3.暗い夜道は気をつけて

 ひばりちゃんと心ちゃんは下校のにあった。孔雀くんが「もう少し調しらべることがある」と言って学校にのこったので、二人だけだ。

 日はだいぶかたむいてしまい、あたりはすで薄暗うすぐらい。

 たよりない夕日のオレンジ色と街灯がいとうの明かりだけを頼りに、二人は人通りの少ない道を歩いていた。


 鎌倉西小学校は、郊外こうがいの住宅地のただ中にある。

 観光地として有名な鎌倉だが、にぎやかなのは駅や海の周りだけだ。郊外にはお店などは少なく、普段ふだんの人通りもやはり少ない。登下校の時間帯や、はたらいている人たちが帰宅きたくする時間帯じかんたいならばそこそこ人もいるのだけれども、今はほとんどいない。


 おまけに、ひばりちゃんや心ちゃんの家があるのは、学校からはかなりはなれた区画くかくだった。他の児童よりも、多く歩かなければならない。

 途中とちゅうには、周りに家もない、住人以外じゅうにんいがいはほとんど通らないような「裏道うらみち」みたいな場所もある。できれば日がれてから女の子だけで歩くようなことは、したくない道だ。


「孔雀くん、『調べることがある』とか言ってたけど、何を調べるんでしょうね~?」

「……さあ。あいつの考えていることは、時々分からないわ」


 毎日の登下校の中で通っている道とはいえ、日が暮れてしまうと不気味ぶきみに見えてくるもの。

 心ちゃんは、その不気味さをごまかすためにひばりちゃんに話しかけたが、そこは無口むくち彼女かのじょのこと。二言三言しか返ってこないので、すぐに会話が途切とぎれてしまった。

 普段ふだんならば、ムダによくしゃべる孔雀くんが一緒なので、話が途切れることの方が少ないのだが。


 そうこうしている内に、二人は一番「不気味」な道にかってしまった。

 片側かたがわに高いがけがそびえ立つ、町内で一番怖い道だ。なぜか街灯の数も少ない上に家もまばらなので、とても薄暗い。

 普通の子供なら「なんだかお化けが出そう」とこわがるところだろうが、心ちゃんはちがった。何せ、彼女はお化けなんて見慣みなれているのだ。出る時は出るし、出ない時は出ないものとり切っている。

 それに、クロウさんが今もひばりちゃんのとなりを歩いている。お化けが出ても、クロウさんがやっつけてくれるはずだ。


 心ちゃんが怖がっているのは、

 そう、たとえば――。


「ねぇねぇ君たちぃ~。今帰り?」


 不意ふいに、後ろからそんな男の声が聞こえた。

 途端とたん、ひばりちゃんが心ちゃんの手をつかみ、少し早足になる。「かずに歩け」ということらしい。

 けれども――。


「ねぇねぇ、ちょっと無視むししないでよ?」


 今度は目の前にわかい男がいきなりあらわれた。どうやら、くらがりの中にかくれていたらしく、まったく気付かなかった。

 仕方しかたなく、ひばりちゃんと心ちゃんは足を止める。二人の背後はいごからは、先に声をかけて来た方の男の足音がせまる。

 どうやら、男二人にはさまれてしまったようだ。


「君たち、この辺りの子? ちょっと道を教えてほしんだけどさぁ~」


 前方の男が、ニヤニヤしながら二人に近付いてくる。

 中学生――いや、高校生くらいだろうか? 今時はめずらしい長い茶髪ちゃぱつらしながら、ひばりちゃんと心ちゃんの顔をのぞき込んで「お、かわい~!」などと言いながら口笛くちぶえを吹いた。

