5.来なかったヒーロー
――つまり、こういうことらしい。
クロウさんは、「
猫又になった猫は、普通の人間には姿が見えなくなるし、声も聞こえなくなってしまう。
更に一部の猫又は、人間に化けることができるのだとか。そして、人間に化けている間は普通の人にも、その姿見えるようになるとかなんとか……。
「じゃ、じゃあ、さっきの大きな男の人は、本当にクロウさんなんですか~?」
『だから何度もそう言っているでしょう。まあ、にわかには信じられないでしょうけど』
それはそうだろう。
クロウさんは妖怪とは言え、その姿はとても愛らしい猫だ。しぐさや声もとても
それが人間の姿になると、あんなにゴツイ大男になるのだと言われては……今度からナデにくくなってしまう。
――とはいえ。
(可愛くはなかったけど、人間の姿のクロウさん、結構カッコよかったかも……)
ピンチを助けられたこともあって、人間の姿になったクロウさんへの心ちゃんの
顔にハデな
「そう言えば、人間の言葉でお話もしてましたよね、クロウさん。普段から人間の姿でいれば、おしゃべりできるのに~」
『……それは少しむずかしいわね』
「えっ? なんでですか~?」
『人間に化けるには、それなりの
「ええっ~!?」
さすがにクロウさんが消えてしまうのは困る。
しかし、そうなると人間の姿になるのはクロウさんにとっても
けれども――。
『と言っても、さっきは私が霊力を
そう言えば、先ほどひばりちゃんは『少しチカラを使い過ぎた』『クロウさんはツヤツヤしている」と言っていた。
どうやら、自分たちを助けるためにクロウさんが無理をしたわけではないらしい。その代わりに、ひばりちゃんが疲れ切っているので、やはり心ちゃんの中の心配は消えないのだが。
『せめてパトカーがもっと早く来ていれば、クロウさんが変身する必要も無かったのに』――そう思ってから、心ちゃんの頭にある
「あれ? そう言えばさっきのパトカー、誰が呼んだんですかね? パトロールだったら、サイレンなんて鳴らして走らないでしょうし~」
『……さあ。どこかのおせっかいが、
「おせっかい~?」
心ちゃんには、ひばりちゃんが何を言っているのかよく分からなかった。
けれどもなぜか、「おせっかい」という言葉を聞いて孔雀くんの顔が浮かんだ。理由は心ちゃん自身にも、まったく分からなかったが。
二人はその後、とりとめもないおしゃべりをしてから、その夜の通話を終えた――。
***
その日の深夜、
何をするでもなく
――と。
「子供はもう寝る時間だぞ、
そんな孔雀くんに、背後から声をかける者があった。やや
孔雀くんがその声に振り返る。そこには、金色の目を
「やあ、あなたが姿を見せてくれるなんて、久しぶりだね」
「お前も知っての通り、霊力を持たぬ人間に姿をさらし、こうやって会話するのは俺にとっても
しゃべりながら、ヒョイッと孔雀くんの腰かけるベンチの上に飛び乗るクロウさん。
クロウさんは、そのまま「おすわり」の姿勢をとると、自らも星空を見上げ始めた。
――そう。人間の姿にならずとも、クロウさんは少しの間なら、霊力を持たぬ人に自分の姿を見せることも、こうやって会話することもできる。
けれども、めったにやることはない。今しがたクロウさん自身が言った通り、これには大量の霊力が必要となる。霊力を使い過ぎれば、最悪クロウさんは
「で? リスクをおかしてまで、僕とお話してくれる理由はなんですか? ただのおしゃべりというわけでもないでしょう?」
「――とぼけるな、坊。先ほどのことだ。お前、お嬢たちがチカン男どもに
「……バレてましたか」
クロウさんの言葉を、あっさり認める孔雀くん。
実はクロウさんの言う通り、ひばりちゃんたちがチカンに声をかけられた時、すでに孔雀くんは近くにいたのだ。
「俺の耳にはお前の足音がしっかり聞こえていたし、お前がスマートフォンをいじった時の光も見えていた。人間たちは誰も気付かなかったようだがな。――で、
「……相手は僕よりも大柄な男二人でしたからね。一人だったら遅れをとるつもりはありませんが、女の子二人を守りながら、大の男二人を相手にするのは少々危険です。だから、ひばりたちの姿を見失わないよう
――あの時、孔雀くんはやや離れた
だから、あの時のパトカーは孔雀くんが呼んだことになる。
「……ならば、警察に通報した後にでも、すぐに飛び出せばよかったものを。見たであろう? 心お嬢のあの
「そりゃあ、すぐにでも助けてあげたかったですけどね。でも、あの手の連中はナイフを持ち歩いていることも多いんですよ。僕が出て行って、下手に
――事実、孔雀くんもクロウさんも知らぬことではあるが、あのチカン男のメガネの方は、ポケットに折りたたみナイフを
孔雀くんの
「それに……いざとなれば、クロウさんが助けてくれたのでしょう? たとえ、ひばりが命じなくても」
「ふん、言うまでもない。お嬢を危険にさらす者は、人間だろうが妖怪だろうが、俺が
そこでクロウさんは、初めて孔雀くんのことを「坊」ではなく名前を呼んで、こう言った。
「お嬢はな、それでもお前に助けてもらいたかったのだと思うぞ? たとえ自力で何とかできるとしても、だ。お嬢にとってお前は、『ヒーロー』なのだからな。……話は以上だ」
それだけ言い残すと、クロウさんはかき消すようにいなくなった。
おそらく、普段通り「普通の人間には視えない」
再び独りになった孔雀くんは、また星空を見上げた。
「……クロウさん、僕はヒーローなんかじゃないよ。本当のヒーローというのは、ひばりみたいなやつのことを言うんだ。人知れず誰かを守り助けている、あんなやつのことを、さ。
うん、でも、まだ僕がひばりにしてあげられることがあるのなら、できるだけするつもりではいるんだよ。僕はひばりの兄だからね。――いずれ僕らが一緒にいられなくなる、その日までは、ね」
その言葉は、果たしてクロウさんに届いたのかどうか。
妹を大切に思う兄として――自分が
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