人形

人形作家の恋__


そう云えば、友人に変わった人形作家が居たんですが。そいつ、四六時中人形の事しか脳味噌に無ひ人間なンですよ。えぇ。

何処に行っても、食飲しているときも、人と話している時も……勿論頭ン中は人形の事。

嘸呆れる事でしょう……えぇ、本当呆れます……

あゝ失礼。また愚痴を溢しそうでした。未だ語彙の拙い私の噺ですが、どうぞ耳を貸してくだされば幸いです。


__そいつの名前は……頭文字を取って、"Y"とでも名付けましょうか。

彼と私は昔からの仲でして……そいつ、とても女々しいやつで、空を仰いで何かを呟いている……不思議な奴だったんですネ。

勿論、そんな不気味な奴には友人と云うものは少なく……私を含め片手で数えるか数えないかでしょうか。

まァ、当然でしょうね。友人として近付いた奴らは変わった物好きだったンでしょう。

 嗚呼、そうそう。そんなYにも或転機が起こるのです。

Yと道を歩いていた日中頃……私らの傍らに、女が通りまして……

 凛々しい顔立ちをしたとても美しい女でした。勿論、私は見逃す訳無く……暫く女の姿を目で追いかけてましたよ。お恥ずかしいですが……

 女が別の店に入ったとき、私らは再び歩を進めたのですが、その時歩いたのは私だけなのです。

 Yは、石像のように其の場から一向に動こうとしません。

「どうしたY」と聞いても、赤い頬をしたまま黙ってじっと一点を見つめているのです。

 其の一点と云うのは、先程女が入った店の事です。


あゝコイツ……惚れたな。

私は思いました。脳味噌の半分が人形の事で出来てる変人でも、人間の女、しかも美しい女を一目見てしまえば惚れてしまうものなん

だなと……ネ。

「あの女に惚れたのか」

と私が問いますと、Yは2度素早く頷き

「惚れちゃった。」

と短く、穏やかな口調で応答しました。

その時の彼ったら、目を爛々とさせて、宛ら、珍しいものを見た子供のようでしたよ。

 「お前みたいな個性的な人間でも、恋するときは普通になるものだな」と皮肉気味に笑い、聞いたのですが、此の云い方ではYの気を悪くしてしまうのでは無いかと思い、顔色を伺ったのですが、そんな事は無く……ずっと、気味の悪いくらいにニコニコと穏やかな表情で、ご機嫌な様子で私の隣を歩いていたのでした。

 後日、Yが私に見せたいものがあると彼の御宅へお呼ばれしましてネ。

まァ、こうして友人の私が呼ばれるのは、彼の作品が完成した時が多いのです。

「次はどんなもんが出来たんだ」

と少し期待しつつ、少しと云うのは私自身Yの作る人形にあまり関心が持てないと云うか、何と云ったら良いか……

人形の表情が怖いんです。目は見開いていて、無理に笑わされたような笑顔。

其処が良いと云う人形作家も居るのですがネ……あゝすみません噺の続きですネ。

まァ兎も角、見してもらったんですよ。Yは「之まで生んできた人形の中で一番」とか「いやはや、このコを生んだ自分が恐ろしい」等と自身を自画自賛する辺り……良く出来ていたんですよ。

現れたのは目を瞑った人形でした。

其れもいつか見たアノ凛々しい顔立ちの美しい女でした。

確かに、自画自賛したくなるのも無理はないクオリテヰだと思いました。

これ迄のYの作品と違って迚も美しいのだから。これなら万人受け間違い無しだらうと思いました。

世間に公表したらどうか、と云いますと彼はトンデモナイと云うような顔をして首を横へ激しく振りました。

そして口を開いて、此の人形は誰にも譲りたく無いってネ。


後日、彼は死にました。

右耳にズドンとピストルで撃つた形跡。

恐らく拳銃自殺でせうネ。

元々厭世的な考えな上、ノヰロオゼ気味だったもんですから彼は何時死んでもおかしく無かったんですよ。

其れでです。とても幸せな顔で死んでました。

何時もの気味の悪い笑顔では無くて、子供に微笑みかける母のように、聖母マリア像の微笑みのように……美しい人形に凭れかかって死んでました。


そう云えば……アノ人形の感触は本当の人間みたいだったなア。

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愚者が人を愛すとき @kureme1221

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