2.トイレの花子さん
「トイレの花子さん」は、とても有名なお化け――「学校の怪談」の一つだ。
女子トイレの個室をノックして、「花子さん、いますか?」と呼びかけると花子さんに会えると言われている。
けれども……花子さんに会ってしまうと、そのままトイレの中に引きずり込まれて帰れなくなる、とも言われていた。
とても怖いお化けらしい。
この「トイレの花子さん」の怪談は、学校によって伝わっている話が少しずつ違うのが
ある学校では、「三階の女子トイレの三番目の個室をノックすると、花子さんに出会ってしまう」と伝わっている。
また別の学校では、「トイレで花子さんの名前を呼んで、三秒以内にトイレから出ないと追いかけられてしまう」という話もある。
けれども、どの花子さんのお話にも共通するものがあった。花子さんの
殆どの怪談話では、花子さんは「おかっぱ頭で赤い吊りスカートを
花子さんと出会う方法は学校によってバラバラなのに、花子さんの
――心ちゃんが通う鎌倉西小学校にも、やはり「トイレの花子さん」の怪談話が伝わっていた。
この学校での花子さんの怪談は少し変わっている。なんでも、「放課後に、三階の女子トイレへ一人で入っていく赤いスカートの女の子が時々現れる。けれども、その女の子がトイレから出てくる姿を見た人は誰もいない」のだそうだ。
「トイレの花子さん」の怪談としては、少し風変りだった。
けれども、それには理由があった。
実は、鎌倉西小学校では何人もの児童が、本当に「トイレの花子さん」を目撃していたのだ。しかも、何年かごとに。
つまり、「放課後に、三階の女子トイレへ一人で入っていく赤いスカートの女の子が時々現れる。けれども、その女の子がトイレから出てくる姿を見た人は誰もいない」という話は、本当にあったことになる。
心ちゃんも、そのお話を五歳年上の近所のお姉さんから聞いていた。なんでも、お姉さんが小学校低学年だった時にも「トイレの花子さん」が現れて、学校中がパニックになったのだとか。
なので、心ちゃんも小学校に入ったばかりの頃は、「もし花子さんが見えてしまっても、見えないふりをしよう」と気を付けていた。けれども、四年生になった頃の心ちゃんには、お化けがほとんど見えなくなっていたので……すっかり油断してしまっていたのだ。
それは、
お花係だった心ちゃんは、長雨で花壇のお花が病気になっていないかどうか、放課後に見回りをすることになっていた。しかも、一緒に係をやっていた男子がサボっていたので、その日は仕方なく一人で見回りをやる羽目になった。
それでも心ちゃんは文句一つ言わずに、お気に入りのピンクの傘を差しながら、一つ一つのお花を丁寧に見回っていった。
「うん、あなたは大丈夫ね。あなたは……ちょっと支えがいるかなぁ? 後で先生に相談してみるね~?」
心ちゃんは花が大好きだったので、一人での見回りもなんのその。花と会話するように、むしろ楽しんでこなしていた。
心ちゃんの仕事はとっても丁寧なので、先生たちも信頼して任せっきりなくらいだった。
――その日も大きな問題はなく、心ちゃんはお花係のお仕事を終えた。雨は相変わらず、しとしとと降り続いていた。
いつもなら、ランドセルを背負ったままお花の見回りをするところだったが、雨が降っているとランドセルがびしょびしょになってしまうので、今日は教室に置いたままだった。なので、心ちゃんは先生への報告を終えてから、自分の教室へと向かった。
四年生の教室は三階にある。
心ちゃんは昇降口で一旦うわばきに履き替えると、えっちらおっちらと濡れて滑りやすくなった階段を上っていった。心ちゃんは周りの子より背が小さいので、階段を上るのもちょっとだけ大変だった。
しかも、普段は階段も廊下も灯りが点いているのが、放課後になると「節電」のために一部の教室を除いて全部電気を消されてしまう。なので、階段はとっても薄暗くて、足元もちょっと見えにくくなっていった。
(危ないな~。今度から先生に頼んで、電気を点けておいてもらおうかな?)
