4.大男の正体

 心ちゃんの目の前で、信じがたい光景こうけいり広げられていた。


「ヒッ!?」

「は、はなせよぅ!!」


 突如とつじょとして現れた大男は、ひるんだチカン二人のえり首を、右手と左手でそれぞれむんずとつかむと、そのままちゅうり上げてしまったのだ。

 大の男を、片手でそれぞれ吊り上げていることになる。すごい力だった。

 チカンたちはジタバタとあばれるが、大男のうではびくともしない。


 心ちゃんは、そこで初めて後ろから来ていたチカン男の顔を見た。

 前にいた方とはちがい、かみの毛は黒くキレイに切りそろえていて、メガネをかけている。一見すると「どこかの優等生ゆうとうせい」という感じだ。

 服装ふくそうもふつうのジーンズと白いシャツで、昼間見かけても「怪しい」印象は受けないだろう。


 けれども、このチカンメガネ男は先ほど、心ちゃんとひばりちゃんが小学生と知って息を荒くしていた。中身はとんでもないヘンタイなのだ。

 「きもちわるい」――心ちゃんは心底しんそこそう思った。


「はい、そのまま持ち上げておいてね? ええと……パシャっと」


 そんな心ちゃんをよそに、ひばりちゃんはスマホをかまえて、大男に吊り上げられたチカン二人の写真しゃしんっていた。

 チカンの証拠しょうこにするのだろうか。


「お、おい! よせ! 撮るな!」

「た、たのむよぉ……警察けいさつだけは、かんべんしてくれよぉ……」


 メガネ男の方はまだジタバタして、写真を撮るひばりちゃんにくってかかろうとしている。もちろん、びくともしない。

 一方、茶髪アロハ男の方は、すでに涙目なみだめになっていた。見た目はこちらの方が強そうなのに、どうやら気弱らしい。


「……そう言えば、先日となりの市で女の子をねらった二人組のチカンが出たのよね」

「あっ!? あたしも聞きました! たしか……公園こうえんに連れ込まれて体中べたべた触られたけど、なんとか逃げ出した……とか。あれ、犯人はつかまってないですよね? もしかして、この人たちが?」


 ひばりちゃんと心ちゃんの言葉に、チカン男たちがビクッと体をふるわせた。

 どうも図星ずぼしらしかった。


「どうやら、チカンは初めてというわけじゃなさそうね。――じゃあ、ゆるすわけにはいかないわ。いいわ、やってしまいなさい

「……クロウさん?」


 ひばりちゃんの言葉に、首をかしげる心ちゃん。

 そう言えば、先ほどからクロウさんの姿すがたが見えない。一体どこへ行ったのだろうか――そう心ちゃんが思った、その時。


「あがっ!? あがががががががががっ!?」

「ンゴォ!? オオオオオオオオオオッ!?」


 チカン男たちが、突然とつぜんくるしみだし、みっともないうめき声をあげ始めた。

 見れば、二人は全身をプルプルとふるわせて、けいれんしているようだった。


 そして心ちゃんは見た。

 何か青白い光のようなものがチカン男たちの体から出て、大男の手の中へと吸い込まれていくのを。


「え、ええっ!? な、なんですか、これ?」

「こいつらが二度と悪さをできないように、生気せいきを吸い上げているのよ」

「せ、生気?」

「分かりやすく言えば、生命せいめいエネルギーね。人間が生きていく上で必要ひつような、気力とか元気とか、そういったもの。こいつらには、当分の間フヌケになってもらうわ」


