3.ひばりちゃんはミステリアス

「――ふむふむ。誰もいない音楽室から響くショパンの『別れの曲』……ね。しかもそれが度々聞こえてくる、と。なるほど、それは怖かったね。うん、任せて。きっと円堂さんの悩みを解決してみせるから!」


 話を聞いた孔雀くんは、王子様のようなキリッとした表情を見せると、茉佑ちゃんの手をしっかりと握って、そう宣言した。

 一方の茉佑ちゃんは、孔雀くんに手を握られたせいか、顔が真っ赤だ。


「で、早速だけど……ちょっと思い当たることがあるんだ。今から職員室に話を聞きに行ってくるから、円堂さんはここで待っていてくれるかい?」


 そう言うが早いか、孔雀くんは勢いよく部室を飛び出して行ってしまった。きっと、一階にある職員室へと向かったのだろう。

 そのあまりの行動の速さに、茉佑ちゃんはあっけにとられてしまった。


「お茶、おかわりはどうですか?」

「あ、いただきます」


 心ちゃんにいれてもらった「おかわり」の麦茶を飲みながら、茉佑ちゃんはそっと「ミステリー倶楽部」の部室の中を見回した。

 備品らしいものはほとんどなく、部員それぞれ用らしいコップが教卓の上に置かれている程度ていど。教室の後ろの方には、使われていない机と椅子が所狭しと置いてある。ぱっと見た感じでは、ただの空き教室にしか見えない。


 次に、心ちゃんに目を向けると、にこっとまぶしい笑顔を返してくれた。

 茉佑ちゃんもつられて笑顔を返したけれども……特に話が思い浮かばないので、なんだか笑顔でにらめっこしているような感じになってしまった。

 その沈黙に耐えかねて、茉佑ちゃんは次に、ひばりちゃんの方を盗み見た。


 ひばりちゃんは、茉佑ちゃんが孔雀くんと話している間もずっと無言だった。今は、窓の外を静かに眺めている。

 その姿は本当に人形のように綺麗きれいで、茉佑ちゃんは同じ女の子なのに少しドキドキしてしまった。

 そんな茉佑ちゃんの様子に気付いたのか、ひばりちゃんは茉佑ちゃんの方に目を向けると、綺麗な鈴の音のような声で「何か?」と尋ねてきた。


「え、あ、あの……その……」


 いきなりひばりちゃんに話しかけられたので、茉佑ちゃんはしどろもどろになってしまった。見た目も声も、あまりにもひばりちゃんが綺麗なので、ドキドキしてしまったのだ。


「ええと……ね、猫ちゃん可愛いですね!」


 茉佑ちゃんは苦し紛れに、ひばりちゃんの膝の上ですやすやと寝息を立てている猫ちゃんのことをめてみた。「なんで学校に猫を連れてきているのだろう?」という疑問はさておき、あれだけなついているのだから、ひばりちゃんの飼い猫だろうと思ったのだ。

 ペットを褒められて、気分を悪くする飼い主はいない。

 けれども――。


「……?」


 茉佑ちゃんの言葉を聞いたひばりちゃんは、「あなた、何を言っているの?」とでも言いたげな表情を浮かべながら、首をかしげてしまった。


(あ、あれ? 私、変なこと言ったかな?)


 ひばりちゃんの反応が予想していたものと違いすぎたので、茉佑ちゃんは心の中で慌ててしまった。もしかして、膝の上で寝ている猫ちゃんは、ひばりちゃんの飼い猫ではないのだろうか?

 茉佑ちゃんの頭はグルグルと混乱してしまって、次の言葉が中々出てこない。すると――。


「……ああ、そのコップの猫のことね。ええ、とても可愛いわね。心ちゃんが選んだのよ?」


 ひばりちゃんは、茉佑ちゃんが「可愛い」と言ったのは彼女がお茶を飲んでいるコップに描かれた猫だと受け取ったらしい。その言葉に心ちゃんが胸を張ったが……茉佑ちゃんは釈然しゃくぜんとしない。

 まるで、ひばりちゃんも心ちゃんも、をしている。不思議で不気味だった。


(孔雀くん、早く戻ってきてくれないかな……?)


 なんとなく話のかみ合わない二人を前に、茉佑ちゃんは孔雀くんが早く職員室から戻ってきてくれるよう、心の中で祈り続けた――。

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