7.マボロシの蛍

 更に翌日の放課後。

 「ミステリー倶楽部」の部室には、孔雀くんたち三人に加え、依頼人いらいにん坂城さかきくんの姿があった。坂城くんに「ウソの真相」を伝えるために、孔雀くんが呼んだのだ。


「ででっ!? 『火の玉』の正体は分かったんだよな、孔雀!」

「……もちろんさ。だからこそ、こうして君を呼んだんだ」


 そう言って、満面まんめんの笑みを浮かべる孔雀くん。

 不敵ふてきさなど少しも感じさせないその笑顔は、「いい人」そのものだ。とてもこれから、「ウソ」で他人をだまそうとしている人間の表情には見えないだろう。


「でででっ!? 正体はなんだったんだよ!?」

「ああ。君が見た『火の玉』正体、それは――」

「それは?」

「『火の玉』じゃなくてほたるだったよ」

「ホ、ホタルぅ!? ホタルって、あの、光る虫の?」


 びっくりする坂城くんに、孔雀くんが真剣な顔でうなずく――が、これはもちろん大ウソだ。

 実際じっさいには、坂城くんが見た『火の玉』の正体はタバコの火だった。けれども、それを坂城くんに伝えると色々と問題を起こしそうなので、絶対ぜったいに教えるわけにはいかない。

 全ては、孔雀くんがいかに上手にウソをつくかにかかっていた。


「ああ、あの蛍だ。雑木林の中に小川が流れているのは、坂城くんも知ってるよね?」

「おう! 中に入って遊んだこともあるぞ!」

「……だったら、これからは中に入るのは止めておいた方がいい。蛍はね、キレイな水場にしかめないんだ。あの小川は、今はとってもキレイな状態じょうたいなんだね。だから、どこかから蛍が引っ越してきたんだよ。――でも、もし小川が汚れたりしたら、蛍も全滅ぜんめつするかもしれない」

「ぜん、めつ……? 死ぬってことか!?」

「うん、そうだね。みんな死んでしまう」


 孔雀くんの言葉に、ショックを受ける坂城くん。

 彼は問題児もんだいじではあるが、心優こころやさしい部分もあるのだ……というか、単純なのだ。

 ――だがしかし。


「……あれ? ホタルの光ってオレンジじゃなくてキミドリじゃなかったっけか? 前に近くの川で見た時は、キミドリだったような」

「――っ」


 坂城くんには、妙にするどい所もあった。

 外で遊んでばかりいるからか、生き物にくわしかったりもするのだ。

 孔雀くんも思わず言葉につまる――が。


「そうだね。普通の蛍の光は確かに黄緑色だ。でもね、坂城くん。実は、蛍は環境かんきょうによって光の色が変わるんだよ。もちろん、オレンジ色に光ることもある」

「えっ!? そうなのか……知らなかった……」


 孔雀くんは頭がよく回る上に、勉強家べんきょうかだ。

 とっさに、以前に聞き知った「蛍の光は一色だけではない」という情報じょうほう記憶きおくの中から引き出して、披露ひろうしてみせた。

 この頭の回転の速さと知識量ちしきりょうゆえに、孔雀くんは今までも「ウソの真相」を沢山の人たちに信じ込ませてこれたのだ。


「それでね、坂城くん。実は一つ、頼みがあるんだ。……君を男と見込んで!」

「っ!? な、なんだなんだ!? おう、言ってみろよ! 俺がドーンと聞いてやるよ!」


 孔雀くんはここが勝負所と判断し、坂城くんをおだてて調子に乗らせながら、一気にたたみかける。


「さっきも言ったけど、蛍はキレイな水場にしか棲めないんだ。だから、あの小川にはできるだけ人が近寄らない方がいいんだよ。環境を悪くしてしまうからね。もちろん、坂城くんは分かっていると思うけど……」

「お、おおっ!? も、もちろんだぜ! これからは小川に入ったり、用もないのに近寄ったりはしないぞ!」


 おそらく「後で蛍がいるか見に行こう」とでも思っていたのだろう。孔雀くんの言葉に、坂城くんは少しあわてたようだった。

 ――。坂城くんは見栄っ張りなので、ああいう言い方をすれば蛍を見に行こうとは思わないだろう、と考えたのだ。


「うん、坂城くんが絶対にそんなことしないのは、分かってる。でも、。もし、あの小川に蛍がいることを知ったら……どうなると思う?」

「えっ? そりゃあ……ホタルがいるかどうか、見に行く……?」

「うん。多分、少なくない数の人たちが物珍しさであの小川に足を運ぶと思うんだ。そうすると、川の水質は今よりもだいぶ悪くなるはずだ。蛍も全滅してしまう――だからさ、坂城くん。この真実は、?」


