2.ミステリー倶楽部へようこそ!

 思い悩んだ茉佑まゆちゃんは、うわさ話を頼りに、学校の四階の隅にある普段は使われてない空き教室の前までやってきた。


鎌倉西小学校かまくらにししょうがっこうミステリー倶楽部クラブ


 空き教室の扉には、そんな看板かんばんが下げられていた。

 はっきり言って怪しい、怪しすぎる。しかしおどろいたことに、この「ミステリー倶楽部」は学校にきちんと認められた部活動ぶかつどうらしかった。

 しかも、部長ぶちょう副部長ふくぶちょうは、茉佑ちゃんも名前と顔を知っている学校の有名人ゆうめいじんだとも聞いていた。


(ここまで来たんだから……!)


 茉佑ちゃんは、自分を勇気付けながら扉をノックした。ひかえめに、聞こえるか聞こえないかくらいのいきおいで、三回。すると――。


「どうぞ!」


 扉の向こうから、とっても綺麗きれいでよくとおる声がかえってきた。おそらく、男の子の声だ。

 返事をされてしまった以上、このまま帰るわけにはいかない。茉佑ちゃんは、更に勇気を振りしぼって「ミステリー倶楽部」の扉を開いた。


 まず目に飛び込んできたのは、微笑みを浮かべながら茉佑ちゃんを出迎えてくれた、とってもハンサムな男の子。なぜか教室の真ん中で仁王立ちをしている。

 次に目に入ったのは、綺麗な花模様の着物を着た長い黒髪の大人っぽい美少女。こちらは、窓際に置かれた椅子の上に、背筋をピンと伸ばしたとても綺麗な姿勢で座っている。しかも不思議なことに、その子の膝の上には全身ほぼ真っ黒でお腹と首の周り、そして鼻と足の一部だけがちょっと白い模様の猫ちゃんが座っていた。

 最後に、教室の奥の方で大きな水筒からお茶らしきものをコップに注いでいる、長いピンクのスカートをはいた女の子の姿が目に入った。茉佑ちゃんにも見覚えのある、同学年の女の子だった。


「ようこそ! 鎌倉西小学校ミステリー倶楽部へ! えーと、円堂茉佑さん、だよね?」

「ええ!? どうして私の名前を知ってるんですか?」


 ハンサムな男の子が、まだ名乗る前から名前を呼んできたので、茉佑ちゃんは驚いてしまった。実は、この男の子は「学校一のイケメン」として、とても有名だったのだ。

 そんな男の子に名前を覚えられていた……茉佑ちゃんは胸のドキドキが止まらなくなった。「ずっと君のことが気になってたんだ」なんて言われたら――茉佑ちゃんは、悩み事を一瞬いっしゅんだけ忘れて胸を高鳴らせた。が、彼の口からは、もっと意外いがいな言葉が出てきた。


「うん。この学校の児童の名前と顔は、大体覚えてるから」


 男の子はなんでもないことのように言ったけれども、茉佑ちゃんにとっては驚くべきことだった。

 この鎌倉西小学校には、何百人と言う児童が通っている。その名前と顔を大体でも覚えているだなんて、物凄い記憶力がないとできないことだ。


「――っと、こっちも自己紹介しなくちゃだね。僕は八重垣孔雀やえがき くじゃく。このミステリー倶楽部の部長をやってるんだ。それで、あっちの和服の方が――」

「……八重垣ひばり、副部長よ。……綾里あやさとさん、あなたも自己紹介を」

「あっ、はーい! って、同じクラスだったことあるから今更かな? あたしは綾里心あやさと こころ平部員ひらぶいんだよ!」


 三者三様さんしゃさんようの自己紹介をする「ミステリー倶楽部」の部員たち。けれども、実を言えば茉佑ちゃんは、三人のことを前から知っていた。


 「学校一のイケメン」こと部長の八重垣孔雀くんは、学校一の有名人。整った顔立ちと中学生によく間違えられるくらいに高い背丈せたけ、そして優しいその雰囲気から、「西小にししょうの王子」とも呼ばれていて、女の子たちのあこがれの的だった。

 八重垣ひばりちゃんは、その双子の妹。いつも高そうな和服を着ていて、長い黒髪が素敵すてきな美少女だ。孔雀くんと同じくらい背が高いので、周りの女の子たちよりも大人びていて、こちらは男子に人気だった。

 綾里心ちゃんは、あまり話したことはないけれども、茉佑ちゃんと同じクラスだったことがある。ぽわぽわのおさげ髪とほんわかした雰囲気ふんいきのある女の子で、どこかウサギやリスを思わせる、小動物めいた可愛らしさの持ち主だった。男子からも女子からも人気がある、クラスのマスコット的存在だ。


 茉佑ちゃんが「ミステリー倶楽部」という怪しげな部活を頼ろうとしたのは、この三人が部員だ、ということを知ったからだった。

 三人とも、他の児童からだけでなく先生からも信頼されている優等生だ。

 孔雀くんはスポーツ万能・成績優秀。ひばりちゃんは運動は苦手らしいが、勉強は孔雀くんよりできるらしい。心ちゃんは運動も勉強も普通だったが、性格が良いので先生たちにとても可愛がられている。

 そんな人たちのいる部活なら、きっと信頼できるはず、と思ったのだ。


「さ、円堂さん。まずは座って? 心ちゃん、彼女にお茶を」

「は~い!」


 孔雀くんがすすめてくれた椅子に茉佑ちゃんが座ると、心ちゃんが可愛らしい猫が描かれたコップを手渡してくれた。

 コップの中からは、甘くこうばしい匂いのする湯気が立ち昇っている。どうやら、温かい麦茶むぎちゃのようだ。


「ちょっとぬるくなってるけど、味は保証するから! どうぞどうぞ!」

「……いただきます」


 心ちゃんにすすめられるままに、茉佑ちゃんはそっと麦茶を口にする。

 ――ほんのりと香ばしくて、優しい甘い味がした。


「おいしい!」

「でしょでしょ~? うちの自慢の麦茶なんだ~! 本当は学校でいれたいんだけど、火も電気ポットも使わせてもらえないから、朝、家でいれてきてるの!」


 おいしい麦茶と心ちゃんのほんわかした雰囲気に、まだ緊張気味だった茉佑ちゃんも、次第にリラックスしてきた。

 すると、それを待っていたかのように、孔雀くんが話を切り出し始めた。


「――さて、円堂さん。ここに来たと言うことは……何か不思議ふしぎ現象げんしょうに悩まされてる、ということでいいのかな?」


 にっこりと、王子様みたいな微笑みを浮かべながら、孔雀くんが尋ねてきた。

 茉佑ちゃんはその笑顔に少しドキッとしながらも、コクリと頷くと、音楽室から聞こえてきた「別れの曲」のことを、孔雀くんたちに話し始めた――。

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