第二話「トイレには花子さんがいるらしい」

1.心ちゃんにはお化けが見える

 綾里心あやさと こころちゃんには、小さな頃から「お化け」が見えていた。それも、かなりはっきりとした形で。

 サムライの恰好かっこうをした男の人。頭から血を流している髪の長い女の人。空中にふよふよと浮いている赤ちゃん……。

 他にもたくさんの「お化け」が見えていた。


 けれども、お父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、それを信じてはくれなかった。いつも「心は空想くうそう好きなんだね」と、笑い話にされてしまっていた。

 心ちゃんは、それがとてもとても嫌だった。


(どうして、だれもしんじてくれないんだろう? おばけをつかまえれば、しんじてもらえるかな?)


 幼稚園に上がった頃、心ちゃんはふとそんなことを思い立って、お化けを捕まえようと決心した。

 手に虫取り網を持って、お父さんにもお母さんにもナイショで家を抜け出し、近所にあるお化けの出そうなお墓へと一人やってきた。

 虫取り網でお化けが捕まえられたら苦労しないのだが、まだ小さかった心ちゃんには、そんなことも分からなかったらしい。


 お墓に着いた心ちゃんが周囲を見回すと……案の定、お化けが見つかった。古い古いお墓の前に、体が透けて見えるおじいさんが座っている。間違いなくお化けだった。

 心ちゃんは早速、お化けを捕まえようと抜き足、差し足、忍び足で近付くが――。


「――ああ、心ちゃん。こんなところにいたんだね」


 その時、後ろから突然に心ちゃんを呼ぶ声が聞こえたので、心ちゃんはびっくりして飛び上がってしまった。

 恐る恐る振り返ってみると、そこには心ちゃんのおウチの近くに住んでいるお兄さんの姿があった。男の人なのに髪が長くて、幽霊ゆうれいみたいに肌の色が白い、幼い心ちゃんにも「あやしいおにいさん」として認識されている、そんな人の姿が。


「お父さんとお母さんが心配してるよ? 今、心ちゃんのおうちに電話するから、ここで一緒に待っていようね?」


 そう言って、携帯電話で心ちゃんの家に電話をかけるお兄さん。

 心ちゃんは、お化けを捕まえるという目的を邪魔されたのでふくれ顔。しかし――。


「心ちゃん。ほら、お空を見てごらん?」


 お兄さんがとても優しい声でそんなことを言ったので、心ちゃんはついつい言うとおりに空を見上げてみた。

 けれども、そこには青い空と白い雲があるだけで、特別なにかおもしろいものはなかった。

 「おにいさんはなにをみせようとしたんだろう?」と心ちゃんが不思議に思った、その時。お兄さんが、心ちゃんにしか聞こえないような小さな小さな声で、こんなことを言った。


「――そのまま、絶対にお墓の方を見ては駄目だよ。お墓の前にいると目を合わせたら、家までついてきちゃうから」


 今度こそ、心ちゃんはびっくりしてしまった。どうやらお兄さんにも、お墓の前にいるおじいさんのお化けが見えているらしい。

 お兄さんは自分も空を見上げたまま、ひそひそと話を続けた。


「いいかい? 心ちゃん。心ちゃんにだけ見えて他の人に見えないものは、決して目で追ってはいけないよ? じぃっと見つめたり、目を合わせたりしたら、から。幻だと思って、無視するんだ。――じゃないと、うん。とっても危ないんだ。心ちゃんの家族にも、悪いことが起こるかもしれない」


 そのお兄さんの言葉を、心ちゃんは小学生になった今でも、よく覚えている。

 お兄さんとは、それっきりほとんど話さなくなったけれども、心ちゃんはお兄さんの言葉を信じて「お化け」が見えても「見えていない」ふりをするようになった。

 すると不思議なことに、お化けは段々とうっすらとしか見えなくなっていった。小学生に上がる頃には、「何だかもやっとした影」くらいにしか見えないくらいになった。


 ――そのまま心ちゃんは小学四年生になり、お化けのことをほとんど気にしなくなっていた。けれども、それがいけなかった。

 すっかり油断していた心ちゃんは、ある日、あるお化けとのだ。


 そのお化けの名前は「トイレの花子さん」と言う。

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