僕の左目が見る世界は
@yukiya724
第1話
僕の右目は目の前の君を、僕の左目はどこかに必ずあるはずの君の墓標が見える。
大人びたフリルの漆黒のゴシックロリータを纏い、姫カットが可愛いのに手入れの行き届かない髪をゆらし、二重の愛らしい眼を半眼に伏せ、白磁のような肌から生気を消して、桜色の唇で世界を呪う言葉を紡いでいる。
僕はいつもその怨嗟の言葉の聞き役で、それは一向に苦にならない。
なぜなら僕の右目は今にも死にそうな君を見ているけれど、僕の左目はいつか先の未来、君のために建てられる墓標の様子を見ているからだ。
3日前、偶然道でぶつかった僕は、君に捕まってファミレスへと連行された。一日で開放されるかと思ったが、それから毎日、僕は決まった時間に君に呼び出されて話を聞く羽目になった。
君は、なんとなくといったけれど、僕は大概の孤独な墓標とは違う君の墓標の美しさに心を奪われ、話に付き合うことにした。
3日前、君がハーブティーを飲みながら、友達の愚痴を漏らしたとき、コーヒーを飲んでいた僕の左目に映る君の墓標には君が好きだといった花が飾られていた。
2日前、君がハーブティーを半分も飲まないで両親に対する怒りをぶちまけたとき、コーヒーを吹き出した僕の左目に映る君の墓標には君が大好きだといったチョコレートが供えられた。
一日前、ハーブティーを注文するだけでふさぎ込んだ君が自分に見向きをしない世界に滅べと叫んだとき、コーヒーを飲むのをやめ君をじっと見つめる僕の左目に映る君の墓標に泣いてすがるたくさんの人を見た。
そして今日、飲み物を注文する前に、僕の目の前で、自死をほのめかす彼女の話を聞きながら、僕だけコーヒーを注文し、君を観察しながら、コーヒーを味わう僕の左目に映る君の墓標が大理石でできたことを知った。
「ねえ、聞いてる? やはり一酸化炭素中毒かしら、それとも薔薇の水槽に埋もれて窒息死かしら? この世の私が醜くても、最後くらいはきれいにいたいじゃない。どう思う?」
表情を暗くしてうつむいた君の言葉に曖昧な相槌を打っていたが、はっと君を見ると、美しき墓標が見るも無残な姿に変貌を遂げようとしていることに気づいた。慌てて口を開く。
「実はね、僕には君がとても美しい墓標に見えるんだ」
「墓標…?」
君が胡乱げに首を傾げた。
「君が信じるか信じないか勝手だけれど、人は死ぬとこの世のどこかにある墓標の集う島に魂が集められ、その魂が墓標の姿になる。その未来の世界を僕はこの左目で常に見ている」
君は少し話を聞いてみようと目を上げた。よしよし。
「それで?」
「君の墓標は人に比べるととても美しい。花も手向けられるし、君の好きなものが毎日供えられる。人々は君の墓標にすがって泣く。君の不在をとても悲しんで。何より君の魂はピカピカの大理石になり、朝日が夕日が当たるととても美しく輝く」
僕の言葉をそのまま想像し、君はうっとりと目をつむった。夢想しているのだ。
「うってつけね。じゃあいま私が死んだら…」
しかし、甘美な夢は打ち破らねばならない。
「それが、もし今君が死ぬなら、その美しい墓標は生まれない。君が生きて生きて生きた先に死んだあとにできた墓標が、徳を積んだ修行僧のように美しいというわけ。
だからいま死んじゃだめだよ」
君はがっかりした様子で僕を睨む。
「あなたにしか見えない美しい墓標の話を信じて?」
「そう」
僕は軽く、しかし真実を込めて相槌を打つ。
「今よりももっと苦しい思いをするかもしれないのに、生きて美しい墓標になれと?」
君の今の辛さは、ここ数日の君の言葉で知ってる。けれど。
「勝手な意見でごめんね。でも、君みたいなきれいな墓標はまれで、毎日見てるのが楽しかった。これから君がどんな生き方をするか知らないけれど、どんな苦しい苦い思いをするか想像もできないけれど、その果てに墓標になった君はたくさんの愛が毎日供えられる。それは人望がないと決して起こらないことなんだよ」
「変な話」
君は笑った。僕は信じてくれなくていいよと微笑む。僕の言葉を大概の人は信じない。慣れっこだ。けれど、君の美しい墓標がなくなるのは嫌だな。
「バカねえ」
君が僕の頬を指で引っ張る。
「いたひ」
「そういうときは、生きてるあなたが好きだって言うものよ」
まあ、世界を呪い続けても仕方ないわね。彼女がため息混じりにつぶやいた。
「私が好き勝手生きる、って言ったら、私の墓標はどうなるの?」
えーっと、ちょっと待ってね。
僕は左目を凝らして君の墓標を観察する。
「おおすごい! 墓標の足元に集った人々の涙が水晶になって、更に美しくなってる。もはや芸術品だ」
「変な褒め言葉…」
彼女は気を取り直して自分の分のハーブティーを注文し、飲み干すと、伝票を持ってレジに向かう。昨日までハーブティー代は僕持ちだったのに、気代わりの理由は?
「あなたの言葉を信じて、もう少しこの世界で頑張るわ。今まで付き合わせて悪かったわね。知り合いでもない人間のぐちばかり聞くのもしんどかったでしょう?」
「そんなことないよ。僕は毎日美しい君の墓標が見られて幸せだった」
「変なお世辞」
彼女がくすりと笑った。僕はコーヒーを飲み干し、ゴチになりますと頭を下げた。
それからしばらくして、街で彼女を見かけた。相変わらずのゴシックロリータ。だだしドレスの色はモーブに変わっていて上品で美しい。髪は手入れを受けて艷やかに、白磁のような肌の、頬の部分に赤みがさして表情が明るい。世界を睥睨するような半眼は大きく開かれ生来の可愛さを取り戻している。桜色の唇は口角が上がり、微笑みが美しい。そして僕の見る君の墓標は…。
「もう言う必要もないか」
僕は肩をすくめ、雑踏に紛れ込んだ。君は、もう二度と僕を見つけられないだろう。僕も君を見つけようとはしない。ただ、あの島に帰ったとき、君の墓標に挨拶するよ。
水晶と大理石でできた、80年後の美しき墓標の君に。
僕の左目が見る世界は @yukiya724
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕の左目が見る世界はの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます