第四話「ひばりちゃんの思い出」

1.心ちゃんのドキドキしつもんタイム!

 まだ肌寒はださむい日が続く五月のある日。「ミステリー倶楽部くらぶ」の部室には、ひばりちゃんと心ちゃんの二人だけがいた。

 孔雀くじゃくくんは何やら「用事がある」と言って、部室にまだ来ていなかった。


 ひばりちゃんと心ちゃん、二人だけの部室はとてもしずかだ。

 心ちゃんは持ってきた温かい麦茶むぎちゃを飲みながら窓の外へ目を向け、すっかり葉っぱだけになったさくらの木をながめている。

 一方のひばりちゃんは、ひざに乗せたクロウさんを右手でなでながら、左手に何かの文庫本ぶんこぼんを持って、読書にいそしんでいるようだった。


「……ヒマですね~」

「そう? 私はゆっくりできて、うれしいけど」


 ヒマそうにあくびをしている心ちゃんと違って、ひばりちゃんは「何ごともない」今の状況を楽しんでいるようだった。

 ――ミステリー倶楽部への依頼いらいは、案外あんがいと多い。週に二、三人は依頼主がやってくる。

 そのほとんどは、本物の「怪奇現象かいきげんしょう」ではなく、誰かのいたずらやカン違いだったりする。それでも、実際に調べてみるまでは、本物の「怪奇現象」なのか偽物にせものなのかは分からない。

 結局、部員たちは週のほとんどを相談事の調査ちょうさついやすはめになっていた。


 だから、久しぶりに何もない放課後ほうかごがやって来て、ひばりちゃんは心底ほっとしていたのだ。

 いくらタフなひばりちゃんだって、たまには休みが欲しいのだ。

 けれども、心ちゃんはそうではないようだった。


「ねぇねぇ、ひばりちゃん~。せっかくだから何かお話しましょうよ~。ほら、がーるずとーく? ってやつ!」


 心ちゃんは、何が何でもひばりちゃんと「おしゃべり」がしたいようだった。

 その様子を見て、ひばりちゃんが大きなため息をつく。ひばりちゃんは心ちゃんのことがきらいではない――どころかむしろ好きだったが、そもそも「おしゃべり」自体があまり得意ではなかった。

 お化けや妖怪のことならば、いくらでも話せるのだが。


 すると、そんなひばりちゃんの心中を知ってか知らずか、心ちゃんがこんなことを聞いてきた。


「あ、そうだ! ねぇねぇ、ひばりちゃんはいつからお化けがえていたんですか? やっぱり、小さな頃から?」

「……そうね。物心ものごころついた頃から、もう視えていたわね」

「ものごころ、ってなんですか?」

「……小さな頃、幼稚園ようちえんに上がる頃には、もうはっきり視えていたわ」

「あ、じゃあ私と同じくらいですねぇ~!」


 ひばりちゃんが自分と同じくらい小さな頃からお化けが視えていたのがうれしかったのか、はたまた「物心」という言葉の意味が分からないことをさっして言いかえてくれたのが嬉しかったのか、心ちゃんは大はしゃぎした。

 ――ちなみに、「物心がつく」というのは、『世の中の色々な物事ものごとが分かるようになってきた』というような意味である。


「え~と、それじゃあ次は……そうだ! クロウさんとはいつから一緒にいるんですか? やっぱり、生まれた頃から?」

「クロウさんとは、幼稚園の年長……いいえ、幼稚園に上がる前からの仲ね。もっとも、クロウさんは

「いなかった時期がある……? どういうことですか? クロウさんに何があったんですか? ひばりちゃんってどんな幼稚園児だったんですか? 孔雀くんは? 気になる気になる気になる~!」


 興味津々きょうみしんしんといった感じの心ちゃんの様子に、ひばりちゃんは「しまった」と思った。

 心ちゃんは好奇心こうきしんのモンスターだ。ひとたび興味きょうみに火が付けば、もう話して聞かせるまで止まらない。


「そんなに面白い話では、ないのだけれど」


 観念かんねんしたひばりちゃんは再びため息をつきながら、自分の幼い頃、そしてクロウさんと出会った頃の話を、心ちゃんに聞かせ始めた。

 とある孤独こどくな少女の、わかれと出会であいの物語を――。

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