6.火の玉の正体見たり

 翌日。ひばりちゃんと心ちゃんの二人は、放課後に職員室しょくいんしつへと呼び出され、昨晩の事件について先生たちに質問ぜめされることになった。

 中には「被害者ひがいしゃ」であるはずのひばりちゃんたちを、「油断ゆだんがあった」などと言ってしかり始める教師もいた。特に、体育の伏見ふしみ先生がひどかった。


 けれども、伏見先生たち心ない教師は、校長先生と教頭先生にしこたま怒られていたので、ひばりちゃんも心ちゃんも嫌な気持ちにならずに済んでいた――。


「おつかれさま。大変だったね、二人とも」


 職員室での聞き取りが終わり「ミステリー倶楽部くらぶ」の部室に向かうと、室内では孔雀くんが一人でヒマを持て余していた。


他人事ひとごとだと思って。気楽なものね、孔雀」

「とんでもない! 我が最愛さいあいの妹と可憐かれんなる後輩こうはいが、野獣やじゅうのごとき男どもに怖い目にあわされたと知った時は、僕の胸ははりさけそうだったよ! ――それに、きちんとしておいたんだろう?」

「まあね。……それより孔雀。例の『火の玉』の件は何か分かったの? 私たちを危ない目にあわせてまで成果せいかゼロだったら――」


 いつになく軽い調子の孔雀くんにイラついたのか、ひばりちゃんの声は少しドスがいていた。

 けれども、そんなひばりちゃんを前にしても、孔雀くんはマイペースのままで、こう答えた。


「もちろん! 謎は全て解けたよ!」


   ***


 三人は再び、「火の玉」が目撃もくげきされたという雑木林の前までやってきた。

 職員室での聞き取りに時間がかかったため、すでに日は大きく傾き、空がオレンジ色に染まり始めている。


「で? 『火の玉』の正体は何だったんですか~?」


 目を輝かせながら、心ちゃんがたずねる。

 お化けや妖怪の仕業でないのなら、何かもっとすごい秘密が隠されていたのでは? と、ワクワクしているらしい。

 けれども――。


「残念ながら、心ちゃんを満足させられるほど、面白い正体じゃなかったよ。さて、ちょっとまた僕一人で雑木林の中に入るから、二人はここで待っててくれるかい?」


 孔雀くんは苦笑いしながらそう言うと、昨日と同じように木々をかき分けて雑木林の中へと入って行った。

 すぐに、孔雀くんの姿は二人からは見えなくなる。


「二人とも~、僕の姿が見えるかい?」

「……木がジャマでまったく見えないわね。心ちゃんは?」

「ん~、あたしも見えませんねぇ~」


 二人の言葉通り、校庭側からは孔雀くんの姿は全く見えない。

 木々がジャマだし、何より雑木林の中がとても薄暗いためだ。


「よし、じゃあこれならどうかな?」


 そう孔雀くんが言った瞬間、雑木林の中からまばゆい光がひばりちゃんと心ちゃんの目に飛び込んできた!


「わっ!? まぶし!!」

「ちょっと孔雀。それはかしら? あまり目に良いものじゃないから、直接見せないでほしいのだけど……」

「ああ、ごめんごめん。もっと弱い光源こうげんを用意すべきだったね……」


 言いながら、雑木林の中から姿を現す孔雀くん。

 その手には、ライトがオンになったスマホを持っていた。


「今見てもらった通り、この雑木林は中に誰かいても、校庭側からだとほとんど分からない。けど、まだ夕方の、完全な暗闇くらやみじゃない状態でも、雑木林の中の光は、かなりはっきり見えるんだ」

「たしかに。木々の間から光が『もれてきた』というよりは、はっきりと光源そのものが見えた感じね」


 ひばりちゃんの言葉に、孔雀くんがうなずく。

 実際じっさい、ひばりちゃんは雑木林からさした光が「スマホのライト」ということに、すぐに気付いていた。


「うん。木々は、一見すると雑木林の中を完全におおかくしているように見えるけど、実際にはかなり隙間すきまがある。もし周囲が真っ暗なら、雑木林の中のとても弱い光であっても、校庭側から見えるはずなんだ――というか、昨日実際に見たんだけどね」

