6.事件解決――?
「さっき僕がスマホを使って曲を鳴らしていたのには、二つ理由があったんだ。一つは、円堂さんの聴力の良さを確認するため。……そしてもう一つは、スマホから流れる音を本物のピアノの音と感じるかどうかを確認するためさ」
言いながら、孔雀くんがグランドピアノの蓋を開けてピアノを弾き始める。曲は、先程スマホから流れていた「子犬のワルツ」。しかも、かなり上手だ。
それに、先程スマホから流れていた音と比べると「音の厚み」のようなものが全然違った。スマホの小さなスピーカーから流れていた「子犬のワルツ」は、低音があまり響かない「薄っぺらい」音に思える。
「今聞いてもらった通り、本物のピアノとスマホで鳴らしたピアノの音じゃ、ずいぶんと印象が違うよね?」
「そう……ですね。さすがに聴き比べなくても、それははっきり分かります」
「でも、さっきスマホから流れていた『子犬のワルツ』を聞いた時には、あれが本物のピアノの音じゃないって、気付かなかったよね?」
「それは……やっぱり防音扉越しだと、音がこもっていて、はっきり聞こえなかったから――」
「だよね。そして、最初に円堂さんが『別れの曲』を聞いた時も、扉越しだったよね? だったら、その時も本物のピアノの音じゃなかった可能性がある、とは思わないかい?」
「――あっ」
確かに、孔雀くんの言うとおりだった。あの日、茉佑ちゃんは音楽室の防音扉越しに「別れの曲」を聞いた。なので、だいぶ音がこもっていたのは確かだ。
――あれが本当に、本物のピアノから鳴っている音だったかと聞かれたら、茉佑ちゃんには自信がない。
「実はね、さっき職員室へ行った時に、こんな話も聞いたんだ。円堂さんが最初に『別れの曲』を聞いた日に、音楽の先生がスマホをどこかに置き忘れたって」
「……スマホを?」
「うん。それでね、放課後に職員室で一段落した時それに気付いて、『職員室のどこかに置き忘れてないか』って、電話をかけてみたんだって。マナーモードにはしてなかったから、着信メロディが鳴るはずだって。でも、職員室の中では着信メロディは鳴らなかったそうだよ。つまり、スマホは別の場所にあった。
円堂さんは、音楽の先生がどこにスマホを置き忘れたのか、分かるかい?」
孔雀くんが不敵な笑みを浮かべて茉佑ちゃんに尋ねる。
ここまであからさまな聞き方をされれば、茉佑ちゃんにも孔雀くんが言いたいことは分かった。
「……音楽室に置き忘れていた?」
「正解! しかもね、先生のスマホの着信メロディは、『別れの曲』だったんだよ! お気に入りのアシュケナージ演奏の音楽ファイルを設定してあったそうだよ」
「アシュケナージ」というのは、茉佑ちゃんの記憶では、確か有名なピアノ奏者の名前だ。つまり、音楽の先生は、そのアシュケナージが演奏したショパンの「別れの曲」を、着信メロディとして鳴るようスマホに設定していた、ということになる。
「――だからね、円堂さんがあの日聞いた『別れの曲』は、先生が音楽室に置き忘れたスマホから流れていたものだったんだよ!
決めポーズなのか、ビシッと親指を立てて笑顔を浮かべる孔雀くん。
そのポーズはちょっとカッコよくなかったが、茉佑ちゃんは素直に「すごい!」と感じた。相談して一時間と少しの間に、孔雀くんは見事に「事件」を解決してみせたのだ。そう感じるのも当然だった。
――しかし、謎はもう一つ残っている。
「……あの、孔雀くん。私が聞いたピアノの音の正体は分かったんですけど……そうすると、私が見た人影みたいなものは、何だったんでしょうか?」
そう。最初に「別れの曲」が聞こえたあの日、茉佑ちゃんは確かに見た。「ぼんやりと人の形をした何か」を。
あれは、何かの気のせいではなかったように思える。
「うん、それなんだけど……。まだ夕方と言うには早いから完璧じゃないけど、ちょっと当時の状況を再現してみようか? まずは暗幕カーテンを全部閉めてみよう。ひばり、心ちゃん、手伝ってくれる?」
孔雀くんは、無言で「推理」を聞いていたひばりちゃんと心ちゃんに声をかけて、音楽室の暗幕カーテンを閉め始めた。茉佑ちゃんも慌ててそれを手伝う。
音楽室の明かりはまだ点けていなかったので、カーテンを閉めるごとに部屋の中は暗くなっていった。
「よし、これで全部閉めたね。じゃあ、いったん音楽室の外へ出ようか?」
孔雀くんの言うとおりに、茉佑ちゃんたちが音楽室の外へと出る。すっかり暗くなった音楽室の中とは反対に、廊下は太陽の光が差し込んでいて、まぶしいくらいの明るさだ。
「よし、じゃあ扉を閉めて……。円堂さん、扉の窓から音楽室の中を覗き込んでもらえるかな?」
「……中を、ですか? 分かりました」
孔雀くんが自分に何をさせたいのか、いまいちよく分からないまま、茉佑ちゃんは恐る恐る扉の窓から音楽室の中を覗き込む。
暗い、何の
「……何も見えませんけど?」
「うん。じゃあ円堂さん、ちょっと頭を動かしたりしてみてくれるかな?」
孔雀くんの言葉に
「あっ」
真っ暗な音楽室の中で、何かが動いたように見えた。ぼんやりと何か、人の形をしたものが。
しかし、それはお化けだとか、そういったものではなかった。
「これ、私の影?」
「うん。廊下の方が明るいから、音楽室の中に窓を通して円堂さんの影が、影絵みたいに映ってるみたいだね。たぶんだけど、円堂さんが見た『ぼんやりと人の形をした何か』もこれだったんじゃないかな?」
あの日見たものと全く同じではないけれども、茉佑ちゃんも孔雀くんの言う通りだと思った。形や見え方が違うのは、きっと今がまだ夕方ではないので、光の角度や色が違うからなのかもしれない。
「さあ、円堂さん。これで円堂さんの疑問には全部答えられたかな?」
王子様のようなほほ笑みを浮かべながら問いかける孔雀くんに、茉佑ちゃんは頬を染めながらコクリ、と頷いた――。
***
――その十数分後。
「まったく。孔雀のやつ、あんな
「まあまあ。円堂さんの不安を取り除けたんですから、いいじゃないですか~」
暗幕カーテンの閉まった音楽室に、ひばりちゃんと心ちゃんの姿だけがあった。
孔雀くんは茉佑ちゃんを家まで送ると言って、下校した後だ。二人は、「片付けや鍵を返すのは自分たちがやるから」と、孔雀くんを先に帰らせていた。
――これから起こることは、茉佑ちゃんには見せられないから。
音楽室は、扉の窓まで暗幕カーテンで閉ざしてしまったので、ほとんど真っ暗な状態だ。カーテンの隙間からこぼれる
――その光に照らされて、闇の中をうごめく「何か」がいた
ピアノの椅子に座って、一生懸命ピアノを弾いているような動きを見せる、人の形をした「何か」が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます