2.春の小川は……

「――ということで、坂城さかきくんたちが『火の玉』を見たというのは、この辺りらしいんだけど……どうだい? ひばり、心ちゃん。何か感じるかい?」


 坂城くんからの聞き取りを打ち切った孔雀くんは、ひばりちゃんと心ちゃんを携帯電話けいたいでんわで呼び出して合流ごうりゅうし、早速さっそくとばかりに「現場げんば」へと向かっていた。

 そこは校庭の隅っこの、あまり人が立ち寄らない辺りだった。木々がしげり、かすかに川のせせらぎが聞こえる。


「……特に何も感じないわね。クロウさんも反応してないわ。心ちゃんは何か感じる?」

「う~ん、あたしも特に何も~。薄暗うすぐらくて不気味ぶきみではありますけど~」

「そうよね……。ふむ、今回は妖怪やお化けは関係ないのか。それとも、まだ私たちがはっきりと感じ取れるほど強くなってないのか」


 どうやら、霊力れいりょくの強いひばりちゃんにも心ちゃんにも、ついでにクロウさんにも、何も感じ取れないようだった。

 クロウさんなどは、ひまそうに大あくびまでしている始末しまつだ。


「なるほど。今はまだ、妖怪の仕業しわざなのか、それとも人間の仕業なのか、どちらかは判断付かない、ということだね。――よし、ちょっと雑木林の中へ入ってみよう」

「ええっ!? こんな所に入るんですか~?」

「……着物を引っかけてやぶきでもしたらいやだわ。私はパス」


 元気よく雑木林へ踏み込もうとした孔雀くんに対して、心ちゃんもひばりちゃんも全力で首を横に振っていた。

 仕方ないので、孔雀くんは一人で雑木林へ入ることにした。他の児童や先生からは「王子」などと呼ばれているが、この二人の前では孔雀くんも形無しなのであった――。


 校庭と雑木林の境界線きょうかいせん上には、レンガが並べられている。

 高さはレンガ三つ分と、花壇かだんの囲いと同じくらいの高さなので、子供の足でもまたぐのは容易だ。

 孔雀くんはそれをヒョイとまたいで、生い茂る葉っぱや枝をかき分けながら雑木林へと入って行った。


 そのまましばらく、木々の間を分け入るように進む。

 するとすぐに木々は姿を消し、代わりにチョロチョロと流れる小川と、学校の敷地しきちをぐるりと囲む緑色の金網かなあみフェンスが姿を現した。

 フェンスの向こう側には、更に雑木林が広がっている。こちらは小学校の土地ではなく、確か鎌倉市の管理地かんりちだったはずだ。

 その雑木林の向こう側には住宅地が広がっているはずだが、木々にさえぎられてほとんど見ることはできない。


「だいぶ薄暗いな……」


 一人つぶやく孔雀くん。

 その言葉通り、川沿いは両側を雑木林に囲まれているため、まだ夕方だというのにとても薄暗い。

 夕方でこの調子では、日が沈んでからは文字通りの真っ暗闇くらやみになるはずだった。


「日没の後にこの雑木林に入るには、明かりがいるな。じゃあ、坂城くんたちが見たのは、誰かの懐中電灯かいちゅうでんとうだかスマホのライトだかの明かりだった? ――いや、流石に電灯の光を『火の玉』と見間違えるわけはない、か……?」


 流れる小川のチョロチョロという音を聞きながら、一人「推理」を進める孔雀くん。

 普段は妖怪やお化けの仕業を「人間のいたずら」としてでっち上げている彼だったが、本当に「推理」ができないわけではない。むしろ、単純な事件ならば、その明晰めいせきな頭脳でもってあっさり解決してしまうくらいだ。

 ――もちろん、「名探偵めいたんてい」と呼ばれるほどではないのだが。


「ふむ。地面の方は……そこそこみ荒らされてる感じだな」


 孔雀くんは、今度は地面に目を向けてみた。

 川沿いの地面には、落葉のたぐいはほとんど落ちていない。土がむき出しの状態だった。孔雀くんの記憶では、学期末の大掃除おおそうじで、この雑木林の中でも落葉拾いが行われていたはずだ。

 だから、春先の今に落ち葉がほとんど見えないのも不思議ではないのだが――。


「やっぱり。よく見ると、靴跡くつあとが結構ある。小さいものから大きいものまで……」


 注意深く地面を見てみると、そこかしこに靴跡が見付かった。

 靴の種類までは分からないが、子供のものもあれば大人のものもある。どうやら、この雑木林には色々な人物が入り込んでいるらしかった。

 それが誰なのかまでは、さすがに分からなかったが。


 次に、孔雀くんは小川へと目を向けた。

 この小川は、西小学校を建てる時に一緒に作られた人工の川だ。近くを流れる他の小川から支流のように水が流れ込んでいて、学校の敷地を出ると元の小川へ合流する、という形になっている。


 川の中には、メダカだろうか? 小さな魚がチラホラと泳いでいるのが見えた。

 人間の手で作られた川であっても、きちんと生き物がむようになるのだから、自然というものは人間が考えるよりも柔軟じゅうなんにできているらしい――元気に泳ぐ魚たちを眺めながら、孔雀くんはぼんやりとそんなことを思った。


   ***


 孔雀くんが雑木林を出ると、ひばりちゃんと心ちゃんが暇そうにしながら待ち構えていた。


「どう? なにか手掛かりはあった?」


 孔雀くんの頭や服についた葉っぱなどを取ってあげながら、ひばりちゃんが尋ねる。


「大自然の素晴らしさを知った以外は、特に何も」

「なにそれ?」

「ほら、この中を人工の川が流れてるだろう? そこにきちんと、魚が棲んでいるのさ。水もキレイだったし、もしかするとほたるくらいいるかもしれないぞ?」

「あ~、あたし知ってます! この近くにも、蛍がいる川があるんですよね~!」


 孔雀くんの言葉に、心ちゃんが反応した。

 心ちゃんの言う通り、西小学校の近くの山には蛍のいる清流があるはずだった。なんでも、何十年にも及ぶ環境保護活動かんきょうほごかつどう成果せいかが出て、一度は姿を消していた蛍が戻って来たのだとか。


「蛍、ね。そう言えばまだ見たことは無いわね。『住宅街の蛍』なら何度も見ているけれども」

「『住宅街の蛍』? なんですか、それ?」


 ひばりちゃんの言葉に、心ちゃんが首を傾げる。

 住宅街にも蛍がいるなんて話は、聞いたことも無かった。


「ええ、沢山いるわよ。家の中でタバコを吸えなくなったお父さんやおじいさんたちが、庭やベランダに出て、一人寂ひとりさみしくタバコを吸うのよ。夜になるとそのタバコの光が蛍みたいに見えて……だから『住宅街の蛍』」

「なんだ~。おじさんたちのタバコの話ですか~。もっとキレイなのを想像そうぞうしたのに……」


 あまりにも夢のない「住宅街の蛍」の正体に、心ちゃんががっくりとうなだれる。

 ――けれども、その傍らで孔雀くんが、何かに気付いたように顔を上げた。


「……そうか、蛍かもしれない」

「孔雀? なにか、分かったの?」

「いや、まだ全然。でも、なんとなくこの事件の正体が見えてきたというか……」


 そのまま、孔雀くんは何やら考え込みながら、口元でぶつぶつとつぶやき始めてしまった。

 ひばりちゃんと心ちゃんは、そんな彼の様子を見ながら顔を見合わせるのだった。

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