5.妖怪とかお化けの話

「――なるほど。あなたが『花子さん』を見てしまった日から、学校で『トイレの花子さん』のうわさが広まり始めた、ね。確かに、あなたが『た』ことが、きっかけの一つになったのだと思うわ」

「……やっぱり」


 ひばりちゃんの言葉に、心ちゃんはかたを落としてしょんぼりとしてしまった。「やっぱり自分のせいだったんだ」と。


「……別にあなたのせいじゃないわ。たまたま、『視て』しまったのがあなただったってだけなのだから。鎌倉西小には、あなた以外にも『お化け』が見えてしまう子がいるの。だから、誰が『花子さん』と出会っていたって、おかしくなかった状況じょうきょうなのよ」

「そう……なんですか~?」

「ええ、もちろん。――そうね。綾里さんには、『妖怪ようかい』や『お化け』と呼ばれているものが何なのか、説明しておいた方がいいわね。ここでは何だから、社務所しゃむしょの方へ上がってちょうだい」


 そう言うと、ひばりちゃんは社務所にいくつかある引き戸の一つを開けて、スタスタと中へ入っていってしまった。仕方なく、心ちゃんもそれに続く。

 引き戸をくぐると、そこには廊下ろうかがなく、いきなり小さな畳敷たたみじきの部屋だけがあった。ちゃぶ台と電気ポット、お茶をれるお急須きゅうすがあるくらいの、とても殺風景さっぷうけいな部屋だ。


「……年末年始ねんまつねんしに、アルバイトの人たちに来てもらった時だけ使っている休憩室きゅうけいしつよ。普段ふだんは、私が使わせてもらってるの」


 心ちゃんが物珍ものめずらしそうにしていると、ひばりちゃんがお茶と座布団ざぶとん用意よういしながら説明せつめいしてくれた。二人分のお茶を淹れると、ひばりちゃんが座布団の上にきれいに正座したので、心ちゃんもそれにならう。


「さて、何から話しましょうか。そうね、まずは『お化け』だとか『妖怪』だとか呼ばれている存在の種類しゅるいについて教えるわね?」


 そこまで言うと、ひばりちゃんはお湯のみを花びらのようなくちびるに運んで、お茶を一口、コクリと飲んだ。つられて、心ちゃんもお茶を一口飲む。しぶい中にもほんのり甘みのある、おいしい緑茶りょくちゃだった。


「お化けや妖怪と呼ばれる存在には、大きく分けて二つの種類があるの。一つは『本当にいるもの』、もう一つは『』」

「本当にいるものと、いないもの……?」

「ええ。『本当にいるもの』は、たとえばこの猫みたいな妖怪のことね」


 言いながら、ひばりちゃんが指差した方を心ちゃんが見ると、そこにはいつの間にか、先程の黒白猫ちゃんがちょこんと座っていた。


「この猫ちゃんが、妖怪~?」

「ええ。その子の名前は『クロウ』さん。猫又ねこまたと呼ばれる、れっきとした妖怪よ。元々は普通の猫だったのだけれど、長生きしていたらいつの間にか妖怪になってしまっていたの。昔は普通の人でも見れたしさわれたけれど、今は霊力れいりょくの強い人にしか見えないし触れもしないわ。私や、あなたのような人にしか」


 そんなひばりちゃんの言葉に応えるかのように、クロウさんが「ニャー」とかわいらしい声で鳴いた。その姿は普通のかわいい猫ちゃんにしか見えなかったので、「妖怪だ」などと言われても、心ちゃんもにわかには信じられなかった。


「『本当にいるもの』は、長生きした生き物や古い道具に霊力が宿ったものよ。つまり、元々この世界にいた存在なの。それに、『妖怪』と言っても決して怖いものばかりじゃないわ。人間がかれらに悪さでもしないかぎり、彼らの方からは人間にかかわろうとしないことがほとんどなの。ぎゃくに、人間を守ってくれる妖怪もいる。そういう存在は『神様』扱いされることもあるわ。

 ――でも、『本当はいないもの』は、その逆であることが多いの」

「逆って……、人間に悪いことをする、ということですか~?」


 心ちゃんの言葉にコクリと頷くと、ひばりちゃんは更に話を続けた。


「『本当はいないもの』のほとんどは、なの。都市伝説としでんせつや学校の怪談に出てくるお化けなんかが、いい例ね。『トイレの花子』さんも、これに当たるわ。

 彼らはね、元々は『いなかった』のに、人々が『いる』と信じ込むことで生まれた存在なの。言ってみれば、『人間がつくり出した妖怪』ね」

「人間が……妖怪をつくりだす? 本当にそんなことができるんですか~?」

「ええ。綾里さんは、『口裂くちさけ女』のお話は知っているかしら?」


 心ちゃんはブンブンと首を横にった。「口裂け女」――言葉のひびきからして怖そうだが、心ちゃんには聞き覚えのない言葉だった。


「『口裂け女』は、私たちが生まれるずっと前に日本で流行はやった都市伝説、他愛たわいのない怪談話よ。

 大きなマスクで口元をかくした美女が現れて、道行く子供にこうたずねるの。『私、キレイ?』って。それで『キレイです』と答えるとマスクを取るのだけど……口がね、耳元まで裂けているのよ」

「わぁ……」


 「口裂け女」の姿を想像そうぞうして、心ちゃんは身震みぶるいした。普通に怖そうだった。


「このお話は、元はどこか地方都市での他愛のない怪談だったの。でも、それが新聞しんぶんやテレビで取り上げられると日本中に広がって……『口裂け女が出た』『口裂け女が怖くて学校に行けない』と大騒おおさわぎになったらしいわ。警察けいさつがパトロールしたり、集団下校したり、冗談では済まないことになったの。本当は口裂け女なんていないのに、よ」

「本当はいないのに、大人の人たちもそれが『いる』みたいに大騒ぎした……ですか~?」


 ――それはまるで、今まさに心ちゃんたちの学校で起こっている「トイレの花子さん」事件と同じようだった。


「元々は存在しなかったのに、人々がうわさ話を信じてしまうことで、まるで本当に存在するかのように影響えいきょうあたえてしまう。これが『本当はいないもの』の怖さなの。しかも、うわさ話は広まるにつれひれが付いていくものだから……妖怪もどんどんとパワーアップしていくわ」

「ぱわーあっぷ、ですか~?」

「ええ。口裂け女の場合は、すごいわよ? 『包丁ほうちょうやハサミでおそいかかってくる』なんてうわさはまだかわいい方で、『子供を頭から食べてしまう』だとか、『空を飛ぶ』だとか、色々なうわさが流れたらしいわ。いかにも『子供が考えた怖い話』だけど、世間が口裂け女を『いる』ものとしてあつっていたから、冗談じょうだんにならなかったんじゃないかしら?」


 心ちゃんは、「耳まで口が裂けた女の人が、包丁とハサミを持って空から襲いかかってくる姿」を思い浮かべ、また少し怖くなってしまった。それはもう、「お化け」なんてかわいらしい言い方もできない「化け物」にしか思えなかった。


「そして、ここからが『本当はいないもの』の厄介なところなのだけれど――」

「まだあるんですか~!?」

「むしろ、ここからが本番ほんばんよ。いないはずのものが、まるで本当にいるかのようにあつかわれ始めると……段々と『体』を持ち始めるの。そう、うちの学校に現れた『トイレの花子さん』みたいに」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る