「……どういうこと? 結論けつろんから言いなさいな、孔雀」


 孔雀くんのもってまわった言い方に、ひばりちゃんが少しイラっとする。

 どうやら昨晩の件をまだ根に持っているらしかった。


「……そうだね。あまり面白い答えでもないし、はっきり言おう。ひばり、心ちゃん。坂城さかきくんたちが見た『火の玉』の正体はね、だったんだ」

「……タバコの火、ですか~? でも、タバコの火じゃあ『火の玉』というほど大きくないような気が~?」

「うん、僕もそう思うよ。でも、坂城くんはこう言っていたんだ。『林の中に、チラチラ小さな光が見えて、動いてた』って」


 ――そう。目撃者もくげきしゃの坂城くんは、「火の玉を見た」と大騒ぎしていたけれども、実際に見たのは「小さな光」だった。

 坂城くんという男の子は、いつもこのように大げさに話をるのだ。だから、先生たちから信用がない。


「坂城くんは『オレンジ色』とも言っていた。つまり、彼が見たのは『火の玉』というより『オレンジ色の小さな光』と言った方が正確なんだ――そして、僕は昨晩、それと同じものをここで見た」

「それがタバコの火だった、と? 一体誰が、こんな所でタバコなんて吸っていたのよ」

さいわいにして、不審者ふしんしゃではなかったよ。タバコを吸っていたのはね、

「ええっ!? 先生たちが? なんでわざわざこんな場所で~?」


 思わず心ちゃんが驚きの声を上げる。

 先生たちが、夜になってから雑木林の中に分け入ってタバコを吸う――あまりにも不気味すぎる光景だ。

 何か深い理由があるのだろうか? と思ったが、その答えは孔雀くんが知っていた。


「ほら、何年か前にさ、市内の小学校が全面禁煙ぜんめんきんえんになったじゃないか。前は、職員室の近くに喫煙室きつえんしつがあったけど、今はないだろう?」

「ああ~、そう言えば~。前は職員室に来るとちょっとタバコ臭かったですけど、最近は臭いしませんしねぇ~」


 数年前、法律ほうりつが改正されて、小学校や中学校などの公共施設こうきょうしせつの中で、タバコを吸うことが禁止された。

 それにともなって、西小学校内の灰皿も撤去てっきょされていた。


「……なるほどね。それで、タバコを吸う場所をうばわれた一部の先生方が、ガマンできずに雑木林に隠れてタバコを吸っていた、というわけね?」

「その通り! 雑木林の中なら、校舎までけむりも臭いも届かないしね。先生方も気をつけているのか、雑木林の中には吸いがらはおろか、灰だってろくに落ちてなかったよ。小川があるから、火事になる心配も少ないしね」

「はぁ~、なるほど~。『住宅街のほたる』ならぬ、『西小学校の蛍』ですね~」


 先日ひばりちゃんから聞いた、「家の中でタバコを吸えなくなったおじさんたちが、庭に出てタバコを吸う光が蛍みたいに見える」という話を思い出しながら、心ちゃんが感心したようにつぶやく。

 そんな彼女の反応に、孔雀くんとひばりちゃんは思わず顔を見合わせ、軽く吹き出してしまった。


「ふふっ。蛍と違って、キレイでもなんでもないけれどね? ――で、孔雀。どうするの? 坂城くんには、ありのままを報告ほうこくするの?」

「……そこなんだけど。坂城くんにそのままを伝えたら、きっと大騒おおさわぎすると思うんだよね。下手をすると、誰か先生が処分されてしまうかもしれない。隠れてタバコを吸ってたこと自体は、悪いことだしね。でも――」

「『先生たちが不利益ふりえきをこうむるような事態じたいけたい』、かしら?」

「……うん」


 はっきり言って、坂城くんは問題児もんだいじだ。

 もし、雑木林の中で先生たちが隠れてタバコを吸っていたと知れば、それを大声で周囲に広めるばかりか、余計な尾ひれまで付けかねない。

 最悪の場合、タバコを吸っていた先生だけじゃなく、校長先生や教頭先生まで羽目になるかもしれなかった。先生たちの立場というのは、案外あんがい弱いのだ。


「だから、坂城くんにはウソの真相を伝えようと思うんだ。二人はどう思う?」

「いいんじゃないかしら? あの坂城くんに本当のことを伝えたところで、誰も得をしないわ」

「あ、あたしもさんせいです~!」


 こうして、孔雀くんたちミステリー倶楽部の三人は、坂城くんに「ウソ」の真相を伝えることにした。

 いつものように、「お化けや妖怪などいない」と思わせるためのウソではなく、誰かを守るためのウソだ。

 けれども、まさかそれがになるだなんて、この時の三人は思いもしなかった――。

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