7.孔雀くんは自信満々

 心ちゃんがひばりちゃんと出会った翌朝。学校は、相変わらず「トイレの花子さん」の話題わだいでもちきりだった。

 どうやら、「花子さんを見た!」と言う児童じどうの数は、日に日にえていっているようだ。

 心ちゃんはさわがしい教室の様子をながめながら、昨日ひばりちゃんから聞いた話を思い返していた。


 「トイレの花子さん」のうわさ話がこのまま広がり続ければ、花子さんはやがて「実体」を持つようになってしまう。

 それを防ぐには、花子さんを「たおし」つつ、うわさ話をおさめる必要ひつようがある。


 ひばりちゃんには、何か心当たりがあるようだったが、心ちゃんには花子さんを「倒す」方法も、うわさ話を収める方法も、全く見当けんとうがつかない。

 ここまでり上がってしまったうわさ話を簡単かんたんに収められるわけがないし、何より花子さんを「倒す」ことなんてできる気がしなかった。

 ひばりちゃんは「明日さっそくしかけてみる」と言っていたけれども……。


 どんよりとくもった空を眺めながら、心ちゃんは思わずため息をついた。

 と、その時――。


「やあやあ、お邪魔じゃまするよ! このクラスに『トイレの花子さん』を見た子がいるって聞いてきたんだけど」


 教室の前の方のドアから、やけに顔立ちの整った男の子が、そんなことを言いながら入って来た。

 途端とたん、教室の中が静かになる。


(あ、あれは‥‥‥八重垣孔雀やえがき くじゃくくんだ!)


 そう、それは八重垣ひばりちゃんの兄である、孔雀くんだった。

 すらりとしていて、まだ五年生なのに六年生の誰よりも背が高い、「学校一のイケメン」として有名な男の子だ。

 その孔雀くんが、「トイレの花子さん」のうわさ話を聞きに、心ちゃんの教室をおとずれたのだ。


『ふふ、安心して? そういうのが得意な、口が達者たっしゃなヤツがすぐ近くにいるから』


 心ちゃんは、そこでふと、昨日ひばりちゃんが言っていた言葉を思い出した。

 もしかすると、孔雀くんがその「口が達者なヤツ」なのだろうか?


 孔雀くんはそのまま、心ちゃんのクラスメイトたちから「トイレの花子さん」のうわさ話を聞いて回った。

 心ちゃんも話そうかと思ったけれども、他の女子が先を争うように孔雀くんに話しかけていたので、結局けっきょく近寄ちかよれもしなかった。


「ふむふむ、なるほどね……! ありがとう、みんな。よく分かったよ!」


 一通り「トイレの花子さん」のうわさ話を聞くと、孔雀くんは、さわやかな笑顔を浮かべながら去っていった。

 女子たちにキャーキャー言われながら。


(あれ? 話を聞いていっただけ……?)


 てっきり、何か「うわさ話を収める」ようなことをやってくれるのだと思い込んでいた心ちゃんは、不思議そうに首を傾げた。

 もしや、孔雀くんがうわさ話を集めているのは、ひばりちゃんの言っていたこととは関係ないのだろうか?


 そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、一日が過ぎ、二日がち、土日をはさんで次の週がやって来た。

 そして月曜日。鎌倉西かまくらにし小学校では、週に一度の朝礼ちょうれいが行われ、全児童が校庭に集まることになっていた。


 連日続いた雨もその日は止んで、空に晴れ間が見える中、校庭に児童たちが集まる。

 そこでも、みんな「トイレの花子さん」のうわさ話で持ち切りだった。全く収まる気配がない。

 けれども――。


「え~、ここで最近みなさんを怖がらせている『トイレの花子さん』のうわさについて、少しお話の時間を作りたいと思います」


 いつものように、分かるような分からないような難しい話をしていた校長先生が、突然そんなことを言い出した。

 ろくに話を聞いていなかった児童たちも、「なんだなんだ?」と騒ぎ出し、ざわざわとざわめきが広がっていく。


「え~、担任の先生からもり返しお話があったかと思いますが、『トイレの花子さん』なんてものは、いません。全部なにかの見間違いか、勘違かんちがいです――」


 児童たちのざわめきが大きくなる。

 中には「そんなこと分かってるんだよ!」と悪態あくたいをつく子まで出始めた。

 実際に見た子が何人もいるのに、今までも散々、先生たちから「花子さんはいない」と言われ続けてきたのだ。校長先生から同じことを繰り返されたって、今更だったのだ。

 しかし――。


「――と、私の口から言っても君たちは納得なっとくしないでしょう。大人に見えている世界と、子供に見えている世界は違います。私たち大人には見えていないものが、君たちにだけ見えることがあるのです。そこで、君たちと同じ視点を持っている人に、『トイレの花子さん』のうそあばいてもらおうと思います」


 そう言うと、校長先生は朝礼台の上から何やら手招てまねきをした。

 すると、一人の男の子が列の中から抜け出して、朝礼台の方まで歩いて行った。その男の子は――孔雀くんだった。堂々と、手に何かの紙袋かみぶくろを持ってそのまま朝礼台に上がる。


「みなさん、おはようございます。五年一組の八重垣孔雀です。先週はみなさんの教室に行って、『トイレの花子さん』のうわさ話を聞いて回りましたが……おかげでなぞけました!」


 ――再度、ざわめきが広がっていく。

 「他の教室も回ってたんだ」だとか、「謎が解けたってどういうことだ?」だとか、児童たちは口々に戸惑とまどいの言葉を口にした。


「最初に結論から言います! 『トイレの花子さん』の正体は、お化けではなく――人間です! その証拠しょうこが、これです!」


 校長先生よりもよく通る声でそう言うと、孔雀くんは紙袋から何かを取り出した。

 それは――どこからどう見ても「おかっぱ髪のカツラ」と「赤い吊りスカート」だった。まるで、「トイレの花子さん」の髪とスカートだけを持ち出したかのような……。

 児童たちのざわめきが、一層いっそう強くなる。


「これは、とある空き教室にしまってあったものです。先生たちに聞いたところ、大昔の学芸会で使われた、お芝居しばいの衣装だそうです。でも、最近これと似たようなものを見た人も多いのではないでしょうか? ――そうです、『トイレの花子さん』の服装ふくそう髪型かみがたと、そっくりですよね?」


 ――そこかしこから、「確かに」だとか「私が見たのはあれだ!」だとか、様々な声が上がった。


「ここまで言えば、もうみなさんにもお分かりだと思います! そう、みなさんが見た『トイレの花子さん』は、誰かが変装へんそうした姿だったのです!

 でも、それだけだと分からないこともあります。一部の人たちは、こう話していました。『花子さんを追ってトイレの中に入ってみたけど、誰もいなかった』と。けれども、この謎ももう解けています!」


 孔雀くんは自信満々じしんまんまんに、そう言い放った。

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