11.孔雀くんは調子がいい~ミステリー倶楽部の誕生

「いや~、おつかれさま~!」


 ひばりちゃんと心ちゃんが校門から逃げるように帰ろうとした、その時。二人を呼び止める者がいた。

 心ちゃんがドキッとしながら振り返ると、そこには孔雀くじゃくくんの姿があった。


「君が綾里心ちゃんだね? はじめまして、僕は八重垣孔雀。ひばりの兄です。――今回は、大変だったね? 怖かっただろう?」

「は、はじめまして! あ、あの……今回は助けていただいたみたいで……ありがとうございました~!」

「ははっ! なぁに、学校の平和のためさ。軽いものだよ?」


 言いながら、スッと手を出しだす孔雀くん。どうやら、心ちゃんに握手あくしゅを求めているようだった。

 その手を恐る恐るにぎり返すと、心ちゃんはあらためて孔雀くんの顔をまじまじと観察かんさつし始めた。


 ひばりちゃんの双子の兄だけあって、顔立ちはよくている。はっきり言って美形だ。

 小学生ばなれした長身とふわふわの髪、柔らかな笑顔も素敵すてきで、心ちゃんは不覚ふかくにも赤面せきめんしてしまった。

 けれども――。


「綾里さん、気を付けてね。そいつ、無類むるいの女好きだから。とくに綾里さんみたいにかわいくて危険きけんよ」

「お、おっぱっ!?」

「ちょっと、ひばり!?」


 ひばりちゃんが心ちゃんに、そんな耳打ちをした。しかも、孔雀くんに聞こえるようにか、大きな声で。

 心ちゃんはますます真っ赤になって、自分のむねを見下ろす。

 確かに、心ちゃんの胸は同級生と比べると大きい。四年生になってから急に大きくなって、ブラジャーも必要になった。

 そのせいで男子からも女子からもジロジロと見られることがあって、心ちゃんのひそかななやみになっていた。

 「さわやかなイケメン」である孔雀くんも、自分の胸をいやらしい目で見ていたのかと思うと、心ちゃんの中にあったドキドキは一気に冷めていった。


「えと……あの……ご、ごめんなさい。ちょっと近寄ちかよらないでもらえますか~?」

「ちょっと綾里さん!? なんでひばりの後ろにかくれるの!?」


 心ちゃんは孔雀くんの手をパッとはなすと、逃げるようにひばりちゃんの背中へと隠れてしまった。

 孔雀くんは、そのととのった顔をなさけない表情にめる。


「――とまあ、冗談じょうだんはそのくらいにして」

「あ、冗談だったんですか~?」

「孔雀がどうしようもないスケベだってこと以外はね」

「ちょっと、ひばりぃ!?」


 この時、校門の周囲に他の人間がいなかったのは、孔雀くんにとってさいわいなことだった。

 もし、先生か児童の誰かがこの光景こうけいを見ていれば、明日から孔雀くんの評判ひょうばんはガタ落ちだったことだろう――。


   ***


「ええっ!? 孔雀くんにはお化けが見えないんですか~?」

「ああ、全く見えないよ」


 その日の帰り道、何故だか八重垣兄妹と一緒に下校することになった心ちゃんは、おどろくべき事実じじつを聞いていた。

 なんと、孔雀くんは妹のひばりちゃんと違って、お化けのたぐいは全く見えないらしい。


「神社の息子さんなのに~?」

「あはは、神社の血筋であってもお化けが見えるとはかぎらないんだよ? 現に、僕らの両親も、おじいちゃんやおばあちゃんも、全く幽霊ゆうれいや妖怪の類は見えないんだ。――ひばりだけが、ご先祖様せんぞさま才能さいのうを受けいでいるんだね、うん」


 ひばりちゃんのことなのに、何故か自分のことのように胸をる孔雀くん。

 その姿に「もしかして、孔雀くんにとってひばりちゃんは自慢じまんの妹さんなのかな?」などと思いつつ、心ちゃんの頭の中には色々な疑問ぎもんが浮かんでいた。


「ええと、そうすると孔雀くんには、クロウさんの姿も見えないの~?」

「ああ、ひばりと仲良しさんの黒白猫くんのことだね? うん! 全くもって見えないね! 鳴き声すら聞こえないよ」


 ハッハッハッ! と笑いながら答えた孔雀くんに不満ふまんうったえるかのように、ひばりちゃんの足元を歩いていたクロウさんが「ニャー」と鳴いた。

 けれども、孔雀くんはそれに全く反応を示さない。どうやら、本当に姿も見えないし声も聞こえないらしい。


「クロウさん、こんなにかわいくてモフモフなのに……。でも、ご両親もおじいさんやおばあさんも、お化けやクロウさんが見えないんですよね~? 全部、ひばりちゃんにしか見えない。それなのにどうして、孔雀くんはお化けやクロウさんの存在をしんじてるんですか~? 見えないのに~」


