてもいけない。お化けに気付かれると、付きまとわれることになる』
『お化けを視ないように気を付けていれば、段々とお化けが視えなくなっていく場合がある』
『もしお化けが視え続けたなら、力は一生消えないだろう』
「アタシの祖母には、本物のお祓いもできたらしいけどね。残念ながらアタシには、その方法は全く分からない。でも、確かこんなことを言ってたねぇ。『負けないという気持ちが大事だ』って。だからね、雲雀。アンタも、もしお化けに
そう言って、頭をなでてくれたひいおばあちゃんの手は、とても温かかった。
まだ幼すぎたひばりちゃんには、ひいおばあちゃんの言うことを
けれども、その手のぬくもりだけは、今でもよく覚えているのだ。
しかし、それから程なく。ひばりちゃんが
ひいおばあちゃんのお
ご近所の人から遠くの人まで、沢山の人が神社へとやってきて、ひいおばあちゃんの死を悲しんでくれた。
もちろん、ひばりちゃんもとってもとっても悲しかった。けれども、涙は出なかった。
――というよりも、泣いている余裕などなかった。
ひいおばあちゃんのお葬式が行われている間中、神社の境内にはたくさんのお化けが集まってしまっていたのだ。
理由は分からない。ひいおばあちゃんの死に引き寄せられたのか、他に原因があるのか。
ともかく、ひばりちゃんはそのお化けたちと目を合わせないようにするのに必死で、泣く
(どうしよう……! ひいおばあちゃん、どうしよう! こわい、こわいよぅ!)
それまでお化けを怖いと思ったことのなかったひばりちゃんは、そこで初めて「
人間の二倍くらいの大きさの、一つ目のハゲ頭のお化けがいた。
全身から蛇のような
二本足で歩く着物姿のキツネやタヌキもいた。
その他にも、
どのお化けも、何かを探すようにお葬式の会場を歩き回っていた。
そしてついに、ひばりちゃんと同じくらいの
(……!?)
必死に
それどころか、じぃっとひばりちゃんの様子を
(おねがい! このままきづかずにどこかへいって!)
床を見つめながら、ひばりちゃんが心の中で強く
『ニャオーン!』
お葬式会場に、力強い猫の鳴き声が
その声に、思わずひばりちゃんが顔を上げる。すると、そこには一匹の猫がいた。
ひいおばちゃんが世話をしていた、あの黒白猫だ。
そして――。
『――っ!? ……っ!!』
お化けたちが何やら声ならぬ声で
どうやら、黒白猫を恐れているようだった。
『フゥーッ!!』
黒白猫が
するとたまらず、お化けたちは
――そして、数十秒前のことがウソだったかのように、お葬式会場には人間だけが残った。お化けや妖怪は一匹も見当たらず、あの黒白猫もいつの間にか姿を消していた。
「どうしたの、雲雀? さっきから顔が真っ白だけど、大丈夫?」
そのくらい、ひばりちゃんの顔色は悪かったらしい。
「……だいじょうぶよ、おかあさん。ひいおばあちゃんがしんでしまって、とってもかなしいだけだから。――ところでおかあさん、ひいおばあちゃんがかわいがっていた、あのネコちゃんをみなかった?」
「猫ちゃん? ……そう言えば、あの子を見なくなったわね。ひいおばあちゃんがいなくなったから、別のおうちを探しに旅に出ちゃったのかもね」
「そう……」
――どうやら、ひばりちゃんのお母さんには、先ほど姿を現した黒白猫のことは全く見えていなかったらしい。
あれだけ大きな声で鳴いていたというのに、お母さんだけじゃなく他の人たちにも、全く気付いた様子がない。
(あのネコちゃんも、おばけになっちゃったのね……)
一人そんなことを心の中でつぶやきながら、ひばりちゃんはそこで初めて涙をこぼした――。
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