9.花子さん退治(上)

 その日の放課後ほうかご

 心ちゃんは、ひばりちゃんから呼び出されて、彼女のクラスへとやって来ていた。

 他の児童はすでにみんな帰ったのか、教室にはひばりちゃん以外、だれもいない。


「すごい! ひばりちゃんのお兄さん、すごいです~!」


 心ちゃんはひどく興奮こうふんしていた。

 朝礼での孔雀くんの「推理すいり」に、感動かんどうしているらしかった。


 あの後、児童たちの間では、孔雀くんの「推理すいり」が話題わだいになっていた。

 一部の児童は「あんなのヘリクツだ」とみとめなかったようだが、ほとんどの児童は孔雀くんの話を受け入れつつあった。

 そのせいか、あれだけ広がっていた「花子さん」への恐怖きょうふは、見事みごとなまでになくなっていた。


「あんなお話一つで、みんなの恐怖をおさえちゃうなんて……あたし、感動しました~! まさか、先生たちも巻き込んで、朝礼であんな話をするなんて~!」

「まぁ、ほとんどがハッタリなのだけれどもね……」


 興奮する心ちゃんとは反対に、ひばりちゃんは冷めた表情のままため息をついていた。


「ハッタリ……?」

「ええ。綾里さんも知っての通り、花子さんは実際に『いる』わ。それを『誰かのいたずら』だって話にのよ、あいつは。天性てんせい詐欺師さぎしだわ」


 ――確かに、と今更ながら心ちゃんは思った。

 「トイレの花子さん」は実際にいる。だから、あれが「誰かのいたずら」のはずはない。

 けれども、孔雀くんの「推理」には、それが本当の答えであるかのような説得力せっとくりょくがあった。心ちゃんでさえも「へぇ、そうなんだ」と思ってしまったくらいだ。


「孔雀の推理はね、全部『後付け』なのよ。そこにある『なぞ』の答えとして都合つごうのいい証拠しょうこを、色々な所から引っり出してきて、それらしく見せるのが悪魔的あくまてきに上手いの。『犯人はんにんは分かってる』というのも、もちろんハッタリ。この事件に犯人なんていないのだから、ね」

「そういえば……」


 花子さんが本物の「お化け」であることを知っている心ちゃんも、ついつい孔雀くんの言う「犯人」の存在を信じてしまっていた。

 今ひばりちゃんの話を聞くまで、「本物の花子さん」とは別に、「いたずらの花子さん」がいる、くらいの気持ちになってしまっていたのだ。


「我が兄ながら、あれはろくな大人にならないわね。先生たちもすっかりだましてしまって。――まあ、それが今回は私たちの助けになるのだけれど。さぁ、行くわよ綾里さん」

「へ? 行くって……どこに?」


 心ちゃんのその反応に、ひばりちゃんは大きなため息をつくと、こう言った。


「トイレの花子さんを退治たいじしに行くに、決まってるじゃない」


   ***


 ひばりちゃんと心ちゃんは、三階のトイレの前へとやって来た。

 花子さんが出た、あのトイレだ。

 他の児童たちは、もうそのほとんどが下校しているのか、姿が見えない。

 ――そして、花子さんの姿も無かった。


「……いませんね、花子さん。もしかして、みんなが『花子さんはいない』って認識にんしきしたから、消えたのかな~?」

「前に話した通り、そんなに簡単かんたんには消えないわ」

「ですよね~……」


 心ちゃんが前にひばりちゃんから聞いた話によれば、花子さんのように「実体じったい」を持ってしまったお化けを消すには、「うわさ話」を収めた上で「たおす」必要ひつようがあるらしかった。


「今は一時的に力が弱まって、見えにくくなっているだけよ。花子さんを『倒す』には、まずは出てきてもらわないといけない」

「ど、どうやって出てきてもらうんですか~?」

「簡単よ。お化けはね、


 そう言うと、ひばりちゃんはきれいなすずのような声で、こんな言葉をささやいた。


「トイレの花子さん――出てらっしゃいな。そこにいるのは、分かっているわ」


 すると――。


「きゃっ!?」


 心ちゃんが悲鳴ひめいを上げた――それも無理のない話だろう。

 何せ、今まで何もいなかったはずの女子トイレの中に、

 おかっぱ頭に赤い吊りスカート。真っ白な顔の上には、黒い穴にしか見えない目とはなと口が、くっきりとかんでいる。心ちゃんがいつか見た通りの姿だった。


「で、出た~!? ひ、ひばりちゃん、出た、出たよ~!?」

「それはそうよ、私が呼んだのだから出てきてもらわないとこまるわ。――さあ、綾里さん。少し下がっていてね? ここからは少し、あらっぽくなるから」


 言いながら身構みがまえるひばりちゃん。

 そこで心ちゃんはふと、疑問ぎもんに思った。ひばりちゃんは「花子さんを倒す」と言っていたけれども、一体どうやって倒すのだろうか? と。やはり神社の娘だから、何かすごい「おはらい」ができたりするのだろうか。

 ――と。


『ニャーオ』


 そこで突然とつぜん可愛かわいらしい猫のき声がひびいた。

 見れば、いつの間にやらひばりちゃんの足元に、いつぞやの黒白猫――クロウさんがすわっていた。「先ほどまではたしかにいなかったはずなのに」と、心ちゃんは目をこすったが、クロウさんが消えることはない。


「――クロウさん、見ての通り強敵きょうてきよ。気を引きしめてたのむわね」


 ひばりちゃんがそう語りかけると、クロウさんは返事をするかのように「ニャーン」と鳴いて――

 普通の猫のサイズから、大型犬おおがたけんくらいのサイズに大きくなったのだ。


「おおおおお、おっきくなった~!?」


 びっくりしてこしを抜かしそうになる心ちゃんをよそに、巨大化きょだいかしたクロウさんは花子さんへと飛びかかっていった――。

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