 心ちゃんには、それが一番不思議いちばんふしぎだった。

 家族の中で、お化けや妖怪の姿はひばりちゃんにしか見えない。それなのに、孔雀くんはお化けや妖怪の存在を信じている。

 ――心ちゃんの家族は、いくら心ちゃんが「見える」と言っても信じてくれなかったのに。


 すると孔雀くんは「おかしなことを聞くんだね」とでも言いたげな表情を見せながら、こう答えた。


「そりゃあ、ひばりが『見える』『いる』って言ってるんだから、信じる以外の選択肢せんたくしなんてないよ。妹は、ウソをつくような子じゃないからね」

「――っ」


 その瞬間しゅんかん、心ちゃんには孔雀くんが、とても「お兄さん」に見えた。

 そして、ほんの一瞬だけ、ひばりちゃんの口元に笑みが浮かんだのも見えた。

 なんだかんだ言って、この兄妹は仲が良いらしい。一人っ子の心ちゃんには、それが心底しんそこうらやましく感じられた。


   ***


「家まで送ってくれて、ありがとうございました~」

「近所だもの、気にしないで」

「そうそう。それに、治安ちあんのいい鎌倉とは言え、綾里さんみたいにかわいい子の一人歩きは危ないからね!」


 結局、心ちゃんは家まで八重垣兄妹に送ってもらっていた。

 その間、色々な話をした。二人のこと、神社のこと、そしてお化けや妖怪のこと。


 驚くべきことに、二人は今までにも何体かのお化けや妖怪を「倒して」いるのだという。

 なんでも、鎌倉西小学校には、心ちゃんのように霊がえてしまう子が他にもいて、似たような騒動そうどうが起こりかけたことが何度もあるらしい。

 その度に孔雀くんが「推理」でうわさ話を収め、ひばりちゃんとクロウさんが「実体化」しかけた妖怪を倒していたそうだ。


 ――そして、その話を聞いて、心ちゃんの中にある考えが浮かんでいた。


「あ、あの! ひばりちゃん、孔雀くん! あたしにも、お化け退治って手伝えないかな~?」

『ええっ!?』


 心ちゃんの意外な提案ていあんに、八重垣兄妹の声が見事にハモる。


「だって、あたしもその、霊力? が強いんでしょう? だったら、これからもお化けを視ちゃうかもしれないし……。だったら、いっそのこと二人を最初から手伝った方が安全あんぜんかな~って。……だめ、かな?」


 その心ちゃんの言葉に、二人は顔を見合わせてから、答えた。


「いいえ、大歓迎だいかんげいよ。私以外にも視える人がいた方が、妖怪退治の成功率せいこうりつが上がるし」

「――と、ひばりも言っていることだし、僕も異論いろんはないよ。というか、ふむ……せっかく三人になるんなら、思い切って部活動にでもしてみようか?」


 と、ここで更に孔雀くんが意外な提案をした。


「部活動~? どういうことですか~?」

「さっきも話したけど、西小学校ではお化けや妖怪関連のトラブルが多いんだ。僕はそれに、もっともらしい『推理』をして『誰かのいたずら』だと、先生や他の児童たちに思い込ませているんだけど……いっそのこと、そういう部活を作ってしまえばいいのさ! 『お化けなんていません。僕たちがそのなぞを解いてみせます』って」


 孔雀くんの大胆なアイディアに、ひばりちゃんと心ちゃんが顔を見合わせる。

 「そんなことができるのだろうか?」と。


「よ~し! 早速、明日にでも先生たちに話してみるよ! 安心して? 見ての通り、先生たちからの信頼しんらいはあるんだ! ド~ンと大船に乗ったつもりで、朗報ろうほうを待ってて!」


 ビシッと親指を立てて自信満々に宣言せんげんする孔雀くん。

 そしてその宣言の通り、孔雀くんはその週の内に、先生たちから部活動の設立せつりつを勝ち取ってしまった。


 こうして、「学校の怪談」を解決かいけつする世にも不思議な部活動「鎌倉西小学校ミステリー倶楽部くらぶ」が誕生たんじょうしたのだった。



第二話「トイレには花子さんがいるらしい」おしまい

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