 男は何故なぜか、季節外きせつはずれのアロハシャツ姿だった。


おれたち、ちょっと道に迷っちゃってさぁ~。案内あんないしてくれない? できれば、


 背後の男も、息がかかりそうなほど近くまでって来ていた。

 振り返っていないので顔は分からないが、「きっとスケベそうな顔をしているだろう」とひばりちゃんは思った。


「――っ」


 かたわらの心ちゃんが息をみながら、ひばりちゃんの手をギュっとにぎり返す。

 心ちゃんがおそれていたものが、実際じっさいに現れてしまったのだ。怖くてたまらないのだろう。

 そう。二人の男は、心ちゃんが恐れていたもの――「チカン」に違いなかった。


 鎌倉市は、とても治安ちあんが良い街だ。にぎやかな駅前などはともかく、郊外こうがいはのんびりしたもので、大きな事件もほとんど起きない。

 けれども、それでも全く安全というわけではない。

 ぎゃくに、安全安心にれ切った人々の油断ゆだんねらって、悪いことをしようと外からやってくる人間も少なくないのだ。

 この二人の男も、きっとそういった人間だろう。


「へぇ、キレイな着物きものだねぇ。もしかして君、イイトコのおじょうさん?」

「こっちの君は……へぇ」


 男たちがスケベ心を丸出しにした、いやらしい笑顔を浮かべる。

 背後の男などは、心ちゃんの小五にしては大きすぎるむねをジィっと見つめながら、何やら息を荒くしている。

 明らかに、何か良からぬことを二人にする気満々だ。


「ひっ!?」


 年上の男から向けられたいやらしい視線しせんに、心ちゃんが思わず短い悲鳴ひめいを上げる。

 お化けなんかよりも、こちらの方がよっぽど怖いし気持ち悪かった。


「……あなたたち、小学生相手にそんな好色こうしょくそうな目を向けて、恥ずかしくないの?」


 心ちゃんが悲鳴を上げたことで怒りに火が付いたのか、ひばりちゃんが普段からは考えられないような迫力はくりょくのある声で、男たちを威嚇いかくした。

 ――ちなみに、「好色」とは「スケベ」というような意味だ。


「えっ!? 君ら小学生……? にしては、君は背が高いし、そっちの君は……りっぱだなねぇ」


 前方の男が、信じられないと言った表情を見せる。

 確かに、ひばりちゃんは中学生と言っても通じるような背丈だし、心ちゃんの胸は小学生にしては大きすぎる。

 けれども――。


「しょ、小学生かぁ~。そうかそうか。俺、ちょっとテンション上がってきちゃったなぁ~」


 背後の方の男は、むしろなんだかうれしそうな声を上げていた。

 どうやら正真正銘しょうしんしょうめいのヘンタイらしい。


「――あきれた。小学生相手にいやらしいことを考えるなんて、すくいがたいヘンタイね。なら、? 私の大事な友達を怖がらせたつみ、思い知るといいわ!」


 先ほどよりも更に迫力に満ちた声で、ひばりちゃんが叫んだ――瞬間しゅんかん不意ふい突風とっぷうが吹いた。


「きゃっ!?」


 あまりの風の強さに心ちゃんが片手で顔をおおう。

 二人のチカンもたまらず目をつぶる。

 そして、風が吹き抜け三人が目を開けた時――その場の人影ひとかげが、いつの間にか


『えっ……?』


 突如とつじょとしてひばりちゃんのとなりに現れた人影に、二人のチカンの声が重なる。


 ――その人影は、とても背が高かった。おそらく、一八〇センチメートルくらいはあるだろう。

 体格たいかくは、やや細身ほそみながらもガッチリしている。上下を黒のシャツとズボンで固めていて、かげがそのまま立ち上がったかのような印象いんしょうさえ受ける。


 適度てきどな長さに切りそろえられた髪の下には、ととのった顔立ちが見える。

 恐らくは二十歳くらいの、中々のハンサムだったが――眉間みけんほほには、大きな三日月型の傷跡きずあとがあり、そのせいで強面こわおもてに感じられる。

 その顔に、心ちゃんは全く見覚えが無かった。知らない人だ。


 突然に現れた大男を前に、呆気あっけにとられるチカン二人と心ちゃん。

 そんな三人をよそに、大男がその大きな口を開き、ひばりちゃんにこう言った。


「――おじょう。この二人、ヤッちまっても、いいんで?」


 その言葉に、チカン二人がふるえあがった。

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