 『僕らだけの秘密』――その言葉が決め手になった。

 坂城くんは実に男らしい顔になると、「男と男の約束だ! ぜったいにひみつにするから!」と宣言せんげんして、部室を元気よく飛び出していった。

 坂城くんのような男の子は、「自分たちだけしか知らない秘密」というシチュエーションにえてしまう生き物なのだ。


「……坂城のやつ、約束を守ると思う?」

「半々ってところかな? 小川には行かないと思うけど、仲の良い友達とかには『ここだけの話だぞ』って、蛍の話をするかもしれない。後は、その友達が小川を荒らすようなバカ者じゃないことをねがうばかりだね」


 ひばりちゃんは、あからさまに坂城くんのことを信じていないようだった。

 けれども孔雀くんは、坂城くんのことを少しだけ信じてみることにした。


「ん~、大丈夫でしょうか~?」

「まあ、こちらでできることはかぎられてるからね。後は見守るしかないよ。……でも、そうだね。もう少し、こちらでも保険ほけんをかけておこうか」


 心配顔でつぶやく心ちゃんに、孔雀くんが答える。


「ほけん?」

「うん。タバコを吸っていた先生たちに、この件を話しておくのさ。とりあえず、雑木林の中でタバコを吸い続けるなら、校庭から見えないようにもう少し工夫してもらいたいところだしね」

「あ~。どの先生がタバコを吸ってたのかは、分かってるんですか~?」

「そこは抜かりなく。――さて、ぜんは急げだ。僕は職員室に行ってくるから、二人は部室で待ってて? ……今日は、一緒に帰ろう」


 その後、孔雀くんはタバコを吸っていた先生たちをこっそりと集め、坂城くんに伝えた「ウソの真相」のことや、雑木林の中の光が校庭から丸見えであることを話した。

 先生たちはたいそうおどろいた上に、形としては孔雀くんにタバコの件をだまってもらったことになるので、彼に頭が上がらなくなったのだとか。


 こうして、「火の玉」事件は一件落着いっけんらくちゃくした――かに見えた。が、最後にとんでもないオチが待っていた。


 坂城くんは予想通り、仲の良い友達の何人かに「秘密」をもらしてしまっていた。

 けれども、その友達も小川を荒らすようなことはしなかった。その代わりに、日が暮れた校庭に忍び込んで、蛍がいるかどうかちょくちょく見に来るようになってしまった。

 その結果、何が起こったかと言うと――。


   ***


「この展開てんかい予想外よそうがいだわ」

「ですねぇ~」

面目めんぼくない。僕には全く見えないのが、また、申し訳ない……」


 坂城くんに「ウソの真相」を伝えてから、数週間後。夜の雑木林には、信じられない光景が広がっていた。

 そこかしこにオレンジ色の光――蛍の光が飛び交っていたのだ。

 けれども、その光はひばりちゃんと心ちゃんにしか見えない。孔雀くんには全く見えなかった。


「まさか、孔雀のウソがきっかけで……予想外だわ」


 そう。ひばりちゃんの言葉通り、この蛍は妖怪――霊力のある人間にしか見えない、まぼろしのような存在だった。


 坂城くんと彼から蛍の話を聞いた仲間たちは、「蛍が見たいな」と毎晩のように雑木林の前に通った。

 彼らにとって、蛍の存在は「本当のこと」だ。だから、いつか見れるだろうと何日も何日も通い続けた。

 そんな彼らの「蛍はいる」というおもいが通じてしまったのか、「妖怪の蛍」が生まれてしまったのだ。「トイレの花子さん」と同じ、「本当はいないもの」だ。


 もちろん、大きなうわさではないので、蛍は「実体」を持つほど強力ではない。その姿は、ひばりちゃんや心ちゃんのように霊力れいりょくを持つ人間にしか見えない。

 人間に害を及ぼすほど強い妖怪ではないし、蛍のウワサが収まって行けば、自然に消えていくはかない存在ではあるのだが――。


「それにしてもキレイですね~。本物の蛍じゃないと分かっていても、キレイはキレイです!」

「まあ、そもそも夜の校庭に忍び込むような不良は少ないし、この妖怪蛍がこれ以上強くなることはないでしょうね。せっかくだから、今は楽しみましょうか?」

「……僕には視えないけどね?」


 仲間外れにされたことで、めずらしく少ししょんぼりとする孔雀くん。

 そもそも、夜の校庭に入る許可きょかを先生たちにもらったのも彼なのだ。その自分だけが蛍を見られないことを、心底残念に思ったようだった。


(ま、ひばりと心ちゃんが楽しんでるようだから、いいか)


 幻の蛍を前に笑顔を浮かべる二人の姿をながめながら、孔雀くんも静かに笑うのだった――。



第三話「校庭の隅っこには火の玉が出るらしい」おしまい

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