ここで「自分で勝手に電気を点ける」と考えないのが、なんとも心ちゃんらしい。良い子というか、のんびりしているというか。
そうして心ちゃんは、無事に教室へ辿り着いた。教室の灯りは点いていたが、もう誰もいない。教室の後ろにあるロッカーには、心ちゃんのピンクのランドセル以外、残っていなかった。
心ちゃんはランドセルを背負うと、念のため教室の窓の鍵がちゃんとかかっているか、一つ一つチェックし始めた。
それはその日の日直や、見回りの先生のお仕事だったのだが……前に開けっ放しになっていたことがあったので、心ちゃんもチェックするようにしていたのだ。
ついでに黒板消しがきれいになっていることも確認。心ちゃんはとっても真面目だった。
すべての確認を終えた心ちゃんは、灯りを消して、ようやく教室を後にした。
すると――。
(あれ? まだ残っている人がいたんだ)
教室から出て階段の方へ向かおうとした時、心ちゃんは廊下に一人の女の子が立っていることに気付いた。心ちゃんの方に背中を向けて、どうやら階段のすぐ手前にあるトイレの前に立っているようだった。
今時珍しい、おかっぱ頭に赤い吊りスカートという
女の子はそのまま、心ちゃんに気付くこと無くトイレへ入っていく。
心ちゃんも特に女の子のことを気にせず、階段の方へ向かって廊下を歩き出す。
――けれども、トイレの前に差し掛かった時に、ちょっとだけ気になって……心ちゃんは、トイレの方へ目を向けてしまった。
鎌倉西小学校のトイレの入り口には、ドアが付いていない。廊下から覗き込むと、それぞれの個室や男子トイレの便器などが、少しだけ見えるようになっている。
おまけに男子トイレと女子トイレの入り口がすぐ
――そして今、その作りのせいで、心ちゃんはまともに見てしまっていた。
それは、女子トイレの一番奥――三番目の個室の前に立っていた。しかも入口、つまり廊下にいる心ちゃんの方を向いて。
黒いおかっぱ頭は、よく見るとボサボサ。
白いシャツは、ところどころなにかの汚れがついている。
赤い吊りスカートは、それらとは反対に汚れ一つなく鮮やかな色。
そして……おかっぱ頭の下にある顔には、真っ白な肌に目と鼻と口らしい大きさの違う黒い丸が五つ付いているだけだった。明らかに普通の人間の顔ではない。
――目の位置にある黒い丸二つと心ちゃんの視線とが、完璧にぶつかった。
(――あっ、しまった!)
心ちゃんは、すぐさまそれが「見てはいけないもの」だと気付き、ゆっくりと目をそらした。悲鳴も我慢して、「何も見ていない。ちょっと首を動かしただけ」といったフリをしたのだ。
そのまま急ぎ足にもならず、普通を装って階段を降りていき……なんとか昇降口まで辿り着く。本当は後ろを振り返って、「アレ」が付いてきていないか確認したかったけれども、必死に我慢した。
『いいかい? 心ちゃん。心ちゃんにだけ見えて他の人に見えないものは、決して目で追ってはいけないよ? じぃっと見つめたり、目を合わせたりしたら、向こうも心ちゃんのことが見えるようになっちゃうから……。幻だと思って、無視するんだ。――じゃないと、うん。とっても危ないんだ。心ちゃんの家族にも、悪いことが起こるかもしれない』
近所のお兄さんの言葉が
心の中で必死に「あたしは何も見なかった」と繰り返しながら、長靴に履き替えて、ピンクの傘を広げて、ゆっくりと歩き出した。
――結局、その日は無事に家に帰れることができたし、変なことも起きなかった。
それでも、あの黒い丸しかない「アレ」の顔を思い出してしまい、心ちゃんは眠れぬ夜を過ごした。
それから数日の間は、何も起こらなかった。
トイレの前に「アレ」が立っていることもなく、不気味な気配を感じることもなかった。
けれども、更に数日後、遂に異変が起こった。
同じクラスの女の子たちが、こんなうわさを話し始めたのだ。
「ねぇねぇ、知ってる? 隣のクラスの子達が、『トイレの花子さん』を見たんだって――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます