6.お化けをじっと見てはいけない理由

「いないものが……体をはじめる!? え、でも本当はいないんですよね~?」


 心ちゃんは混乱こんらんしてしまった。

 「本当はいないもの」が、本当にいるみたいにあつかわれることで「体」を持ってしまうと、ひばりちゃんは言った。それでは、「本当にいる」ことになってしまうのではないだろうか?


「ええ、あくまでも『本当にはいない』の。でも、多くの人がその存在そんざいを信じてしまって、さらにはソレが起こしたと信じられている色々な出来事できごと実際じっさいに起ってしまうと……世界せかいにとっても、『本当はいる』方が自然しぜんになってしまうのね。そのつじつま合わせをするために、『体』ができあがってしまうのよ――」

「……え~と?」


 ひばりちゃんの言っていることがむずかしすぎるのか、心ちゃんは首をひねってしまった。


「……全部は理解りかいしなくてもいいわ。とにかく、みんなが『いる』と信じてしまえば、『本当はいないもの』にも『体』が生まれてしまうのよ。でも、その体は幽霊ゆうれいみたいにフワフワでまぼろしみたいなもの。人間の信じる心が生み出した『人工じんこうの幽霊』みたいなもので、普通ふつうの人間はれることも見ることもできないの」

「普通の人間は……?」

「ええ、普通の人間は。でも、私たちのような人間にはえてしまう。そして

「――あっ」


 心ちゃんには、ひばりちゃんの言葉のほとんどはチンプンカンプンだったが、「視ることで彼らの存在を強化してしまう」という言葉だけは、なんとなく理解できた。

 それは小さい頃に、近所のお兄さんに教えてもらったことにも通じていた。


『いいかい? 心ちゃん。心ちゃんにだけ見えて他の人に見えないものは、決して目で追ってはいけないよ? じぃっと見つめたり、目を合わせたりしたら、から……。幻だと思って、無視するんだ。――じゃないと、うん。とっても危ないんだ。心ちゃんの家族にも、悪いことが起こるかもしれない』


「古いことわざで『百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかず』なんて言葉があるわよね? 他人から何度も話を聞くよりも、一度でいいから自分の目で見た方が、その物事ものごとを理解できるという意味だけれど……『見て認識にんしきする』という行為こういは、それだけ『強い』のよ。あるのか無いのか分からなかった物も、誰かが『見て認識した』瞬間しゅんかんたしかな事実になる。

 『本当はいないもの』ですら、『いる』に変えてしまうの」

「じゃあ、やっぱりあたしが見ちゃったせいで……」

「ストップ。その話はさっきもしたわよね? あなたのせいじゃないって」


 ひばりちゃんはそう言ってくれたけれども、心ちゃんは責任せきにんかんじていた。はっきりしない幽霊みたいな存在だった「トイレの花子さん」を、確かな存在にしてしまったのは自分なのだと。


「その、『トイレの花子さん』は、これからどうなるんですか?」

「そうね。まず、今起こっているように、より多くの人に花子さんの姿が見えるようになるわ。そうすると、ころがした雪玉ゆきだまがドンドンと大きくなるみたいに、花子さんの存在がはっきりとしたものになっていって……最後さいごには、実体じったいを持つようになるの。そうなるともう、幻や幽霊みたいな存在じゃなくなるわ。物にも人にも触れられる、『本当にいるもの』同然の存在になってしまう」

「そんな……」


 「本当はいない」はずのものが、「いる」ことになってしまう。それがどんなに恐ろしいことなのか、心ちゃんはすぐに理解できてしまった。

 たとえば、先ほど話していた「口裂け女」が「本当にいる」ことになってしまったら、どうなるだろうか?

 「包丁とハサミを持って空からおそいかかってくる、耳まで口が裂けた女の人」なんて、普通ではありえない存在が本当にあらわれてしまったら、世の中は大騒おおさわぎになってしまうだろう。


「うちの学校に出た『トイレの花子さん』は、まだ『女子トイレの中に消える』だけだから無害だと思うわ。でも、『口裂け女』の話みたいに、どんどんと尾ひれが付いていったら……人間に害を及ぼす存在になってしまうかもしれないの」


 ひばりちゃんのその言葉に、心ちゃんの背筋がゾッと寒くなる。

 もし、鎌倉西小の中で「トイレの花子さんは人間を食べる」だとか「襲いかかってくる」だとか、そんな怖いうわさが広まってしまったら、実際の花子さんも人を襲うかもしれないのだ。


「八重垣さん! なんとか……なんとかできないんですか~!?」


 ひばりちゃんに何と言われようと、心ちゃんの中にはまだ「トイレの花子さんが他の子たちにも見えるようになったのは、自分のせい」という思いがあった。だから、何かをせずにはいられなかった。

 そんな心ちゃんの思いつめた様子を見て、ひばりちゃんは一つため息をつくと、しずかに切り出した。


「方法はいくつかあるわ。一番簡単いちばんかんたんなのは、うわさがおさまるのをつこと。……この手のうわさ話は、実はあまり長持ちしないの。一ヶ月もあれば、ほとんどの人は忘れるでしょうね。うわさが消えれば花子さんも消えるわ。

 でも、うわさが収まる前に、花子さんが凶悪化きょうあくかしてしまう可能性かのうせいもある」

「そ、それじゃダメじゃないですか~!?」

「落ち着いて。方法はいくつかある、と言ったでしょう?」


 ひばりちゃんは心ちゃんをなだめると、お茶を一口飲んでから、話を続けた。


「こちらは少し難しくなるけれど、花子さんをという手があるわ」

「花子さんを、倒す……?」

「ええ。私やあなたのように霊力が強い人間が見ている前で、生まれてしまった『実体』を倒すのよ。そうすれば、『花子さんを倒した』という事実が強化されて、しばらくの間は花子さんの『実体』は現れなくなる――でも、この方法だと、うわさ話の方が収まっていない限り、また『実体』が現れる可能性があるわ」

「だめじゃないですか~!?」


 心ちゃんはがっくりとうなだれた。けれども、ひばりちゃんはそんな心ちゃんの姿を見て、口元に笑みを浮かべていた。


「綾里さん、早合点はやがてんしないでちょうだい。確かに、『倒す』方法だと、花子さんがまた復活してしまう可能性があるわ。でも、それを防ぐ方法もきちんとあるのよ」

「そ、それを早く言ってくださいよ~!」

「ふふ、ごめんなさいね? あなたがあわてふためく姿が、ちょっと可愛らしかったものだから、つい」


 ひばりちゃんがペロッと舌を出してあやまった。どうやらひばりちゃんは、クールそうな見た目に反しておちゃめな所があるようだった。


「ようするに、花子さんを倒しつつ、うわさ話の方も収まるように仕向ければいいのよ。そうすれば、花子さんを一気に『いないもの』に戻すことができるわ」

「……なるほど~。でも、うわさ話を収めることなんて、できるんですか~? みんな、ずいぶん盛り上がっちゃってますけど~」


 心ちゃんの心配はもっともだった。今更「花子さんはいないんだ!」と誰かが言ったところで、学校中に広まったうわさ話が収まるとは思えなかった。

 けれども――。


「ふふ、安心して? そういうのが得意な、口が達者たっしゃなヤツがすぐ近くにいるから」


 そう言いながら、ひばりちゃんは心ちゃんがドキッとするくらいに怪しい笑顔を見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る