 冷たい怒りのこもった声で、ひばりちゃんがてる。

 心ちゃんは、ちょっとだけひばりちゃんのことが怖く見えた――。


   ***


 やがて、「生気」とやらを吸い尽くしたのか、チカン男二人はピクリとも動かなくなってしまった。

 「もしや死んだのでは?」と、少しだけ心配になった心ちゃんだったが、どうやら二人とも息はしているようだ。


「おじょう、こいつらどうする?」

がけの下にでもすわらせときなさい。さすがに、道端みちばたころがしたら車がひいてしまうかもしれないから――ひいた人がかわいそうだわ」


 大男の問いかけに、ひばりちゃんが苦笑にがわらいしながら答える。

 それにしたがって、大男はようやくチカン男二人を地面に下ろし、崖に立てかけるように座らせた。

 ――と、その時。


「……あれ? パトカーのサイレンの音……? こっちに近付いてきてませんか~?」


 心ちゃんの耳に、パトカーのサイレンの音が聞こえて来た。しかも、明らかに近づいてきている。


「どこかのおせっかいが呼んだのでしょう。丁度いいわ、このバカ二人は警察に連れていってもらいましょう。――ああ、話は私がするから、心ちゃんは『怖くて震えているかわいそうな女の子』の振りをしてくれるかしら?」

「は、はい~!?」


 心ちゃんがすっとんきょうな声をあげるのと、パトカーが姿を見せたのとは、ほとんど同時だった。

 そして、なぞの大男の姿はいつの間にか消えていた――。


   ***


 結局、チカン男二人はそのまま警察に連行されていった。

 ひばりちゃんと心ちゃんも、いわゆる「事情聴取じじょうちょうしゅ」受けたが、予告した通り、ほとんどひばりちゃんが一人で話していた。


『この男二人が、いやらしい言葉をつぶやきながらこちらに近付いてきた。体をさわられそうになったけど、チカンたちは途中で奇声きせいをあげて、地面に座り込んでしまった――』


 それが、ひばりちゃんがでっち上げた「事件」の内容だった。

 警察官はその話を疑わず、そのまま「心ここにあらず」と言った状態じょうたいのチカン男二人をパトカーに乗せると、もう一台パトカーを呼んで、ひばりちゃんと心ちゃんを家まで送ってくれた。


 心ちゃんの両親はたいそう心配してくれたが――果たして、ひばりちゃんの家ではどうだったのか?

 少し気になったので、心ちゃんはご飯を済ませてからひばりちゃんに電話してみることにした。いつの間にかいなくなった、あの大男のことも気になった。


「あ、もしもしひばりちゃん~?」

『……なぁに? こんな時間に』

「あ、ごめんなさい~。もしかして、もうてた?」

『まさか。まだ九時前よ? ちょっとつかれて、横になっていただけよ……』


 そう言えば、電話の向こうのひばりちゃんの声は、どこかお疲れ気味なようだった。

 あんなことがあったので、さすがのひばりちゃんも気疲れしているのだろうか。


『少しチカラを使い過ぎたからね……。クロウさんはツヤツヤしているけれど』

「クロウさん? クロウさんがどうかしたの~? そう言えばさっき、途中とちゅうでいなくなってたけど~」

『……? 心ちゃん、何を言って――ああ、そうか。ごめんなさい。心ちゃんには、まだ話してなかったわね』

「話してなかったって……何をですか~?」


 ひばりちゃんが何やらあやまってきたが、心ちゃんには全く心当たりが無い。

 一体何を「言っていなかった」のだろうか。


『さっきのね、大きな男の人、いたでしょう?』

「あ、はい! ひばりちゃん、あれ、誰なんですか!? 突然現れて、突然いなくなって! 助けてもらったお礼も言ってないんですけど~」

『お礼なら、今度会った時にナデナデしてあげれば十分よ』

「ナ、ナデナデ!?」


 心ちゃんは、自分があの大男の頭を「ナデナデ」している場面を想像そうぞうして、何だかいたたまれない気持ちになった。

 上手く言えないが、あまりにもおかしな光景だ。


『ええ、

「……クロウさんを? なんで、また。いや、言われなくてもナデますけど~?」

『だからね……

「へぇ~、あの人もクロウさんって言うんですか。面白い偶然ぐうぜん……えっ、え~と、今何て?」

『だから、助けてくれたあの男の人は、クロウさんなの」

「えっ、ええええええええええええええええっ!?」


 夜の住宅地に、心ちゃんのおどろきの声がひびいた――。

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