7.もう一つの結末

 ピアノの椅子に座った「人の形をした何か」は、一生懸命いっしょうけんめいにピアノを弾くような動きを見せている。

 けれども、ピアノの音は全く聞こえない。そもそもピアノのふたが閉まっているので、当たり前ではあるが。


「思ったよりも、はっきりと人間の形が残ってしまっているわね。心ちゃんにも見えるかしら?」

「はい、かなりくっきり見えますね~。男の人か女の人かとかは、分かりませんけど」


 ひばりちゃんと心ちゃんは、少し離れたところから「人の形をした何か」をながめていた。

 本物のお化けかもしれない存在を前にしているのに、二人には怖がったりあせったりしている様子は一切ない。

 ――それもそのはず、二人は


「このまま自然に消えてくれるのを待つのもいいけど……また誰かが目撃もくげきしたら厄介やっかいね。仕方しかたない、!」


 ひばりちゃんの呼ぶ声に答えて「クロウさん」――部室でひばりちゃんの膝の上に寝ていた黒白猫が、どこからともなくあらわれた。

 そして、「ニャ~」ととても可愛らしい声で鳴いたかと思えば……。小さな猫が、あっという間に大型犬くらいの大きさになってしまったのだ!


「わぁ! いつ見てもかっこいいですね、クロウさん! 今度、背中に乗せてもらえませんか?」

「さすがに背中に乗るのは無理よ。……さあ、クロウさん。


 巨大化したクロウさんをキラキラした目で見る心ちゃんにため息をつきながら、ひばりちゃんはクロウさんに命令した――ピアノを弾く動きをし続ける「人の形をした何か」を指さしながら。

 クロウさんは、「ニャ~」と少し太くなった声で応えると……「人の形をした何か」へと勢いよく飛びかかった!


 ――ガブリ。

 それは一瞬いっしゅん出来事できごとだった。


 クロウさんが大きな口で「人の形をした何か」の首元に噛み付くと、「人の形をした何か」は、まるではじめからそこにいなかったかのように、消え去ってしまった。

 後には何も残らない。暗幕カーテンの閉まった真っ暗な音楽室に、ひばりちゃんと心ちゃんと、そしていつの間にか元の大きさに戻った猫のクロウさんの姿だけがあった。


「おつかれさま、クロウさん。いつも悪いわね?」


 ひばりちゃんが元の大きさに戻ったクロウさんを優しくなでると、クロウさんはまた可愛らしい声で「ニャ~」と鳴いた。今さっき、お化けを「退治」した勇ましさはどこへやら。ゴロゴロと喉を鳴らして、ひばりちゃんに甘えている。


「今回はあっさり終わりましたね~」

「……ええ。円堂さんが孔雀の屁理屈に納得してくれたおかげね。いつもこのくらいだと、いいのだけれど」


 クロウさんへのナデナデに参戦した心ちゃんの言葉に、ひばりちゃんがため息混じりに答える。

 実は、この二人と一匹は、今までにもこうやって、学校の中でお化けを「退治」したことがあった。中にはとっても強いお化けがいたこともある。


 ――心ちゃんがひばりちゃんと仲良くなったきっかけになった事件の時にも、とても強いお化けが関わっていた。


 二人と一匹は、どうしてお化け退治をしているのか?

 孔雀くんの屁理屈――推理は、それにどう関係するのか?

 詳しいことは、また次の物語で……。



第一話「誰もいない音楽室からピアノの音が……」おしまい

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