4.曲が違う!
「――やあ、待たせたね」
結局、孔雀くんが職員室から戻ってきたのは、十分以上も経ってからのことだった。
その間、茉佑ちゃんは麦茶を飲みながら無言の時間に耐えていたので、孔雀くんが救いの主に見えた……気がした。
「さて、円堂さん。少し、追加で質問させてもらってもいいかい?」
「え、は、はい! 大丈夫です」
「それじゃあ……円堂さんは、『空耳』とか多い方かな? 聞き間違いの方じゃなくて、他の人には聞こえない音が聞こえたりする方」
「……は、はい。昔から、私には聞こえるのに他の人には聞こえない、みたいなことが結構ありました」
孔雀くんの質問に、茉佑ちゃんはちょっとだけ嫌な予感を覚えてしまった。もしかして孔雀くんも、茉佑ちゃんが聞いたピアノの音は「気のせい」だと言いたいのだろうか、と。
「ふむふむ、なるほどね。じゃあ、家族の人や親戚に、同じように空耳が多い人っているかな?」
「それは……いないと思います。親戚の集まりでも、私だけしか聞こえない音が聞こえたりして、『気のせいでしょう?』とよく言われるので……」
「……なるほど。ありがとう、可能性を一つ
何か納得したらしく、孔雀くんは一人でウンウンと頷くと、今度はひばりちゃんの方へ歩いていって何やら耳打ちし始めた。
(わ、絵になるなぁ)
孔雀くんとひばりちゃんが並んでいると、まるで王子様とお姫様のようだ。茉佑ちゃんは、二人が双子の兄妹だと分かっていながらも、何だか「お似合いだ」と思ってしまった。
何を話しているのかは全く聞こえないが、ひばりちゃんは何やらコクコクと頷いている
「――さて。じゃあ、円堂さん。今回の『事件』の謎を解きに、音楽室まで行ってみようか!」
「ええ!? 今から、ですか?」
「うん。今から」
ひばりちゃんとの内緒話が終わると、孔雀くんが突然そんなことを言い出した。
茉佑ちゃんはまだ音楽室に近づくのが怖いので、すっかり腰が引けてしまっている。けれども――。
「大丈夫。僕たちが一緒だから」
孔雀くんが、そっと茉佑ちゃんの手をとってエスコートしようとしてくれた。その手のぬくもりを感じながら――ドキドキしながら、茉佑ちゃんは思わず首を縦に振ってしまった。
「よし、じゃあ音楽室へ出発だ!」
そうして、茉佑ちゃんはなし崩し的に音楽室へ行くことになってしまった。
***
鎌倉西小学校の建物は、上から見ると大きなコの字型になっている。「ミステリー倶楽部」の部室は、その一方の端にある。音楽室は、反対側の端の近くだ。
部室を出た茉佑ちゃんたち四人は、放課後の廊下を音楽室へ向けて歩き出した。先頭は孔雀くん。その後ろに、手を引かれた茉佑ちゃん。更に後ろを、ひばりちゃんと心ちゃんが並んで歩いている。
ひばりちゃんは自分のスマートホンを取り出して、何やらいじっていた。
放課後の廊下には誰もいない。他の児童は、みんな帰ってしまったらしい。まだ夕方というほど遅くはないので、廊下は日の光で明るく照らされていた。
それでも音楽室が近づくにつれ、茉佑ちゃんの心は不安でいっぱいになっていった。
「どう? 何か聞こえるかい?」
「いいえ、まだ何も――」
孔雀くんに尋ねられて、茉佑ちゃんが首を横に振ろうとした、その時。
「あっ」
茉佑ちゃんは確かに聞いた――ピアノの音を。
「き、聞こえてきました! やだ! ピアノの音が、かすかだけど!!」
「円堂さん、落ち着いて! ……確かに聞こえるんだね?」
手をしっかり握って尋ねてくる孔雀くんに、茉佑ちゃんは首をブンブンと縦に振って答える。まだ、音楽室まではかなり距離があるのに、茉佑ちゃんにはピアノの音がかすかに聞こえてしまっていた。
後ろを歩いているひばりちゃんや心ちゃんには全く聞こえないらしく、二人共首を傾げている。
(やっぱり、私にしか聞こえないんだ!)
茉佑ちゃんは、その場で泣き出しそうになってしまった。
でもその時、孔雀くんが今度は茉佑ちゃんのほっぺたに手で触れて、優しく意外な言葉をかけてきた。
「円堂さん、落ち着いて。ピアノの音が聞こえるのは分かった。でもそれは、いつも聞こえていた『別れの曲』かな?」
「……え?」
孔雀くんの言葉に、茉佑ちゃんはちょっとだけ冷静さを取り戻した。そして、かすかに聞こえてくるピアノのメロディに耳を傾けてみると――。
「……あれ? 違う……『別れの曲』じゃない!?」
そう。茉佑ちゃんの耳に届いていたのは、よく聞いてみると「別れの曲」ではなかった。メロディが全然違ったのだ。
どうして今まで気付かなかったのだろう?
「何の曲か、分かる?」
孔雀くんに尋ねられて、茉佑ちゃんは再度メロディに耳を傾けてみる。「別れの曲」ではないが、やはり茉佑ちゃんの聞き覚えのある曲に思える。
それは――。
「ショパンの……『子犬のワルツ』に聞こえます」
その茉佑ちゃんの答えを聞いた孔雀くんは、不敵なほほ笑みを浮かべて、こう宣言した。
「謎はすべて解けた」
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